序章 白木派
僕はとても気まぐれだ。それは仕方が無い。
だからこの話を最後までするかもしれないし、しないかもしれない。
これは僕の語る、僕の見てきた物語である。
彼らの生きてから死ぬまでの、死んでからの物語である。
僕には届かない。
さあ、運命の始まりだ―――――――。
――――日本であることは間違いないけど、地図にも載っていないし、普通に歩いて辿り着ける場所でもない。
そんなこの屋敷から話を始めよう。
大きな日本家屋はぐるりと塀で囲われており、誰が管理しているとも知れない庭が有り、屋敷の奥には広い座敷がある。
ここは『白木派』と呼ばれる『対怪異討伐専門組織』の中枢。
まあ、要するにだね。世に存在する怖い化け物とかを退治してくれる組織ってことさ。
広い座敷に、男が十人ちょっとばかり座っているだろう?
上座には一人、少年がいる。
その後ろでごそごそと動く人影があった。
ノートパソコンを広げ慣れた様子でキーボードを叩いている。
部屋に日は射していない。
何故なら今は夜、野外には生き物の気配だけが濃く滲んでいる。
座敷の蝋燭がゆらゆらと火を揺らしている。
そこから、コの字を描くように畏まって、二十歳そこそこに見える青年たちが並んで座っている。
上座に座る少年は白木派二代目『白木小太郎』という。
彼は今ここに並んでいる青年たちを束ねる、リーダーのようなものだと思ってくれていい。紫色の座布団に胡坐で座り、白い、立派な着物と袴を着ている。
周りの青年たちも、大体同じように着物を着ていたが、その内何人かは黒い洋装に身を包んでいた。
さて、小太郎の髪は真っ白だ。金色の瞳をギラギラと光らせて、青年たちを見る。
彼は八つ程の年齢に見えるし背も低いが、一番年上だ。
「今回お前らを召集したのは他でもない」
小太郎は重々しく、口を開く。
彼の声は高いのに、どこか苦みがあって、圧迫感がある。
青年たちにプレッシャーをかけているのだろう。
「仮に、貴奴を『大悪鬼』と呼ぶとしよう」
その瞬間、部屋がぱっと明るくなる。
小太郎の後ろにモニターが映し出されたのだ。
白々とした画面に幾つもの写真やデータが写し出されていく。
モニターの下で白衣の助手役である男の子がパソコンでモニターを操作している。
みんな黙って写し出される情報を見つめている。
「貴奴が今から三十二時間十七分後に目覚める。この『仕事』を想鬼、お前に一任する」
「御意」
小太郎に一番近い位置の奥に座っていた男、彼は白木派四代目、白木想鬼である。
想鬼は真面目な奴で、この部屋の中で2番目に偉い。
彼の髪も白く、目は赤い。白木の人間は『例外』を除いて大体が髪が白い。その理由はまた今度。
「では、私は忙しいからな。もう帰る」と小太郎が立ち上がり言う。
なんのために屋敷にまで来たのかはわからないが、たぶん威張りたかったんだろう。え?違う?
様子を見に行ってたのか。そうか……だ、そうだよ。
小太郎は全く心配性だ。
うん、しかし、そんな小太郎を遮る声が部屋の空気を割って射した。
「チビ様!!」
ふすまをすぱーんっと開けて入って来たのは身長が2メートルはある大きな若者だ。長い赤い癖毛を尾のように高い位置で縛り、金色の瞳を爛々と輝かせている。
図体に合わず、表情は幼い。大きな槍を持ち、傷だらけの身体でにこにこと笑っている。
「チビ様がいらっしゃると聞いて、挨拶に参りました!」
「……一之信」
小太郎が窘めるように名前を呼んだ。兄弟たちが並んで座っている様に、彼もはっとし、ただ事ではないと感じたらしい。
彼は白木派六代目、白木一之信。
白木派では少し異彩を放つ存在である。
「……うお、あ、申し訳御座いませぬ。会議の途中で御座いましたか」
彼はすぐさま膝を折り、両手を着いた。
この男は聡明で、強いのだが、いつも少し惜しい。
彼がとったのは所謂土下座。
小太郎はため息を吐いて眉をひそめた。
「良い良い、面を上げよ」
そして想鬼に向き直り「一之信も連れて行け」と言った。
小太郎は一之信に「良いな?」と確認する。
モニターに広がる大悪鬼、とやらの情報を目で読んでいた一之信は小太郎を真っ直ぐに見つめた。
「御意。必ずや鬼の首、この一之信めが獲ってご覧に入れましょう」
そして薄く笑った。
怪異討伐専門組織、白木派。
彼らは若い身形をした『鬼』である。