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四話:恋する少年を見守る偽りの怠惰

 自室の部屋に掛けてある時計の短針が『十』の数字を指しているのを確認すると、達也はすぐに家を出た。

 学校から帰ってきてからこの時間まで勉強でもして時間を潰そうかと思っていたが、今夜のことを考えるとどうにも集中することができなかった。いつまでもこんな調子じゃ大学受験にも響いてしまうな。そう達也は自嘲気味に笑った。

 自宅の鍵を閉め、すぐ隣の未来(みらい)の家の前に立つ。

 通い慣れたはずの家。中学生以来入ったことはないが、それでも未来の部屋を訪れたのも一度や二度ではない。なのに今改めて見ると、あたかも見ず知らずの土地の面識のない人の住居のように感じられた。

 達也は気を引き締めた。そして軽く身だしなみを整え直すとようやく決心して家のチャイムを押した。

 彼の心境を一切意に介さないかのような能天気なチャイムの音。それから一拍置いて、ぷつっという音がした。どうやら家の誰かが応答したようだ。

「こんばんは。達也です。夜分遅くにすみません、未来を迎えに来ました」

「あら達也くん。こんばんは。すぐ呼んでくるから待っててね」

「はい、お願いします」

 応えたのは未来の母であった。もちろん達也のことをよく知っている。未来の家は三人家族で、彼がここに越してきてからまるで息子ができたようだと嬉しそうに可愛がってくれた。「将来はウチの未来を貰ってやってね」と冗談を言っていた。そのときの目尻の形が未来にそっくりであったことを達也は覚えている。

 そんなことを考えていると、家のドアが開いた。

「達也くん、お待たせ」

 制服にコート姿の未来が出てきた。放課後の天体観測といっても部活動であるため制服を着ることが規定されている。当然達也もブレザーに紺のコートという普段通学するのと全く同じ格好をしている。

 彼女もいつもと同じ装いであったが、ただ一点普段とは異なる点があった。両肩には黒いリュックのベルトが掛けられていた。未来は通常学校指定の通学鞄で学校に通っている。

「未来、それは」

 達也はリュックの方を指差して未来に尋ねた。

「あ、これ? ふふふ、後でのお楽しみだよ」

 彼女はそう言って少し意地悪にウィンクした。達也は思わず顔がかぁっと熱くなるのを感じた。なので冬の寒さが早くこの熱を冷ましてくれないだろうか、そう願わずにはいられなかった。


 どうか、この気持ちが伝わりませんように。

 だって今日が最後だから。

 明日からの俺たちはいつもと同じ、昔と変わらない幼馴染同士になれるんだから。

 未来、君の幸せを応援するよ。

 だから、

 今日だけはこの最後のわがままを許して欲しい。


「じゃあ、行こうか」

 達也と未来は誰もいない夜の屋上へと歩みを進めた。

 

                   *


 学校に到着すると二人はまず職員室で待機していた天文部の顧問に挨拶をした。未来は廊下で待っていた。

「先生」

「おお来たか。はい、これが屋上の鍵な」

 机に向かって作業をしていた顧問は、達也から声をかけられると椅子を回転させて彼の方へと振り向いた。そしてあらかじめ机の上に用意しておいた屋上の鍵を渡した。達也が受け取ると、組んでいた足を組み替えふぅと息をついた。

「ありがとうございます。先生は……」

「あー、私はいいよ。星とか興味ないし。そもそも、この前のテストの採点やら進路指導のための資料作りやらやることがたくさんあるわけなんですよ。だから若い二人で楽しんでちょうだいな」

 顧問はいかにも気怠げな様子で答えた。思えばこの女教師が部活の顧問として働いているところを見たことがなかった。しかしその分自分のやりたいようにすることができたので達也としてはありがたかった。

「わかりました。それでは二時間後くらいにまた伺います」

「はいよー、がんばって」

 ふにゃふにゃと脱力した動きでた達也を見送ると、顧問は机に向き直った。彼女はしっかりと己がすべきことをする。それが学内での彼女の評判に繋がっていた。

 仕事を再開する前に、軽く身体を伸ばし、ゆっくりとため息を吐いた。その後、そっと「本当にがんばりなよ」と呟いた。

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