大悪鬼④
「しかしなあ……」と想鬼はぼやく。
新ノ口は「良いじゃあないか」と想鬼の膝枕でのんびりと囁く。
「なに、私が手伝おう、一之信」と新ノ口は歌うように念思を繋げる。修行をしていなくともこのくらいは出来るのだ。
『おお!新ノ口様ならわかってくれると思いました!』
「ああ……あぁ!もちろんだとも?」と滅多に甘えてこない弟分の言葉を受けて、新ノ口は楽しそうに言う。
「何を言い出すんですか」とつい、敬語……昔の癖が出た想鬼が慌てる。新ノ口はにこりとして朗らかに言う。
「大丈夫だよ想鬼、なんとかしてくれるだろ」
お前が、とは続けず、よっこいせと起き上がる。懐から扇子を取り出す。姿勢を正して正座し、こほん、と咳払いを一つ落とした。
目を瞑り、神経を研ぎ澄ませていく。
新ノ口は元々怪談話を専門とする噺家だった。
高座に上がり、物語を語る人間のことを言う。
彼の語り口は鮮やかで、悪霊や浮遊霊にめっぽう好かれやすく、その関係で想鬼と密な関係になったのだ。
もちろん、それ以外にも様々な理由はあるのだが、今回は省略させてもらおう。
その強い氣の力を言葉に乗せる事により、彼は自然と高度な降霊術を完成させていた。
怪談話をすると寄ってくると言うだろう?
名人芸がいつの間にか人間業から離れているように、彼もまた、知らぬうちに人間の枠から外れてしまっていたのである。
想鬼が何か慌ててまくし立てているが、何。
雨音に紛れて聞こえていない事にしてしまえば良いのである。
新ノ口はゆっくり語り出した。
――――――――――古めかしい言葉で、夜に口笛を吹いちゃあいけない、なんて言いますけれど、ご存知ですか。あれ、昔は泥棒の合図に使われてるなんて言いますけどね。
よく言うでしょう、蛇が来るとか蛇がどうとか、まあ、どちらも同じ蛇、なんですけども。全く昔の人というのは偉いもので、そういう話に紛れ込ませてしまってるんですね。
なに、なにって、決まっているでしょう。
幽霊、妖怪、鬼、奇々怪々な魑魅魍魎の一つまみを呼んでしまう……。
ええ、そうです。今日はそんな呼んでしまった男の話です。
――――――――――――――――――――新ノ口の語りは素晴らしい。
それは私も認めるところで、楽しみだ。
しかしここで残念なお知らせをしよう。
この夜の話はここまでだ。
どうせ悪い鬼を倒してお終い。
でもこの話はそう言う話ではないから。
その昔、この新ノ口、呼んでしまう男だった。