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 無事に狩りを終えて、あやかしを影にし、更夜こうやと名付けた蒼炎そうえんは、一族が暮らす場所へと帰ってきていた。

 蒼炎は微笑みながらてのひらに乗っている更夜を見る。

 彼の小さな両手の掌に収まってしまうくらいの小さな影。

 だが、蒼炎にとって初めての影である更夜は、何者にも代えがたい存在になっていた。

こうに見せたら、何て言うかなぁ。喜んでくれるかなぁ」

 蒼炎は、紅輪のはにかんだ様な笑顔を想像しながらひとちる。

 きっと、優しく微笑んでくれる。

そうは、すごいね』

 そう言って、喜んでくれる。

 大切な弟の事を考えながら、蒼炎は紅輪の元へと駆けていった。





 *******



こう!ただいま!!」

 蒼炎が家の扉を開け部屋に入ると、そこには薬草の仕分けをしているイリスがいた。

「蒼炎、おかえりなさい。無事に帰って来られたのね……良かった」

 安堵し、イリスは微笑む。

 更夜を乗せた両手を背に隠すようにして、蒼炎がイリスに話しかけた。

「かあさま、紅は?」

「紅輪?森に散歩に行くって言っていたけど……どうしたの?」

 そわそわと落ち着かない様子の蒼炎を見て、イリスは不思議に思う。

 イリスに顔を覗きこまれ、蒼炎は反射的に顔を背けた。

 蒼炎の隠している手を覗きこみ、イリスが言う。

「なぁに?何か隠してるの?」

 にこにこと笑顔を見せながら話しかけるイリスに、少しばかりの抵抗を見せるように、蒼炎は手をイリスの視線から逃れるように動かした。

「かあさま!ダメ! おれのかげは、いちばんに紅に見せるんだ!」

 蒼炎の掌を追うようにしていたイリスの動きが、ピタリと止まる。

「影に、出来たの……?」

 彼女の声には、戸惑いが混ざっていた。

 蒼炎の成長を喜ぶ気持ちは勿論ある。

 だが、紅輪の気持ちを考えると、心の底から喜べない自分がいた。

 それは、影使いの力が他者より劣っているイリスだからこそ理解できる気持ちなのだろう。

 目の前で、にこにこと嬉しそうに笑う蒼炎を見て、イリスはほんの一瞬、少し悲しそうに瞳を揺らし、やがて優しく微笑んで言った。

「蒼炎、おめでとう……」

 イリスの言葉が嬉しかったのか、蒼炎ははにかんだように笑う。

「かあさま、ありがとう!お礼にかあさまには、ニばんめにおれのかげを見せてあげる!」

 心の底から嬉しそうな蒼炎を見て、イリスは複雑な気持ちで抱き締めた。

 蒼炎は純粋で、無垢だ。

 だからこそ、残酷になる。

 この、真っ直ぐな気持ちをぶつけられた紅輪は、受け止めきれるのだろうか。

 だが、蒼炎の初めてあやかしを影に出来たときの高揚した、どうしようもない嬉しい気持ちも理解できるイリスは、もう何も言えなかった。

 ただ……蒼炎も、紅輪にも……傷ついて欲しくない。

 そう強く思いながら、イリスは蒼炎を更に強く、抱き締めた。





 *******





 蒼炎は、森に来ていた。

 小さな湖のほとりに、太陽の光を浴びて輝く銀色をした髪の少年が青や黄色をした蝶とたわむれている姿を見つける。

「紅!!おーい!」

 蒼炎はその姿を見つけ、嬉しそうに駆けていった。



こう!!見て! 」

 パタパタと元気な足音をさせ、息をきらせながら、蒼炎そうえん紅輪こうりんの側へ駆け寄る。

そう、そんなに走ってどうしたの?」

 紅輪が不思議そうにそう問いかけると、蒼炎ははにかみながら両手を前に出した。

 蒼炎の掌には、小さな黒い毛並みの妖が安心しきったように身体を丸めて寝ている。

「これ……」

 紅輪はぽつりと呟く。

「おれ、今日、あやかしをかげにできたんだ!」

 そう、嬉しそうに告げる蒼炎。

 きらきらと眩しい笑顔を見せる兄を見ながら、紅輪の中に黒い感情が生まれたのをまだ幼い紅輪は理解出来ていなかった。

「……蒼、おめでとう」

 喉が張り付く様な感覚を抱きながら、紅輪が微笑みながら言う。

「今度さ、紅もいっしょに行こうぜ! すっげー楽しかった!」

 興奮しながら話す兄を尻目に、紅輪は無意識に両手を固く握って言った。

「ぼくには、むり、だよ。だって……」

 紅輪は前髪を長く延ばし隠している、色素を無くした硝子玉の様な右目を掌で覆いながら言った。

「こんなめじゃ、どんなに弱いあやかしだって……かげにできっこないよ…」

 紅輪の瞳が、悲しそうに揺らめく。

 そんな紅輪を元気づけようと、蒼炎は一層明るく話しかけた。

「そんなこと、ないって!!だいじょうぶだ!だから、いっしょに――……」

「―――っ!!」

 乾いた音が響く。

 紅輪の頭を撫でようとした蒼炎の左手に、衝撃が走った。

 同時に、紅輪の右手が赤く色づいている。

「あ……ぼく……」

 呟いた紅輪の言葉には、後悔と戸惑いが混じっている。

 蒼炎は、何が起きたのかすぐに理解することが出来ないでいた。

 蒼炎が見えたのは、紅輪の泣きそうな顔だけだった。

「紅……」

 掠れた声で紅輪の名を呼ぶと、紅輪は弾かれたかのように、森の奥深くへとかけて行く。

 小さくなる紅輪の姿を、蒼炎は見つめることしか出来ないでいたのだった。


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