08
放課後の唯加は早かった。
恥ずかしさから逃げ出したかったからなのか、それとも放課後が楽しみだからなのかはわからないが、学級委員の礼という声と同時に教科書をカバンにしまい、肩にかけ席を立ち上がる。
友達への挨拶さえ忘れなかったものの、いつもの穏やかな唯加からは想像できなかった。
一部の生徒は昼休みの状況を知っていたのだろう。
唯加のほうを見てこそこそと笑っていたが、唯加はそんなことに気づくことなく、教室を飛び出して行った。
それとは逆にそんなこと関係ないとでもいうように弾はマイペースに誰と話すこともなく、教室を出た。
下駄箱で靴を履き替え、外に出た弾はつぶやく。
「めんどくさ・・・」
弾に笑顔もなければ、微笑みもない。
顔は嫌いな食べ物を食卓に出された時のような顔をしていた。
それでも、とてもゆっくりではあったが弾は公園の方へと向かっていた。
公園には学校終わりの小学生たちがジャングルジムで遊んでいた。
唯加はそんな小学生たちを微笑ましくベンチに座って眺めながらも少しそわそわしていた。
はたからみればそんなそわそわした唯加も小学生のように見える。
そんなこんなでしばらくたつと、公園の入り口には弾の姿があった。
弾はゆっくりと唯加のほうへ向かう。
しかし、それよりも早く弾の姿を見つけた、唯加はベンチを立ち上がり、弾のほうへと笑顔で駆け寄る。
弾の目の前まで行くと、弾の方を見て、
「じゃあ、行こう!」
と満面の笑みで言った。
弾は無表情で
「・・・え? ・・・どこに?」
と言ったが、聞こえていないのだろうか?
唯加はスキップでもするかのように軽快なリズムで公園の出口へと向かう。
出口に差し掛かったところで、後ろを振り向き、弾が追いつくのを待つ。
追いつくと、弾の横に並んで、顔を見つめながら、一緒に公園を出た。
公園を出たところで、唯加は一度立ち止まりスマートフォンを弾に見せた。
「ここに行きたい!」
画面には、最近できたパフェのお店のホームページが表示されていた。
弾はとてもめんどくさそうな顔をして、
「・・・わかった」
としずかに息を吐くように答えた。
そして、二人は駅前にあるオープンしたばかりのパフェ専門店へとやってきた。
店は全面ガラス張りで外から中の様子がわかるようになっている。
席は60席ほどで、ソファ席と椅子席が用意されていた。
そして、店の前には開店祝いの花が所狭しと並んでいる。
ただ、場所柄のせいなのか、様子を見ているのか、店の中はたくさんの人で賑わっていたが、外まで行列ができるほどではなかった。
「着いたー。ここだよー!」
唯加は店に向かって指をさす。
弾は差した指を視線で追って、その店へと向かった。
店の中に入ると、一人の店員が駆け寄ってきて、
「何名様ですか?」
と聞いたので、弾は
「二名です」
と答えると、
「こちらへどうぞ」
と言って、二人をソファ席へと案内した。
二人は向かい合って座ると、唯加は持っていたカバンを自分の隣に置き、メニューを手に取った。
弾はあまり馴れていないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。
「ねぇねぇ、何にするー?」
メニューを二人の間に広げた。
弾はほんの少しだけ目を見開いて、メニューを眺めた。
「じゃあ、俺はこれで」
そう言うと、『宇治抹茶パフェ』を指差す。
「え?もう決めたの?わたしはどうしようかなぁー?」
それを聞いた弾は少しだけ唯加の方を見た。
唯加はほんの少しだけ焦っているように弾は感じたのか、
「別にゆっくりでいいよ」
と騒がしい周りの声にかき消されるような小さな声で言った。
しかし、そんな小さな声に唯加は
「ん? 今なんて言ったのー?」
と言ったので、弾は
「なんでもない・・・」
と返した。
唯加は嬉しそうな顔をして、
「じゃあ、わたしはこれにする」
と『デラックスストロベリーチョコティラミスパフェ』を指差した。
そんな小さな体のどこにいれるんですか?とでも言いたげの顔をして、弾はメニューと唯加を交互に見つめた。
そのあと、店員を呼んで、唯加は二人分の注文をした。
注文を待っている間、お互い無言だったが、唯加は両手をテーブルの上に置き、微笑みながら、たまに足をぶらぶらさせて、弾を見つめていた。
弾は唯加と目が合ってしまわないようにするためか、ずっとテーブルの方を見ていた。
しばらくすると、
「お待たせしました」
と店員が注文した商品を二人に持って来た。
パフェはそれぞれの前に置かれた。
弾の方には下からコーンフレークと白玉、宇治抹茶アイスと練乳、シガレットクッキーが刺さっているパフェが置かれた。
唯加の方には下からティラミス、ストロベリーアイスの上にチョコがかけられていて、生クリームといちごが所狭しと並びその上に、板チョコがこれでもかと刺され、隙間にはシガレットクッキーがひしめき合うように盛り付けられている通常サイズの三倍のパフェが置かれた。
二人はスプーンを手に取り、目の前のパフェを食べ始める。
「おいし〜い」
唯加は満面の笑みで弾の顔を見る。
「・・・うん」
目があった弾は視線を外したが、すぐにまた視線を戻した。
「ところで、今日の本題は?」
なかなかまともな話を始めない唯加にしびれを切らしたのだろう、弾は重たい口を開く。
唯加は相変わらず、満面の笑みであっけらかんに答えた。
「え? ないよ」
「・・・ん? えっと・・・どう言うこと?」
弾は怪訝そうな顔で聞いた。
「一緒に食べたかったから来ただけだよ」
何のためらいもなく唯加は答える。
「それだけ?」
「うん!」
弾はがっくりとうなだれた。
「一体、どういうつもり・・・?」
「どうって?」
唯加は何を言っているの?と言うかのように首を傾げた。
「いや、だってさ・・・。そもそも、そんな喋ったこともないし・・・」
「うん! だから、もっと喋りたいから、一緒に来たんだよ」
「う〜ん・・・。そもそもなんで俺・・・なんだ?」
「え・・・。それは・・・」
唯加はもじもじしながら下を向く。
「まぁ、とりあえず、あんまり俺に関わらない方がいいと思う・・・。俺・・・クラスにも馴染んでないし・・・。同じクラスだから知ってると思うけど、他の人に俺、嫌われてるからさ・・・俺と話してるとクラスに居づらくなるんじゃないかと思うんだ・・・」
「そんなこと関係ないもん!」
いつもより少し強い口調で顔をあげた唯加は真剣な顔で言う。
「いや、関係ないって・・・。クラスのみんなに嫌われてもいいのか?」
「それは嫌だけど・・・。でも、それを気にして仲良くなれないのは嫌」
「嫌とは言ってもさ・・・」
「大丈夫! クラスメートにそんな人いないから!」
「そう・・・。まぁ、一応忠告はしておいたから」
そう言うと、弾はパフェを食べる手を再び動かした。
唯加は何か悩んでいるような顔をしながらも、弾が再び食べ始めたのを見て、一緒に食べ始めた。
しばらくして、二人のパフェがほとんどなくなりかけた頃に唯加は言った。
「次はいつ会えるの?」
「・・・え? ・・・また、会うのか?」
「うん。もちろん! だって、そうしないといつまでも仲良くなれないから・・・」
「・・・・・・」
「しかも、乗る電車も変えられたから、全然喋るタイミングもないし・・・。クラスでは目も合わせてくれないし・・・」
「・・・い、いやそれは・・・」
すこし、焦ったように答える弾。
「もしかして、わたしのこと嫌い?」
少しだけ上目遣いで唯加は聞く。
「いや、嫌いどうこう以前に君のことあまり知らないから・・・」
「確かにそうだよね・・・。わたし、もっと知ってもらえるようにがんばる! あと、とりあえず君って言うのダメ! わたし、唯加って名前だから唯加って呼んでほしいな」
「というより、唯加は友達多いんだから、別に俺みたいなの相手にしなくても・・・」
「たしかに友達は多いかもしれないけど・・・」
唯加は照れながら下を向いていた。
「でも、本当に友達と思ってくれているのかわからなくて・・・」
「・・・ん? ・・・そうなんだ」
弾は一瞬目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻った。
「で、次はいつ会える?」
目を輝かせながら唯加は言う。
「んー。とりあえず今はわからないかな」
「・・・そうやって、邪魔な女を排除する作戦?」
無意識なのか相変わらず上目遣いで弾の顔を覗く唯加。
「いや、ちがう。そういうことじゃなくて・・・。ただ、純粋に忙しいから」
慌てて、弾は目をそらした。
「そっか・・・。ちなみに忙しいっていうのはバイトとか?」
「まぁ、バイトと塾かな」
「え? バイトと塾の両方に行ってるの?」
唯加は少し驚いた顔をした。
「まぁ」
「そうなんだ。塾に行ってるんだ。だから、毎日寝てるのに学年トップなんだ」
「ま、まぁ・・・」
苦笑しながら、弾は答えた。
「ねぇ、じゃあ今度勉強教えて! わたし、数学があまり得意じゃなくて・・・」
「え? ・・・まぁ、そのうち教えるよ・・・」
唯加と目を合わせず、どこか遠くの方を見ながら、弾は言った。
「ほんとう?」
「・・・あぁ」
「ありがとう! じゃあ、また連絡していい?」
唯加はもう一度、顔を覗かせる。
「連絡? 別にいいけど・・・」
「ありがとう。じゃあ、連絡するね」
「うん・・・じゃあ、そろそろ行くよ。このあと、バイトあるから」
「うん。わかった!」
そう言うと、二人は同時に立ち上がって、レジへと向かう。
弾はなんとなく二人分を出そうとしたが、唯加に遊びにくくなるからと言われ、お互い自分の分を出して、店をあとにした。
唯加は大きく手を振って、弾は少しだけ手をあげて、お互い別々の方へと別れた。
バイトを終え、帰宅した弾は部屋の隅にカバンを置き、ベッドに腰掛け、スマートフォンを充電しようとベッドの近くにあるコンセントにケーブルを差した。
すると、スマートフォンの画面に一件のメッセージが表示された。
『今日はありがとう! いろいろ話せて楽しかった! 次、いつ会えるか教えて!』
弾はいきなり立ち上がり目を疑うようにスマートフォンを見た。
「・・・いつのまに交換したんだ・・・」
メッセージを確認した弾は返信することなく静かにスマートフォンの電源ボタンを押して、お風呂場のある一階へと向かった。