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君の涙が目に沁みる  作者: 上ノ森 瞬
前編 君の笑顔で目を奪われる
9/13

09

 朝、いつもより遅めに学校に着いた唯加は髪をなびかせながら、学校の門を通り抜ける。

 この日の唯加はいつもと違っていた。

 いつもは花壇に直接、向かう唯加であったが、この日は花壇を通り過ぎて、そのまま校舎へと向かう。

 長い廊下を進み、角を曲がったところで唯加は足を止めた。

 唯加は斜め上を見上げると、そこには図書室のプレートがあった。

 軽くノックをしたが、中からは何も反応がない。

 そっと、扉を開くと目の前にはカウンターの中に置かれた椅子に座って読書をしている弾の姿があった。

 他に生徒は誰もおらず、この図書室にだけ、他とは違う何か静かな風が流れているようだった。

 弾は読書に集中しているせいなのか、唯加が来たことに気づいていないようだった。

 そのことに少し不満を持ったのだろう、唯加はほっぺたを少し膨らませて、弾の目の前に立つ。

 そして、静かな空気を切り裂くように弾の顔を見ながら言った。

「おはよう!」

「うわぁ!」

 という声とともに弾は椅子から転げ落ちた。

「え? 大丈夫?」

 唯加はすごく焦った顔をした。

「・・・朝からほんとに心臓に悪い・・・。そんな大声でおはようって言わなくても・・・」

 弾は起きがって、倒れた椅子を立てる。

「ごめん・・・。そんなに驚くと思ってなかったから・・・」

「・・・まぁ。そうだよな・・・。朝は誰も来ないから、自分もちょっと油断してた・・・。で、なんか・・・用?」

 弾は椅子に座って唯加の方を見る。

「うん。できるだけ早く伝えたいなって思ったから来た!」

「早く?」

「うん。えっとね。昨日、メッセージ送ったんだけど、見てくれた?」

「・・・・・・」

 弾は窓の方へと視線を向ける。

「もしかして、まだ見てないー?」

「う、うん。ま、まだ見てないな・・・」

 弾は少しだけ声を上ずらせて言った。

「そうなんだー。そのことなんだけどねー。お昼休みにそのこととあともう一つ話したいことがあるんだー」

「もう一つ?」

 怪訝な顔で唯加を見る弾。

「うん。昨日喋ったことで気になってることが一つあって、そのことをお昼休みに話したいから、よろしくね!」

「よろしくってどういうこと?」

「ん?お昼ご飯一緒に食べようってことだよ!」

「え? 昼飯一緒に食べるのか?」

「そうだよ」

「えっと、食べ終わった後にどこかに集合とかじゃダメなのか?」

「うん。ダメ!そうすると、来てくれないから!」

 それを聞いた弾はばつが悪いと思ったのか、俯いて一言、言った。

「・・・まじか・・・」

「うん、まじ!」

 唯加は満面の笑みで答えて、図書室の入り口へと向かう。

 そして、弾がいるカウンターの方を向いて、じゃあまたあとでねと言って、図書室を出た。


 昼休みになり、唯加の前に座っている佐知は後ろを振り向いて言った。

「ねぇ、唯加、わたし、ちょっと食堂にお昼ご飯買いに行ってくるから、先に食べてていいよ。今日、お弁当だよね?」

「ううん。今日、わたしも食堂だよ!」

「え? 唯加が食堂? 珍しいね。っていうか、初めてじゃない?」

「うん。今日ちょっと一緒に食べる約束してるから」

「どういうこと?」

 佐知は不思議そうな顔をする。

「津滝くんと一緒に食べる約束してて」

「津滝? そういえば、この前二人喋ってたけどどういう関係なの? まさか、付き合ってるとか?」

「ちがうよ! う〜ん、一方的に友達になろうとしてる関係?」

「どういう関係よ・・・それは・・・」

 佐知は呆れながら笑った。

「じゃあ、行こう! 多分、待ってると思うから」

 唯加は佐知の手を掴んで引っ張った。

「え? 私も行くの? どう考えても邪魔だと思うんだけど・・・」

 掴まれた手を引っ込めて佐知は言う。

「全然、そんなことないよ。多分、あっちも二人だと思うから」

「ん? あー。あの二人か。確かにあの二人、ホモじゃないかっていうぐらい仲良いよね」

「ちょっと、さちー!」

 唯加は佐知の体をポカポカと叩く。

「ごめん。ごめん。じゃあ、とりあえず、食堂行こっか」

「うん!」

 食堂に向かう途中、佐知は唯加に訊ねた。

「そういえば、さっきの話なんだけどさ、なんで最近、津滝とよく絡んでるの? 別にクラスメートだから、みんなと仲良くしないとーっていう天使的な理由?」

「ちがうよ。そういうのじゃなくて、純粋にもっと仲良くなってみたいなって思っただけ」

 唯加は佐知の顔を覗き込むように言った。

「ふ〜ん」

「今日、一緒に食べる約束は前からしてたの?」

「ううん。今日の朝してきた」

「そうなんだ! 唯加って意外と積極的なんだね・・・。っていうか、そもそも津滝と会話成り立つの?あんまり、こういうこと言いたくないけど、私のイメージだと全然喋らないイメージがあるんだよね」

「全然そんなことないよ。普通に喋ってくれるよ!」

「そうなの?」

「うん。しかもね、いつもめんどくさそうにしてるけど、結構優しいんだよ」

「へぇ〜。本当に友達になりたいの? 彼女じゃなくて?」

「まずは友達かな!」

「まずは・・・ね」

 何かを見透かしたような顔をしながら、佐知は廊下の窓の方へと目をやった。


 そうこうしているうちに、唯加と佐知は食堂へとやってきた。

 中は学生たちでひしめきあい、がやがやとしている。

 料理を受け取るカウンターは行列となっていて、食器が当たる音がこだまする。

 しばらく二人は列が進むのを待ち、自分の番になると食堂のスタッフに注文した。

 唯加はサラダとパスタを混ぜ合わせたものとバターロールがセットのサラダパスタセット。

 佐知は天ぷら、味噌汁、ご飯、漬物がついた天ぷら御膳。

 数分後、綺麗に盛り付けられた料理がのったトレーを持ち、二人はキョロキョロとあたりを見渡す。

 すると、佐知が窓の方を向いて言った。

「あの窓際にいるの津滝と葉賀じゃない?」

「え? あっ、ほんとだ!」

 そして、二人は窓際のほうへと向かった。

 弾と文一のそばまで行って唯加は声をかける。

「隣に座ってもいい?」

 その言葉に弾は反応は示したが言葉は発しなかった。

 かわりに、文一はどうぞ、どうぞと笑顔で応えた。

 弾のとなりに唯加が座り、文一の隣に佐知が座った。

 佐知は座るとすぐに箸をとり、食べ始めた。

 唯加は小さな声でいただきますと言って食べ始めた。

 食べ始めた唯加だったが、なんとなく弾の盛り付けられたおかずを見て、食べる手を止めて弾の方を見て言った。

「もしかして、待っててくれたの?」

 唯加は目を細め、口角をあげて、聞いた。

「いや、べつに・・・。俺たちもさっき来たところだから」

 弾は俯いて答えた。

「そうなんだー」

 二人のやりとりを見た文一はこそこそと笑っていた。

「おい。何笑ってんだよ」

 文一の表情を片目で見ていた弾が言う。

「いや、別に何でもないぞ」

「そういえば、津滝って、私のこと知ってる?」

 佐知がその話を遮るように聞いた。

「えっと・・・。確か、隣の教室で見たことある気がする・・・」

「・・・同じクラスだけど」

「ごめん」

 少しだけ間があいて、唯加は言った。

「そういえば、朝の話の続きなんだけどね。・・・わたし、考えたんだ。津滝くんにはやっぱりもっと学校を楽しんでほしい!」

「・・・学校を楽しむ?」

 弾は首を傾げた。

「うん。学校で津滝くんが笑ってるところ見たことないし、いつもつまらなさそうにしてるから」

「・・・そう?・・・結構、楽しいけどな」

「「それはないだろ!」」

 佐知と文一が同時にツッコむ。

 唯加はパスタを口に運ぼうとしたが、それをやめて佐知に言った。

「でも、どうすればいいと思う?」

 佐知はそれを聞いて考える素振りを見せる。

「う〜ん。そうだね・・・。とりあえず、髪を金髪にしてみるとか?」

「そうだな。おまけに彼女も三人つくるとかな」

 文一も一緒になって言う。

「で、三人にバレて修羅場になるんでしょ?」

 佐知は前のめりで笑いながら言う。

「最後はみんなに嫌われるというわけか」

 文一はうなずく。

「・・・それ、俺が楽しいんじゃなくて、周りが楽しいだけだと・・・」

「そうとも言う」

 佐知はペロッと舌を出した。

「そうとしか言わない」

 弾は冷静に言った。

 唯加はただただ苦笑いをしながらパスタを食べた。


 五時間目はホームルームの時間だった。

 この学校では、あらかじめ出し物に偏りが出ないように、事前に学級委員がくじ引きで何をするか決めることになっていた。

 学級委員は、

「今回は劇をやることになりました!」

 と元気な声で言ったが、クラスの大半がもうすでに劇をやることを事前に噂で知っていたため、ほとんどの人は無反応であった。

 その後、どんな劇をするかの話し合いが始まったが、クラスのある女子が最近、世間で流行っている恋愛小説の『水平線の先に見える君』がやりたいと言った。

 それを聞いていた何名かの女子たちがいいねなどと言ったので、学級委員は早く決めてしまいたいと思ったのか特に他の人に意見を聞かずに半ば強制的にその小説の劇をやることに決めた。

 その後、学級委員はこの場で主人公とヒロインも決めてしまおうと言って、やりたい人は手をあげてくださいと言ったが、雰囲気的に手をあげにくいのか、それともやりたくないのか、クラスの誰も立候補しようとしなかった。

 しばらく沈黙が続いたが、その状況に嫌気をさしたのか、ある一人の女子が言った。

「やっぱり、ヒロインは唯加だよね!」

 自分の名前が呼ばれて、唯加は驚いたのか、自分の顔の前で両手を振って、その女子に言う。

「わ、わたしにはそんなヒロインなんてできないよ・・・」

「大丈夫だって。唯加ならかわいいし、真面目だから、絶対ヒロインできるよ!」

 その女子につられて、数名の女子が唯加ならできるとか唯加がヒロインやるなら私が衣装作るよなどと言いたい放題だった。

 しかし、そんな空気をかき消すように、唯加は立ち上がって言った。

「じゃ、じゃあ、主人公は津滝くんがいいです!」

 なんとなくクラスがうるさくなり始めようとしていたが、一瞬で静かになり、みんな唯加の方を見た。

 もちろん、弾も例外なく。

 でも、みんな見ただけで、唯加に対しては誰も何も言わなかったが、一部の生徒は近くに座ってる生徒とこそこそ喋ったりしていた。

 唯加の前に座っている佐知は一人ニヤニヤしていた。

 そして、学級委員が言う。

「じゃあ、津滝が主人公、ヒロインは庭崎さんということで」

 弾は何かを言おうとする素振りを見せ必死に口を動かそうとするが、声が出ることはなく、結局何も言わず、がっくりとうなだれた。

 唯加は椅子に座って、誰かに顔を見られないように下を向いて、小さく小さく誰にも聞こえない声で言った。

「はーくんと一緒!」

 教室の窓から入る風は日差しを避けるためのカーテンをなびかせて弾の顔に当てる。

 しかし、弾はそんなカーテンのことなど気にすることなく、ただただ何もない机の上の一点を見続けて、この世の終わりのような顔をしていた。

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