七話:予感
家の前に立つと、父親がチャイムを押した。そして数秒後に返答が来た。大人の女性の声であった。彼が名乗ると、隣人の女性は「すぐ行きますね」と言ってインターホンの電源を切った。
ほどなくして、声の主が玄関の扉を開けて出てきた。しかしそこにいたのは彼女一人ではなかった。
そこにはちょうど達也と同じ歳くらいの女の子がいた。
髪は肩のところで切りそろえられていて、背の高さは達也よりも五センチメートルほど高い。ぱっちりと大きな瞳が彼女の快活さを窺わせていた。そしてその双眸が達也の姿を興味深そうに捉えていた。
その眼差しのあまりのまっすぐさに達也は引き込まれてしまった。普段は女の子ととてもじゃないが目を合わせることができない彼も、この時ばかりはなぜか目を逸らすことができなかった。
「こんばんは」
半ば惚けていたように瞳を覗いていると女の子が話しかけてきた。
「こ、こんばんは……」
慌てて返事をした。
状況を把握しようと周囲を確認すると、両親はとっくに手土産をお菓子を先ほどの女性に渡し談笑していた。きっと彼女がこの女の子の母親なのだろうと達也は思った。
「お隣に引っ越してきたの?」
「……うん」
「この家の隣ってことはわたしと同じ小学校でしょ? わたしは三年生なんだけど、あなたは何年生?」
「二年生」
「そうなんだ! 明日から一緒に登校しない?」
この他にも「好きな食べ物は?」「好きな動物は?」「好きな教科は?」など、次から次へと質問を浴びせられた。
「あの……」
あまりに早いペースの会話だったので、女の子の質問が途切れたタイミングを見計らって自分から話を振った。それは達也には珍しいことであった。
普段、彼は聞き役に回っていることが多い。なのでこのようなことは滅多にないことであった。特に女の子との会話においては。けれどこの女の子が相手だと不思議なことに落ち着いて話すことができた。
「ん? なあに?」
「その……きみの名前は……?」
「あー、ごめんね。名前も言わずに一人で突っ走っちゃて」
女の子は舌をちらりと出して軽い調子で謝った。
「わたしは未来。あらためてよろしくね」
「……未来」
「うん。あなたの名前は?」
「達也」
「達也くんかぁ……いい名前だね」
「ありがとう。これからよろしく」
「うん! よろしくね!」
そして二人は互いの顔を見合わせて笑った。
「ねえ達也くん、星を見に行こうよ」
それは唐突な提案であった。
達也が新しい学校に転校してからおよそ半年が経っていた。
未来の家に挨拶した翌日から二人は意気投合した。性格は正反対と言って良いほど異なるにも関わらず、不思議と気が合ったし、いくら話していても話題が尽きることもなかった。
季節が移り変わり、すっかり寒くなってしまった今もこうして共に下校中おしゃべりに花を咲かせていた。
彼女の話はいつも感受性に富んでいて、たとえ達也が知っていることについて聴くときも、未来というフィルターを通せばまるで全く別物のように彼の胸に響いた。
また、持ち前の天真爛漫さからか、時々何の前触れもなく驚くべき提案をすることがあった。それはいつも達也の知らない世界へと導いてくれた。
今回の突然の誘いもきっとその一つだろうと思った。
とはいえ詳細が何もわからないのでは始まらない。
「どうしたのいきなり?」
達也は胸に期待を膨らませながら問い返した。
「あのね、次のお休みにねパパとママがキャンプに行きたいねって話してて、それで達也くんのお家も一緒にどうかなってことになってね。そこは夜真っ暗になるらしくて、すっごくお星様がきれいに見られるんだって!」
「そうなんだ」
「うん、そう。で、どうかな?」
「僕は行きたいな。家に帰ったらお父さんとお母さんにも聞いてみるよ」
その後、帰宅した達也はすぐに母親に未来の誘いを伝えた。結果は、二つ返事で承認された。
彼は今から休みの日が待ち遠しかった。
次に未来が見せてくれる光景はどんなものなのだろうか。