風
私の名前はありません。
しいて言うならば「風」でしょうか?
こじゃれて「ウインド」なんて名前にしてもいいかもしれませんね。
まぁ呼ぶ人も自己紹介をするような人もいませんけど。
今、私の目の前で裸の女の人が水浴びをしています。
濡れた金髪と白い肌の上に水しぶきが舞っている様子はとてもきれいな光景といえるでしょう。
近くによってもっとまじまじと見て見たいところですが、残念ながら私の意思でそれをすることはできません。
私は風ですから、風の吹くままにしか動けないのです。
もうちょっと南風が吹いてくれたら女の人の肌にばさっと覆いかぶさることができるのですが残念ながら叶いそうにありません。まぁやりすぎても通り過ぎてしまうのですが。
「~♪……~♪」
女の人はふんふんと鼻歌を歌っています。すっかり周りに誰もいないと思っているのでしょう。
残念ながら私がいますよ。姿も見えないし、触れもしないのでいないのと変わりませんが。
綺麗な姿に相応しい綺麗な声で歌っている女の人を見ているとなんだか私の心もときめいてきます。
私も一緒に歌でも歌いたいところですが声が出せないのでそれはかないません、もうちょっと風が吹いてくれたらうまく吹き溜まりと一緒になってぴゅうぴゅうと心地いい音が出せるのですが残念ながらそんな都合のいいことはそうそう起こりません。
私は岩陰にわだかまっている風と一体になって近すぎず遠すぎるという距離で女の人をじっくりと見つめていることしかできないのです。まぁ悪い気はしませんが。
ビュンッ!
するとその時大きな突風が吹きました。女の人の濡れた髪がなびくぐらいの強い風はわだかまっていた風を一気に連れ去っていきます。
大変です私もそれと一緒に連れ去られてしまいました、あ~れ~。
残念ながら女の人と一緒に過ごす時間はここでおしまいのようです。風の吹くままに流される私の生活はいつも一期一会なのです。
さよなら女の人、私はそっとそう思いつつ女の人の方を見ました。
「誰だッ!」
すると女の人は先ほどとは一転、鋭い声を上げながら私の方をにらみつけているではありませんか、一体どうしたのでしょう。
私が驚いている間にも女の人は肌を露出させたまま近くの草むらの中へとさっと手を突っ込みます。そしてそれを引き抜くとなんとその手には小型のボウガンが握られているではありませんか。
ドッ!
そして次の瞬間には引き金が引かれ、矢がすごいスピードで私の方に向かって跳んできたではありませんか。うわ~!
もちろん私には当たらないので矢はそのまま私の中を通り抜けます。
「ガハッ……!」
すると私のすぐ後ろで漏れるような声が一瞬聞こえたのちにどさりと鈍い音が聞こえました。
風と共に流される私はじっくりと見ている暇はありませんでしたがそれは屈強な男の人でのど元にボウガンの矢がぐっさりと突き刺さっているように見えました。
きっとのぞきさんだったのでしょう。自業自得ですね。
私はそう思いながら森の木々をざわざわと揺らす風と一緒に流れていきました。