序章③
想鬼、一之信、始真と役者が揃った訳だが。
さて、残り一人がいないね。
彼は新ノ口という男なんだが、想鬼と良い仲の美しいが変わった男だ。
兄弟ではない。
彼はちょっと出自が他と異なるのだ。
白木ではあるけれど、まあ後々詳しく話すよ。
一之信、始真も出発の準備に取りかかり、屋敷も俄に騒がしくなる。
想鬼はぺたぺたと真っ直ぐ廊下を歩く。
すると一筋光の漏れた部屋に辿り着く、襖を開けた。
「新ノ口、ちょっと良いか」
すると箱を片手に饅頭を頰張る男が振り向く。
部屋は簡素な物だった。畳貼りの床に小さな机と本棚、机の上にはスタンドライトが立っている。
置き棚の引き戸は開いており、中には茶菓子の箱がぎっしりと詰まっている。羨ましい。
床には布団が敷かれていた。寝間着もきちんと着込み、灯りも少し落としている。
なんとコイツは寝る前だと言うのに、饅頭を食べていたのだ。
「…………お前、また寝る前に」と言って想鬼は新ノ口の持つ饅頭の箱をひょいと取り上げた。
新ノ口は頬をもごもご動かしながら文句を言う。
想鬼に縋り手を伸ばし、ゆらゆらと取り返そうとする。
「ひょっとくはい良いじゃふぁいか」
「良くない」
新ノ口は黒髪のそれはそれは美しい男である。今は寝間着の紺色の浴衣を着ており、どことなく、妖しげな風貌をしている。
想鬼は饅頭を飲み込む新ノ口を見て、つくづく美しい人だ。と思う。
だいぶ新ノ口には甘いようだ。
その美しさと自由奔放さにため息を吐く。
「……任務に行く」
「おや、いってらっしゃい」
新ノ口はひらひらと手を振った。
「はあ……お前も行くんだよ」と想鬼が言うと
「ええ……?」と新ノ口は困惑したような顔をした。
「……もう、夜だろう?」と行きたく無さそうな顔をする。
「頼むよ……」と弱ったような顔で新ノ口を見る。
「うーん……まあ、別に良いけれどね」と新ノ口は立ち上がり、するりするりと浴衣の帯を解き始める。
「すまない、助かる」想鬼は目を逸らして立ち上がり、押し入れから制服とも言える着物を出してやる。
「着替えは手伝ってくれるだろう?」と甘えるように囁く、耳から流し込まれる毒に、想鬼はまた溜息を吐く。
さあ、漸く今夜の役者が揃ったようだ。