序章②
小太郎はそのまま煙のように消え、帰って行った。
本来、ここは彼らに与えられた住居だ。
会議なども気まぐれでしか開かれない。大抵が居間で家族会議で終わるか、想鬼の部屋で説教が始まるくらいのものだ。
しかしこの屋敷、どういう構造になっているのかは、本人達もわからないことが多い。
残された青年たちは各々息を吐いたり、足を崩したりする。
緊張の糸が緩むのがわかる。
そして想鬼の横に控えていた龍之介が胡坐をかいて言う。
「……それで? 想鬼兄、どうするんだ?」
流之介は真っ白な髪に少しつり目の男で、その所作から少し乱暴な印象を受けた。
白木派の四代目から下は皆、義兄弟である。
上の者を兄と呼び、下を弟とする。
四代目の想鬼は長男。
五代目の龍之介は二番目、次男にあたる。
想鬼は「そうだなぁ」と考え込む。
「私と、一之信、それから始真と、新ノ口が良いだろう」と指を折る。
始真と呼ばれたのは黒い洋装に身を包んだ男で、少しくたびれたような表情をしていた。
他の者が白いのに対し、始真は髪も瞳も黒い。
彼は切れ長の目をゆっくりと瞬きさせた。
皺の入ったワイシャツに黒いネクタイと生地の厚いベスト、そして黒いズボンを履いている。背が高く、肩幅もあり、身体が分厚いので、良く似合っていた。
ベストの脇の部分はグレーの細かいストライプが入っており、全体的にシックな印象だった。
彼は白木派の派生組織『白木派一門黒木西洋怪異討伐第一室』という長い長い名前の組織に属しており、元々はこの白木にいた。
白木派八代目、黒木始真。
五男にあたる。
要するに彼は子会社設立に出されたような立場だ。
始真は煙草を吸いたい、と考えながら口を開く。
「……想鬼兄さんお言葉ですが、俺は、後方には向かないかと」
想鬼は穏やかに微笑みながら「いや、俺と新ノ口が入れば事足りるから安心しろ」と言った。
しかし兄さん、と続けようとして始真は諦めた。そもそも兄の考えに盾突いた所で、何も良いこと等ないのだ。
白木は前方後方で分かれ、それぞれの役割をこなしながら戦うのが基本的な『型』である。
しかし、この一之信は例外だ。
彼はその圧倒的な力と戦闘スタイルにより、後方は必要とせず、身体を貫かれようが、手足がもげようが、前へ前へと食らいつき、敵を屠るのである。
最近は自分から傷つきに行っているようにすら見える。
爆弾のような攻撃範囲を持つ彼と戦うのは、なかなか骨が折れるのだ。
日々の残業で始真は疲れていた。
帰って書類整理もせねばならないし、そもそも黒木の仕事だってある。黒木で待つ弟に、稽古を付けて欲しいと頼まれてもいる。
始真は前線に立つのは一之信兄さんだけで充分なのでは、という言葉をぐっと飲み込んだ。
「……すぐ出発しましょう」
あまり、時間が無い。
一之信はそれを聞いてにっこりと笑う。
「おお!久しぶりに始真と前線か!」
「……俺も、嬉しいですよ。一之信兄さん」
始真は嬉しくはなかった。自分の左に控える双子の兄(血は繋がっていない)に、哀れみの目を向けられている事は感じた。
要領が良く、神に最も近い才の溢れる双子の彼ならば、こんな事思わないのだろうと始真は考えた。口寂しい。彼は煙草が恋しいらしい。