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ふたり

 蒼炎そうえんと、紅輪こうりんが生まれた日から四年の月日が流れた。

 乳飲み子だった二人は、やがて成長し、自我を形成する。

 蒼炎は、快活な子どもだった。

 煌めく銀髪に、他の誰よりも鮮やかな真紅の両眼。

 身体も丈夫で、大きな病一つせず、すくすくと育っている。

 常に太陽のように光り輝き、眩しい笑顔を見せる蒼炎。

 彼を取り巻く世界はとても明るく、美しいものだった。

 その一方、弟の紅輪は色素を無くした右目が原因で体内の妖としての血の力を制御することが出来ず、身体は弱く、病がちだった。

 寝台で休んでいることが多かった紅輪は、健康的な肌をしている蒼炎とは違い、青白い肌をしている。

 顔の作りは蒼炎と同じだったが、紅輪は自身の右目が蒼炎と違う事を幼心に気にして、前髪で右目を覆い隠していた。

 そのせいもあるのだろう。

 紅輪は常に自分自身を押さえ、何事にも控えめな、おとなしい子どもだった。

 常に明るく活発な蒼炎を、紅輪はいつも眩しそうに見つめる。

 蒼炎は、外にあまり出られない紅輪の為に花を摘み、今日の出来事を一生懸命に話し、紅輪を楽しませる。

 口には出さなかったが、お互いに思いあっているように見えた。

 昇星とイリスは、息子の悠星と共に、そんな二人を穏やかに見守っていたのだった。





 *******





 森の奥から微かな泣き声が聴こえた。

 イリスは、声の正体を探す。

 程無くして、彼女は声のぬしを見つけ出した。

 太陽の光を反射して輝く水面。

 その美しい湖のほとりに、彼は小さな身体を更に小さくするようにうずくまっている。

紅輪こうりん

 突然名を呼ばれた紅輪は、びくりと身体を震わせ、ゆっくりと振り向いた。

 紅輪の大きな瞳には、沢山の涙が溜まっている。

 紅輪に対して口さがなく言う人たちの存在を、イリスは知っていた。

 イリスも幼い頃、自分の力が他の人よりも劣っている事について陰口を叩かれることはよくあったからだ。

『イリスは、足手まといにしかならない妖しか、影にできない』

 そう言ってくる者たちから、いつも昇星やユキヤが庇ってくれたのだった。

 だから、紅輪の涙の理由は直ぐ理解出来る。

 イリスは、微笑みながら紅輪の隣に座った。

「………………」

「………………」

 二人とも、何も言わなかった。

 木漏れ日が柔らかく二人に注ぎ込み、葉擦れの音が優しく聴こえる。

 紅輪は、すぅっと息を大きく吸い込み、意を決したように口を開いた。

「かかさま、ぼく、……変、なの?」

 風に融けてしまうほどの微かな声だった。

 紅輪は我慢するかのように小さな手を固く握りしめる。

「……何故、そう思うの?」

 優しく微笑むイリスの言葉に、紅輪は困惑した。

「……だって、ぼくの右目、赤くないよ。みんな言ってる。おかしいって」

 ああ、やはり。もう理解できてしまうのだ。

 子どもの口に戸は立てられない。

 それは仕方のないことだった。

 だが、この言葉に、紅輪の幼心はどれだけ傷ついたのか。

 それを思うと、イリスは胸が締め付けられるようだった。

「紅輪、かかさまの影、見たことあったかしら?」

「……ううん、ない」

 ぽつりと言った紅輪の言葉にイリスはにこりと微笑む。

「見せてあげるわ、かかさまの影。……マル、ハル」

 そう言うと、イリスの影が少し揺らめき、彼女の両肩に集まった黒い霧が青い鳥、黄色い鳥に変わった。

「この子たちが、私の影……マルとハルよ」

 イリスが呼んだ名前に答えるように、二羽の鳥は紅輪の周りを飛び回る。

「わぁ……かわいいね、かかさまの影」

 嬉しそうに言う紅輪に、イリスは答えた。

「ありがとう、紅輪……。でもね、この子たちには何も出来ないの。……戦うことも、護ることも。何も出来ない……人の形にもなれない。ただ、可愛らしく飛びまわり、さえずるだけ……」

「え……」


 紅輪が驚くのも無理はなかった。

 影の役目は戦うこと、あるいは護ること。

 そういった力を持たない妖を影にすることなど意味はないのだ。

 それ故、彼らはより強い妖を影とするべく、鍛練する。

 力が弱く、影使いとしていられない者は役立たずと蔑まれていた。

「かかさまの瞳、皆より色が薄いのがわかるかしら?……かかさまはね、影使いとしての力が弱くて、この子たちしか影に出来なかったの……役立たずだって、よく言われたわ」

「かかさまが……?」

 悲しそうに呟く紅輪に、イリスは微笑んで頷く。

「ととさまと、……大切なお友だちはいつも庇ってくれたのだけれど……何も出来ない自分が、辛くて、悲しかった……私には、何も出来ないって……いつも泣いていたの」

 昔を思い出しているのか、イリスは少し愁い顔に変わる。

 そんな彼女の様子を見て、紅輪は更に瞳を潤ませた。

「ある時ね、子どもたちが次々に病にかかって…」緋眼ひめさま以外の大人たちも皆、病にかかったことがあったの。病にかからなかったのは、緋眼さまと、かかさまだけだった……皆が倒れていくのが、恐ろしくて、怖くて……。でも、その時、緋眼さまに言われたわ。……『自分がやるべき事をなさい』って……。緋眼さまは、私が薬草の勉強をしてたのをご存じだったのね……。……私は、必死に頑張った。皆の回復を心から祈ったわ…そして、皆の病が良くなったの」

 真剣にイリスの言葉を理解しようとする紅輪の頭を優しく撫で、彼女は再び言葉を紡いだ。

「私は、このままでいいんだって……この時やっとわかったの。今の自分に出来ることを、やればいいんだって……だからね、紅輪」

 イリスは柔らかな両手で紅輪の頬を優しく包み、言う。

「あなたは、あなたのままでいいのよ」

 紅輪の大きな瞳から、一粒の雫がこぼれた。

「うん、かかさま……」

 そっと、遠慮がちに抱きつく紅輪をイリスは優しく包み込むように抱き締めたのだった。





 *******





「……と、いうことがあったの」

 夜、子どもたちが寝静まった後にイリスは昇星に今日起きた事を話していた。

「そうか、そんなことが……」

 昇星は、悲しそうに言う。

「ありがとう、イリス……お前がいてくれて良かった」

 そう言って優しくイリスを抱き締めた昇星は、ふと気がついたように言った。

「そういえば、何故あの時イリスだけが無事だったんだ?ばーさんは病にかからないからわかるが……」

 そう、不思議そうに聞く昇星に、イリスは微笑み、言う。

「それはきっと、色々な薬草を自分に試していたからだと思うわ。……いわゆる、実験、ね」

 そんなイリスの言葉に、昇星は顔をひきつらせる。

「い、今はもう、そんな事はしてないよな……?」

 そう言う昇星に、イリスは笑顔のままだ。

「イ、イリス……?」

 昇星の呼び掛けに、くるりと背を向けるイリス。

「さ、明日も早いわ!もう寝ましょ」

「イリス~~~~~!!」

 スタスタと寝室に向かうイリスの背中を、昇星の情けない声が追いかけていったのだった……。




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