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八話:みらいがむすぶみらい

 (くだん)のキャンプ場は、二人の家から車で二時間ほどのところにあった。

 珍しく県外に出ること。未来と一緒に出掛けられること。それらが嬉しくて達也は車の助手席で鼻歌を奏でながら車窓から見える風景を眺めていた。 

 途中、高速道路の変わり映えのしない風景に飽きて前方へと視線を移すと、そこには未来たちの乗る車が彼らと十分な間隔を空けて走行していた。


「わぁ、やっと着いたー!」

 到着したのは太陽がやや傾きかけた頃だった。

 長らく同じ姿勢でくたびれた未来が、車を降り、身体を伸ばしながら言った。そして辺りをしばらく見回すと、満足した様子でうんうんと頷いていた。

 達也も彼女に倣って周りに視線を巡らせた。

 土を押し固めただけの駐車場の目の前には今回貸し切ったログハウスがある。住むには少し手狭ではあるが主要な設備は完備されており、一泊するには申し分ない宿であった。道中父親に聞いた話によると、このような貸切の家が辺り一帯にいくつもあるらしい。実際、一見この宿は森の中にぽつんと建っているように見えるが、ここから見える川の向こうに同じような造りの宿が数軒見えていた。

 その川のせせらぎに目を凝らすと、そこがあたかも何もないかのように川底まで水が透き通っていた。そしてところどころが陽の光に反射してきらきらと水面に目まぐるしく変わる模様を描いていた。夏に来たら水遊びができるだろうなと達也は思った。

「うん、すごいね」

 彼は未来と同じように満足そうに頷いた。

「じゃあ荷物を置いてこの辺りを散歩しよっか」

 そうして彼らが荷物を運ぼうと車の方へ振り返ると、すでにその作業のほとんどは終わっているようであった。二人は慌てて大人たちを手伝いに向かった。

 

 その日はあっという間に過ぎていった。

 未来と並んで辺りを散策していたとき、木の根につまづいて枯葉の山に突っ込んでしまったこと。それがたまらなく面白くて楽しくてしばらくお腹を抱えて笑い続けたこと。葉の落ちた木々を縫うように飛び交う鳥の姿に生命の力強さを感じたこと。散策を終え宿に戻ると、彼らの両親が備え付けの設備で料理をしながら帰りを迎えてくれたこと。その料理がいつにも増して美味しく感じられたこと。その全てが達也の宝物となった。

 

 やがて夜の帳が下りた。

 そして今回のキャンプの目的である天体観測が始まる。

 二十二時になると、普段外に出るときよりも少しだけ多めに重ね着をしてログハウスの玄関の扉に手をかけた。

 いつもよりも濃い闇が眼前に広がっていた。

 未来たち一家は赤いセロファンを貼った懐中電灯のライトを点けると、手慣れた様子で車のバックドアを開けて、望遠鏡や寝袋を取り出した。また達也の両親も自分らの車から寝袋を引っ張りだし、準備を進めていたので、彼は手持ち無沙汰になってしまった。なので準備に時間のかかりそうな天体望遠鏡の設置を手伝うことにした。

 初めての試みであったが、未来や彼女の父親の助けもあってうまく組み上げることができた。黒い三脚の上に、見慣れない白い筒が乗っている。とても格好良い、僕もいつか自分の望遠鏡を持てたらいいな、と思った。


「達也くん、さっそく見てみよう!」

 そう言って未来はレンズを覗きこむと、同時に筒の横についているダイヤルを前に後ろに細かく動かした。

「何をしているの?」

「これはね、ピントを調節してるの」

「ピント?」

「そう、これをちゃんとやらないとね、ぼやけて何も見えないの」

 ほら見てみて、と未来は達也にレンズを覗かせた。

 彼女の言う通り、まるで水中で目を開けたときのように実像を結ばずただ明るい(にじ)みがいつくも確認できるだけだった。

「本当だ」

「でしょ? すぐにできるからもうちょっと待ってて」

 柔らかい笑顔を向けるとすぐに作業へと戻った。

「よし、できた」

 未来は屈めていた腰を伸ばした。足元に置いていたマグカップを手に取り一口含む。そしてふぅと一息ついて自分が先ほどまでいた場所を達也に譲った。

 彼はさっそく像を結んだ星々を見てみることにした。


 丸い枠の中にいくつもの煌めきが収められていた。

 そのそれぞれが時々ちかちかと点滅していて、あたかも自分の存在を見る者に対して誇示しているようであった。

 まるでこの前百貨店で見かけたスノードームのようだな、と達也は思った。本当に器の中に星を詰めて持ち帰ることができたらいいのに。それだけの美しさを目の前の光景は備えていた。 

「きれいだ……」

「でしょう? でもね、実はもっときれいに星を見る方法があるの」

「えっ、どうやって?」

 思わず前のめりになってしまった。

 そしてその様子を見た未来はぷっと吹き出した。

「あははっ、達也くんもそんな風になったりするんだね」

 頰が熱を持った。

 だが今回は羞恥心よりも好奇心の方が勝った。

 達也は調子を整えるために一つ軽く咳払いをした。

「こほん。それでどうやってやるのかな」

「それはね、簡単だよ」

 そう言って未来はいきなり達也を後ろから抱きしめた。心臓が大きく跳ねるのを感じたが、彼は何もないかのように必死で目を瞑った。先ほど感じた羞恥心など比較にもならないほどの強い感情が彼を支配した。

 一方、彼女の方はそんな達也の様子をまるで気にも留めずに、後ろから脇の下を通って彼の胸に当てられている両手を上の方へと回した。やがてその手のひらは達也の頭の左右両側を捉えた。

 そして掴まれた頭が徐々に上へと向けられた。顔が空を仰ぐ形になったところでその動きは止められた。

「ね? すごいでしょ。って……あれ? 達也くん、見えてる?」

 達也の両目はまだ閉じられていた。


 だって仕方がないじゃないか。

 未来の顔がこんなに近くて、こんなに温かいんだから。

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