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Deadman's midnight

作者: 憑火

 祖父が死んだ。この都市での最初の死者だ。

 祖父が死んだ夜、僕は彼の側にいた。父も母も姉も側にいた。そうやって死にゆく祖父を静かに見守り、機械が彼の死を告げる瞬間も静かだった。

 僕はその瞬間、天井の近くを見つめた。そこに祖父の無意識が漂っているのではないかと思ったからだ。

 実際に祖父の無意識はそこに漂っていたのかもしれない。わからない。僕にわかったのは祖父が死に向かっているということだけだった。もう帰ってこない、その瞬間を見届けた。


「その瞬間までに君のお爺さんが蘇生すれば帰ってこれたというわけか。いや、蘇生できるラインがその瞬間という意味だな」

 この都市に唯一ある大学の理工学術院環境社会システム研究科社会数理学専攻のとある研究室で、同専攻の院生である戸倉は簡単にそんなことを言った。コーヒーを片手に休憩中という気の抜け方だ。そこに祖父の死を悼む様子は微塵もない。挨拶の段階で済ませてあったからだ。僕は家を抜けだしてここに遊びに来ていた。

「たぶんね。脳波と照らしあわせたわけじゃないから証拠はないけど」

「約15分。妥当なラインだ。運悪く蘇生したら臨死体験を語れたな」

「それは全然わからない。臨死体験した人と会ったことがないから比べようがないよ」

「動物の死は?」

「前に言ったけど僕は人間しか感じないんだ」

「残念」

 人間しか感じない。人間の無意識しか感じない。拡散した人間の無意識を感じることができる。

 しっかし、と戸倉は続ける。

「まさか”このマリンエッジ”での最初の死者になってしまうとはね。そして予定通り”あの葬儀”が実行される。世界で初めての”民主的な死”。春美ちゃんの研究室だ。注目されるぞ」

 戸倉はどこか他人事だった。事実他人である。祖父とは面識もない。しかし祖父の死を悼むには悼む。この都市では誰かが死んだ時、そのことが視界に入ればそれを悼むということになっている。死は誰でも平等に悼まれるべきだった。


 マリンエッジ。それは海に浮かぶ巨大な海上都市だ。マリンエッジは物理的な意味で海に浮かぶ。

 最新の自然科学、最新の環境科学、最新の社会科学、最新の建築科学、最新の情報科学、最新の文化科学、最新の心理科学。あらゆるものが最新であらゆるものが近未来的であらゆるものがβだ。この都市のミッションはアーコロジー。完全環境都市だ。全てのものがマリンエッジ内で完結しなければならない。マリンエッジが消費するエネルギーはマリンエッジで生産し、マリンエッジが消費する食糧はマリンエッジが生産する。マリンエッジ以外の文明が突然滅んだとしてもマリンエッジは影響を受けずに稼働し続ける。そんな夢のような都市だ。

 しかしマリンエッジはそんな完全性を持ち合わせていない。それはマリンエッジが実験都市だからだ。比較的実現が簡単なエネルギーは自立しているものの、食糧は輸入が多い。マリンエッジの住民はモルモットのように制約され、監視され、試される。祖父の死も(死自体はごく自然に発生した現象だったが)実験されている。

 そんな科学的な都市で、僕はかなりオカルトだろう。

 僕は研究室に来る前に葬儀が行われる場所を訪れていた。セブンアースにあるボーダーガーデンと呼ばれる植物園だ。そこは憩いの場所でありそして墓所でもある。マリンエッジで唯一の墓所だ。約500人を収容する。その数が多いと感じるか少ないと感じるかはマリンエッジ、特に僕の姉である春美が所属する研究室の研究についての知識の有無によって別れる。僕は多いと感じる方だ。

 理工学術院環境社会システム研究科建築システム専攻のとある研究室、そこは”デスラボ”と呼ばれる。

 ボーダーガーデンには案の定、憩いを目的としていない人たちがいた。彼らは僕を見た。興味本位の暇人か、マスメディアの類だ。僕の顔も調査済みということらしい。

 そういう奴らがいる。そのことを確認して僕はそこを立ち去った。


「気が早い連中がもう待ち構えていた」

 僕の報告に戸倉は呆れ顔で暇人だなぁと言う。そうかと思うと今度は面白そうな顔を見せた。

「で、幽霊はいたか?」

「戸倉さんも大概気が早いな。まだあそこに遺体はない」

 でも、いないと言えば嘘になるかもしれない。微妙なところだ。

「お爺さんっぽい”無意識の残留”は感じる。自身の死については結構静かだった。不安はなく期待と、好奇心かな。死後の世界への好奇心なのかと最初は思ったけど、ボーダーガーデンに行ったらわかったよ。現世での死後への寂しそうな好奇心だ。そんな感じの、結果を感じた。野次馬については快く感じなかったようだけど」

「寂しそうな好奇心?」

「うん。世界初の民主的な死とやらを体験できる栄誉、孫が関わったシステムを体験できる喜び。だけどそれを自分の目で見ることは叶わない。そういった推測が妥当なところじゃないかな」

「なるほど、面白いね。ますます電脳化していないのが惜しい」

「18になったらね」

 不便じゃないのか、と戸倉は笑う。電脳化の下りは軽い冗談だ。

 脳科学は飛躍的な進歩を遂げ、コンピュータは小型化し省電力化し高い処理能力を得た。脳とコンピュータを繋ぐ高度なインターフェースが実現し、接続する手法は電脳化と呼ばれる。

 僕は電脳化をしていなくて彼はしている。頭の中に埋め込まないタイプの電脳化もあるが僕はそれすらしていない。電脳化をすれば僕が言う無意識の残留を解析できるのではないかというのが戸倉の主張だ。電脳はそのインターフェースの都合上、脳を高解像度で読み取るからだ。最も、彼自身真面目に解析する気がない辺りが冗談なのだ。

 不便さを感じなくはないけどこの程度の不便さを許容できるぐらいの心の余裕は欲しいかなというのが僕の主張だ。光の速さで行動しようとは思わない。

「それに」僕はいい加減に続ける。「電脳化したらそれを感じられなくなるかもしれない」


 幽霊が見える。そう言ったら多くの人に馬鹿にされた。そんな非科学的なものは存在しないと。

 春美に言ったら、マジで? と顔を青くして返された。僕が真顔で言うものだから割と信じたらしい。

 親に言ったことはない。でも耳には届いているようだった。一時期妙に心配そうな顔をしていた母を覚えている。頭がおかしくなったと思われていたのかもしれない。父は気にしていなかった模様。

 最初にそれを感じたと認識した時、僕はそれを形容する言葉を知らなかったはずだ。しばらくして幽霊という存在を知ったから幽霊という言葉で形容した。またしばらくして「幽霊が見える」という言葉は正しくないと思うようになった。心霊現象と呼ばれるもののストーリーの中に僕が感じていたものに似ているものが多々あって、また墓とか木陰とかに白装束で佇む影というステレオタイプをメディアで見たりしたからそう言ってしまったのだろう。致命的な間違いだと思う。

 幽霊を感じる、と次はそう表現した。

 特に変化はなかった。

 今度は「幽霊」という言葉に疑問を抱くようになった。

 多くのストーリーでは、幽霊に意思があるように聞こえた。誰かを恨んでいたり、誰かに会いたかったり、そういった意思に従って動いている。干渉してくるのだ。

 確かに墓とかに行くと幽霊をよく感じた。幽霊を感じたと思ったら昔そこで誰かが自殺したとかあった。だけどそれらは別に僕を呪ったりしているようのには思えなかった。気分が悪くなることはなかった。いわゆる「幽霊」というやつと僕が感じるそれは乖離しているように思えた。

 だけど僕が感じるそれは人の死に関わっていることは確かだったから幽霊が近いとも思っていた。意思はなくとも、喜怒哀楽はありそうだった。それは極めて静的な喜怒哀楽だと思う。状況によって変化しても、時間によって変化することはない。少なくとも僕が観測する中ではそうだった。坊さんが念仏を唱えていてその間は幽霊の状態が変わっていたとしても、念仏が終わったら元の状態に戻る。Aの後にBがあったからこう感じる、ということはなくAはAとして、BはBとして処理される。状態は保存されない。

 だけど本当に状態が保存されないのかは疑問が残っている。タイミングによって様子が違うことはあるからだ。それが僕が観測できていない環境の変化によるものなのか、状態は保存されていたからなのかはわからない。

 今でも時々春美に幽霊談義をするけれど、僕の幽霊談義は怖くない。どこか解析的だった。因果を推測するのだ。

 春美繋がりで僕の幽霊話に興味を持ったのが戸倉だ。戸倉は会ってすぐにこう言った。

「漆儀君の話は量子力学でこじつけられなくはないね」

 オカルト的な話をする僕が言うのも微妙なところだが、ものすごくエセ科学を感じた。しかし彼は理工学術院環境社会システム研究科社会数理学専攻のとある研究室で量子力学を用いた解析を行っている院生だった。


 うーん、と戸倉は悩む。すぐに否定も肯定もしなかった。彼は都合の良い返答を反射的にする人間ではない。幽霊談義は遊びだから即答できるだけの予習をすることもない。

「その可能性を否定はできないな」

 いい加減な僕の台詞に対して戸倉は曖昧に答える。

「意識のハードプロブレムは残っているものの、イージープロブレムは量子脳理論でほぼ解決した。波動関数による自己収縮だ」

 脳には1ooo億のニューロンがある。大きな視点で見れば脳というものはニューラルネットワークを構築していて、そしてそのネットワークが思考を行っていると思っている人は多い。しかしもっと小さな視点で見れば脳というやつは量子力学的な動きをする。ニューロンにある微小管だ。量子力学的な重ねあわせの状態を持つ微小管は刺激の影響を受けてもつれ、収縮する。およそ40Hzのうなりとなるそのもつれがγ波の源であり意識か無意識か或いはその両方かであるという考え量子脳理論である。

 また、根拠はどこにもないが、死んだ人間の意識は量子的な情報として重ねあわせの状態のまま時空を漂うのではないかと言われたりしている。観測できないため噂じみたものだ。そして運良くその人が蘇生できたら、その人の脳内でその量子的な情報に対する自己収縮は再開される。蘇生するまで時空を漂っていた意識を臨死体験なのではないかとするオカルトだ。

 ならば、その自己収縮を代行してしまう人間が霊能力者というものではないのか。時空を漂う意識が霊能力者の脳と何らかの干渉を起こし幽霊を現象する。

 僕が表現する幽霊についてはかなり無意識に近いと戸倉は言う。時空を漂う意識の量子的情報が自己収縮するなら、少なくとも無意識はそれによって発現するだろうから整合性は取れていると言う。

 エセ科学でオカルトでこじづけ。だけど悪くないかなと僕は思っていた。敬意を込めて「幽霊」という曖昧な言葉ではなくもう少し厳密に「拡散した人間の無意識」と呼ぶことにした。

「だったら量子力学的な干渉を用いる今の電脳、Nexus Senseは幽霊が干渉する隙間を吹き飛ばしてしまうかもしれないね」

「吹き飛ばすっていい加減だな」

 幽霊が干渉する隙間もいい加減だ。

「まあね」

 元々いい加減な遊びなのだからこのくらいがちょうどいい。


 少しして僕は研究室を出た。戸倉は春美ちゃんによろしくと言った。お爺さんの葬儀に行くかはわからないそうだ。戸倉とお爺さんに元々面識はない。マリンエッジの住民がマリンエッジの住民の死を悼む。その程度だ。

 正直あまり家にいたくなかった。戸倉の研究室に遊びに行ったのもそのためだ。

 家に戻ると母は苛ついた様子でどこに行ってたのかと言った。

「散歩。あちこち眺めながら感傷に浸っていた」

 思い切り嘘を吐いた。

 母は嫌に苛ついていた。だから家にいたくなかったのだ。母は忙しいから苛ついているのではない。暇だから苛ついているのだ。祖母が死んで盛大に仏教の葬儀をした時も苛ついてはいたけれどどことなく安心しているように見えた。少なくとも今よりははるかに。自分の母が死んだ時よりも夫の父が死んだ時の方が不安定なのだ。

 理由は簡潔で計算された葬儀にある。祖母の葬儀の時には得られなかった”死と向き合う時間”を与えられてそれをどうしたらいいのかがわからないように見えた。おかしな話だ。確かに祖母の葬儀は盛大でお金がかかっていた。驚くべきことに先方が言う通りにお金を出し続けるのだ。死者のためだからと出し惜しみができないらしい。”立派な場所”に”立派な墓”があってそこに祖母の遺骨は納められた。死んだ祖母の無意識に特別変な感じのものはなかったから、代々こんな感じで受け入れていたのだろうと思った。

 今回は全然違う。だから混乱しているとも考えられた。生者の無意識はちゃんとにその人に帰着する。だから僕に感じ取ることはできない。そういう風に直接感じ取りたいとも思わないが。

 仕方がないから春美の部屋に逃げこむ。彼女はベッドに仰向けになっていた。眠っているわけではない。

「戸倉さんのところ?」と春美。

「うん。よろしくって」

「何を?」

「さあ」

 春美はため息を吐く。

「お母さん苛ついてたでしょ」

「ものすごく」

「やだな。行きたくない。絶対また睨まれるって。やだな」

 春美はもう一度ため息を吐く。ため息を吐くために息を大きく吸って、吐いた。

「もう睨まれたんだ」

「漆儀はお爺さんとあまり関わってないんだよね」

「うん」

「私は結構遊んで貰ってた。昔の漫画とか出してくれたり」

 春美は祖父のことを語った。時々見せる淋しげな瞳は確かに祖父の死と向き合っていた。


 日が暮れてから僕達は皆でボーダーガーデンへと向かった。祖父の遺体もボーダーガーデンに運ばれた。午後の7時だった。マリンエッジの中心にあるクロノスタワーの時計の短針はボーダーガーデンがあるセブンアースの方向を指していた。

 祖父は無宗教だ。だから葬儀は特に簡潔になる。

 ボーダーガーデンには512の墓がある。仏教でもキリスト教でもイスラム教でも同じ形だ。高さ5mのモニュメント。一番下に遺体を入れる場所があって上の方に5箇所穴が空いている。穴は大きく真ん中で繋がっていて、部屋の様だ。部屋にはライトがある。それはまだ輝いていない。

 慌てずゆっくりと静かにモニュメントに遺体を収容する。しっかりと扉を閉め、ボーダーガーデンのコンピュータが不備がないことを知らせた。

 もう祖父の遺体を目で見ることはない。

 遺体は薬品に満たされる。

 薬品によって化学的に分解されるのだ。

 ゆっくり時間をかけて。

 その分解はエネルギーを発生させる。

 そのエネルギーを利用してモニュメントの上部にあるライトが光るのだ。

 ライトはおよそ1年間、光り続ける。

 ライトが消えたら、そこにはもう何もない。

 空へと帰す。

 その場所は次の死者のために継承される。

 1人の死者のために永遠の場所は与えれらない。

 1人の死者に永遠という特権は与えられない。

 1人の死者のために永遠の場所が与えられない代わりに、ボーダーガーデンという空間が全ての死者のための場所となる。

 母は手を合わせていた。

 母のやり方だからだ。

 父は静かに見つめていた。

 父のやり方だからだ。

 春美も見つめていた。

 僕も見つめていた。

 ここに居合わせたマリンエッジの住民も皆思い思いに祖父の死を悼んでくれる。

 ある者は十字を切り、ある者は手を合わせる。

 小さく囁き合いながら、それでも祖父の死を見つめる者もいる。

 こうして死は民主化された。

 ライトが光った。

 祖父はここに眠る。

 永遠に。

 ここという”もの”についての永遠ではない。

 眠るという”こと”についての永遠だ。

 誰かがそれを覚えている限り永遠に。

 死は民主化された。

 誰にも例外的な特権は与えられず、誰にも平等な権利が与えられる。

 ボーダーガーデンは死者のための場所でもあり、生者のための場所でもある。死と生が存在する境界線上だ。


 ライトが灯った段階で祖父の葬儀は終わりとなる。宗教があれば他にやることがあったりするが無宗教は簡潔だ。

 そこにいた人々は解散となり、皆思い思いに日常へと戻る。

 或いはこの葬儀自体が日常の延長だった。

 僕達もある程度同じだ。

「お母さん、不満そうだね」

 春美は僕に囁いた。母に聞こえないようにしたつもりだったが母は僕達を見た。聞こえたかどうかはわからない。だけど何を言ったのかわかってしまったのかもしれない。

「そうだね。姉さんも」

 母が向こうを向いてから僕は答えた。

 この葬儀のシステムは”デスラボ”が考えたものだ。デスラボという名前は元々コロンビア大学の研究室のもので、発想の大本もそこにある。日本で、マリンエッジで死者を弔う継続可能な方法が必要になり日本でもデスラボが発足した。春美はそこに所属する院生で、マリンエッジでの墓所、ボーダーガーデンのデザインに関わっていた。海上都市という圧倒的に面積の限られた場所で1人1人に永遠の墓地を与えるという旧来の手法は非常に非現実的なのだ。

「うん」

 春美は悲しそうに言う。自分が関わったものに自分の母が不満であるということに不満なのだ。

「不満だったり反発したり、受け入れられない人がいることはラボも想定してるけど、それがお母さんだってことが辛い」

 件の母は腕時計で時間を確認した。それから僕達のところに近づく。

「もう少ししたら帰ります」

 僕達は頷いた。

 少しの間静かになった。ここには祖父の親族もいればそうでない人もいる。その中にはメディアの類もいる。カメラを構えているわけでも何かメモをとっているわけでもないが何となくわかってしまうのだ。彼らはこういう場合電脳を使って映像を記録するしメモも記録する。

 祖父はこの都市で最初の死者である。そのことを改めて感じた。静かだかしっかりと注目されている。

「こんな葬儀」

 母は小さく呟いた。春美が息を飲んだのがわかった。

「こんなの葬儀なんかじゃないわ。父は薬品漬け。しかもいい加減な箱に入れていい加減な場所に置いてかける時間だってこれだけ。1年で全部溶けて他人がまた使うですって。ふざけてるわ」

 母は言う。春美はふざけてないと囁いた。

「もっと時間をかけてちゃんとに火葬して立派な墓に入るの。お坊さんに来てもらって安らかに成仏できるように取り計らってもらうの。落ち着いた場所で静かに眠るの。こんな植物園なんてところじゃなくて」

 母は否定する。そして言う。

「だいたい死を民主化するですって。馬鹿にしているとしか思えないわ。私はあんなの嫌」

 馬鹿にしてない。春美は言う。

「お母さん、どうしてそんなこと言うの。私達が、デスラボのみんなが50年も前から考えてたんだよ。このままじゃきっと破綻するから」

「あなたたちが変なことを考えるからこんなことになるのよ。父のためにしてあげられることが全然ないし、こんな関係ない人も勝手にここにいる」

「してあげらることって何? むやみやたらと忙しくすること? お金を浪費すること?」

「浪費だなんて言いがかりよ。亡くなってしまったのだから精一杯尽くすの」

「それこそいい加減よ。お爺さんと全然向き合ってないじゃない。不幸よ。ずっとイライラしてて」

「こんな葬儀に耐えられないからよ」

 こうなってしまったか、と僕は思った。僕は水を挿すためにその場を離れることにした。春美の視界に入るように歩いて行く。母と春美は言い争いを続けていた。お爺さんが眠る墓のライトを見ながら僕はボーダーガーデンの暗くて静かなところへ歩いた。

 ベンチに座っていると少しして春美が来た。暗かったけど泣きそうな顔をしていることはわかった。春美は隣に座って空を見上げた。歩くため道だけは柔らかく光っているけれど、基本的に夜のボーダーガーデンは暗い。マリンエッジ自体むやみに光らないし海の上だから星はよく見えた。

「文化的な伝統を否定してるわけじゃないの」

 春美は言った。

「だけど伝統的な手法はどうかと思う。亡くなってしまったのに、それそのものに向き合う時間もなく忙しくして、何が何だかわからないままお金と時間を消費して。効率的にしようとはしてるけどデザインは全然変わらない。亡くなってしまったらまずお坊さんを呼ばなきゃってなんか変だよ」

「安心したいんだよ。型にはまって」

「そうね。でもいい戒名をいいお金で買うのは個人的に許せない」

「伝統的な悪しき手法か」

「そう。ものすごく資本主義」

 春美は息を吐くと僕の肩に頭を乗せた。彼女もまた安心したいのだ。

「お爺さんはこの葬儀を、少なくとも嫌がってはなさそうだ」

 僕は祖父の無意識の反応を話した。

「よかった」

「姉さんと母さんが言い争ってる時は悲しそうだったね」

「あー」

 春美は笑いながらごめんなさいと言う。

「ただ嬉しさもあったかもしれない。自分のために喧嘩してくれてるって捉えたのかもしれない。自分が中心だって。お爺さんってけっこう考え浅い?」

 春美は吹き出した。

「そうね。けっこう考え浅かったわ。だから死にそうなのにマリンエッジに移住したのね」

「最初の死者になることを狙ったとか?」

「そこまでの度胸はなかったよ。こういう新しいものが好きだったの」


 祖父は死んだ。この都市での最初の死者だ。

 マリンエッジという最先端の都市では生者と同様に死もまた平等であろうとする。

 永遠の場所という特権は与えられない。

 そこは死者の場所であると同時に生者のための場所でもある。

 祖父を知る者はそこを訪れる度に祖父のことを思い出す。

 祖父を知らなくても、そこを訪れた人はそこの光を見て誰かが眠っていることを想う。

 そうやって死を民主化する。


※エブリスタでの後書きとは異ります。



きっと、幽霊現象を量子力学を絡めて語ったオカルトSFと思われたかな。しかも割といい加減な説明しているし。けど幽霊現象がこの小説で一番目立つからな。


2014年が終わるぐらいの時、ネットで「死を民主化せよ」という記事を見つけました。

http://wired.jp/2014/12/28/deathlab-vol14/

の記事です。(なろうでURL載せて良いのか?)

「Deadman's midnight」というタイトルはここから始まりました。

最初はタイトルだけです。ストーリーなんてなし。それから実験都市での葬儀というメインストーリーが構築されました。そしてたまたま見かけた量子脳理論を潤滑剤として投入しました。ええ、液漏れしています。


とは言え、おそらく誰も扱わないであろうテーマで書けて楽しかったです。小説では海上都市という強い制約を与えて墓地問題を浮かせていますが、実際墓地は足りなくなっているそうです。先日アメリカのニュースでやっていました。無宗教が増えていてスタイルも多様化しているそうです。例えば海葬、例えば数万円の学術書サイズの本型の骨壺(壺とは。あと例があれだな)に遺灰を入れて本棚に置くとか。海上都市なら海葬もありですが、そこは実験都市なんで既存の手法は用いずに。


僕はまだ自分の死について意識するような年齢ではないですが、自分が死んで残るものは名前だけだと思っています。しかし自分の中には何も残りません。僕の物語はそこで終わりです。次などありません。僕の名前だけが僕のいない世界に残って、僕が作ったテクノロジーが活用されていく。そんな、知ったこっちゃない夢物語。

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