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緋眼

 蒼炎そうえん紅輪こうりんが、五歳になった頃。

 相変わらず、少しのいさかいは時々起こっていたものの、双子の兄弟は仲良く毎日を穏やかに過ごしていた。

 その頃、一族にとって……とても重要な出来事が起こる。





 *******






 一族の集落より少し離れた小高い丘に、白い大理石で出来た建物がある。

 ここは緋眼ひめが祈り、未来視さきみを行う場所だった。

 たった一人で祈りを捧げる為に使うには大きすぎる様な部屋には、両壁一面からさらさらと水が流れ落ち、その空間は清浄な空気に満ちている。

 天窓から優しく降り注ぐ光がその水を照らし、美しく輝かせていた。

 部屋の最奥には祭壇があり、緋眼はその前で床に両膝を着き、胸の前で手を合わせる。

 水の落ちる音だけが響くこの空間で一人、緋眼は両目を瞑り、祈りを捧げていた。

「……………」

 彼女はやがて目をあける。

  鮮やかな緋色の瞳が、少しだけ揺らめいた。

 金色の豊かな髪がふわりと動き、彼女はそっと呟く。

「……これが最後の、未来視さきみ………」

 彼女の言葉を吸い込むように、きらきらと輝く水が、止まることなく流れ続けていた。





 *******





 緋眼ひめからの言付けで、族長と五人の長老がとある一室に集められていた。

 まだ明るい昼の最中、窓から入り込む光は部屋を明るくする。

 だが、明るい部屋とは相反して、六人は皆……暗い表情をしていた。

 彼らは、誰も何も言葉を発さず、それぞれがこれから緋眼が告げるであろう事について考える。

 ほどなくして、緋眼がゆっくりと皆が集まる部屋にやって来る。

 皆が一斉に彼女へと視線を向けた。

「皆、集まっているわね」

 緋眼はそう言い、にこりと微笑む。

「……はい。緋眼さま……此方こちらへ」

 族長である皇劉おうりゅうが、光の差す窓際の席へと彼女を促した。

「ありがとう」

 そう一言いい、ゆっくりと椅子に腰をかける。

 緋眼は、集まった六人の顔を見回し、微笑んだ。

「……………」

 六人は皆、固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。

 緋眼が言葉を発するほんの数秒の間。

 それは、とても長い時のように感じられた。

 彼女は、決意したかのように、一度唇を固く結んだ後、ゆっくりと大きく息を吸い込み、言う。

「……未来視さきみが、見えました。

 間もなく、次代の緋眼が誕生します」

「…………っ!!!」

 皆が驚愕する。

 いな、本当は心のそこではわかっていたのかもしれない。

 しかし、全員がそれを否定していた……したかったのだ。

 族長である皇劉おうりゅう紫陽しよう、他の長老……そして、昇星しょうせいさえもが皆、不安にられる。

 それは、緋眼の力の継承が理由であった。

 緋眼の未来視さきみの力は、次代の緋眼が生まれると同時に先代から継承される。

 つまり、次代の緋眼が成長し、理解し、未来視さきみが出来るようになるおよそ七年もの間、彼らは緋眼の加護を受けられなくなるのだ。

 それは、彼ら一族にとって、力の源である両眼を失うことと同意だった。

 皆の表情が曇る中、彼女は凛とした声で言う。

「皆も知っている通り……次代の緋眼が生まれると同時に、わたくし未来視さきみが出来なくなります。次代の緋眼が成長するまでの間……特に、今は……不安や恐怖があるかと思います。ですが、あなた方にはきっと、何が起きても乗り越えられる強さがあると……わたくしは、信じています」

 彼女の言葉が、六人の心に響く。

 窓から穏やかに降り注ぐ光が、彼女の美しい金色の髪を、より一層輝かせ、その光は、彼女自身をも輝かせる。

 それはまるで、黄金きん陽光ひかり

 影を使役し、闇と呼ばれ……他者から恐れられる彼ら一族が、求めてやまない太陽だった。

「緋眼さま……」

 族長の皇劉おうりゅうが、ぽつりと呟いた。

 その言葉に、時間が止まってしまったかのように感じていた皆が、自分を取り戻す。

 緋眼は、もう一度皆の顔を見回して笑顔を見せた。

「私は、次代の緋眼の教育と、緋眼の護り手を決めた後、歴代の緋眼が眠る水晶宮へ移ります…皆、今までありがとう……」

 そう言い、優しく微笑む彼女は、とても清々しく、美しい表情をしていた。






 *******





昇星しょうせい、少し……いいかしら?」

 皆が退室する中、緋眼に呼び止められた昇星は少しぎこちない笑顔を見せる。

 最後の一人が部屋から出ていき、扉が静かに閉まった。

「何だ?ばーさん」

 少し緊張しているかのような様子の昇星を見て、緋眼は微笑み、言った。

「昇星、今まで……護ってくれてありがとう」

「………ありがとうなんて、言うなよ」

 昇星は、ふいと顔を背ける。

「私が、あなたを護り手に指名してから…十五年経ったのね。貴方は幼い頃からまったく変わらない。いつも明るくて、無邪気で……ふふ……」

 彼女は、昔を思い出したかのように笑みをこぼした。

「な、何だよ」

 緋眼の笑みの原因を知ってか知らずか、彼は、自身の顔に血液が集まってくるのを感じる。

「……貴方、護り手になる前からも、なってからも……私を『ばーさん』って呼ぶんですもの……それが可笑しくって」

「可笑しいって……ばーさんは、ばーさんだろ…」

 顔をほんのり赤らめながら、昇星はぶつぶつと言う。

「そんな貴方だから、皆、貴方の元に集うのね……。でも……」

 彼女はほんの一瞬、悲しそうな表情を見せた。

「……貴方は、本当は……ユキヤ達と共に外界に行きたかったのでしょう?」

 突然の緋眼の言葉に、昇星は動揺を見せる。

「……そんなこと、ない」

 ぽつりと言った昇星の言葉に、緋眼はかぶりを振った。

「いいのよ、本当の事を言っても。……それでも、貴方の気持ちをわかっていてもなお、私には貴方を外界に行かせることは出来なかった。だから、護り手として、ここに留めてしまった」

「ばーさん……」

未来視さきみでわかっていても……どんな未来になろうとも、私はそれぞれの判断に、自分自身の未来は自分で決めるようにして貰いたかった…いえ、そうしてきたわ、貴方の事以外は」

 そう言って、緋眼の瞳が悲しそうに揺らめく。

「貴方が外界に行ってしまった後の世界は……哀しみと、絶望に満ちていた。……皇劉おうりゅうや、紫陽しよう、そしてイリスの哀しみは……計り知れないものだったの……。だから、私は……貴方の気持ちをわかっていながらも……知らない振りをして、私の護り手として、ここに留めたの」

 彼女は、真っ直ぐに昇星を見つめ言う。

「今まで、貴方を役目に縛り付けてしまって……ごめ……」


「いいんだ、ばーさん」


 昇星は、緋眼の言葉を優しく遮った。

「俺の方こそ、すまなかった。……護るつもりが、護られてたなんてな……」

 そう言う昇星はとても優しい瞳をしている。

「ばーさんのお陰で、俺は大事な存在……イリスや、悠星ゆうせいや、一族の皆と…人間ひととして過ごす事が出来たんだな……」

 そんな昇星の言葉に、緋眼の瞳に輝く雫が現れた。

「昇星…これからは、貴方の思う通りに生きて」

 緋眼はそう言い、澄んだ瞳で微笑む。

 昇星は、そんな緋眼の言葉を受けとめ、彼女に少し近づき深く頭を下げた。

「ありがとう、ございました」

 昇星は、今までの思いを、感謝のすべてを言葉に込める。

 彼女の色褪せない緋色の瞳は美しく煌めき、昇星の言葉を、彼の気持ちを、優しく受けとめたのだった。



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