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始まりの夜

 この世界には、様々な種族が存在している。

 高い身体能力を持つ獣人族。

 高度な文明で天空に住まうユグドラシルの民。

 本能のみに従い、理性を持たない妖魔。

 そして、月明かりに輝く銀色の髪と、鮮やかな緋色の瞳をした一族が、人里離れた森の奥深くでひっそりと暮らしていた。

 彼らはあやかしを従え、自分の手足の様に使役することができる能力ちからを持っている。

 瞳の力で総てを魅了し、操る事が出来る彼ら一族を、人々は畏怖と畏敬の念を持って、こう呼んだ。

 ――――――『闇の一族』と。





 紅く、大きな月が照らす夜だった。

 薄暗い部屋の中で、彼女は小刻みに震える手をゆっくりと上げる。

「赤ん坊は、元気か……?」

 大きな泣き声が、部屋を満たしていた。

 侍女は、彼女の言葉に少しの戸惑いを見せたが、やがて決心したように口を開く。

「ユキヤ様、どうか、お心を静めてお聞き下さいませ……」

「………?」

 未だ整わない息の中で、ユキヤと呼ばれた彼女は軽く結わえた銀糸の様な髪をさらりと揺らした。

「お一人は、とてもお元気でいらっしゃいます……ですが、もうお一人は……」

 其処まで言うと、侍女は口をつぐむ。


「―――双子、なのか」


 ユキヤの顔に、不安の色が表れる。

 それは、無理のない事であった。

 彼ら一族にとって、双子は凶兆。

 双子は、彼ら自身の持つ力が余りにも強大であるが為、争いが起こり一族を滅ぼすと、古くから一族に伝えられてきたからである。


 ユキヤは、力の入らない両腕で上半身を起こし、たった今誕生したばかりの二人の赤子を見た。

 先に産まれた兄は、真っ赤な顔をさせ、元気に泣いている。

 髪は一族の特徴である銀色をして、瞳の色は他の誰よりも鮮やかな赤い色をしていた。



 彼ら一族の力は、瞳の力。

 瞳の色は強さを表している。


(この子は、きっととてつもない力を秘めている)


 ユキヤは、そう確信していた。


 一方、兄とは違い、今にもその命のともしびを消してしまいそうな程に弱々しく泣く弟は、兄と同じ美しい銀色の髪と、鮮やかな赤い瞳をしている。

 ただし、それは片目だけであった。

 右の目からは赤い色素は消え失せ、まるで硝子玉の様に無機質だった。

 そして、色素だけではなく、力も全く感じとる事は出来ない。


(これではきっと、争いも起きないだろう)


 ユキヤは、小さく安堵の息を漏らし、控えていた侍女に言う。


「二人を、緋眼ひめさまの元へ」


 侍女は、驚くように瞳を大きく開いたが、やがて深く一礼して部屋を後にする。

 一人残されたユキヤは、大きな窓から見える月を見て呟いた。


「どうか、二人の元に光が差すよう……」


 双子を生んでしまった今、ユキヤの子供、双子の命運は、一族を統治する族長や長老達―――。

 そして、緋眼ひめと呼ばれる女性に委ねられた事は解っていた。

 母親として自分に出来ることは何も無いのだと言うことも。

 だが、ユキヤはそう祈り、願うことを辞められなかった。


 大きく、赤い月の光が妖しく部屋を照らす。

 ユキヤは、いつまでも幼い子らを思い、祈りを捧げていた。





*******





緋眼ひめさま、お子をお連れ致しました」


 ユキヤの元から預かった双子の赤ん坊を緋眼ひめと呼ばれた老女の所まで連れてきた侍女は、深く頭を下げる。

 真っ白い布でくるまれた双子の赤ん坊は、先程とは違い、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

 緋眼と呼ばれた老女は、年を重ねても色褪せる事の無い、黄金色きんいろに輝く豊かな長い髪を柔らかく揺らし、呟く。


「やはり、双子……」


 少しの溜め息が混じったその言葉は、誰に受け止められることもなく、部屋に虚しく響いた。


 緋眼は、双子の頭を優しく撫で言う。

「兄を蒼炎そうえん、弟を紅輪こうりんと名付けます。―――族長や、皆にその様に伝えるよう」


 その言葉を受け止めた侍女は、深く一礼し、双子を連れて部屋を後にした。

 侍女の足音が次第に小さくなり消えると、緋眼ひめは呟く。


「今日程に、未来視さきみが外れたら良かったのにと思った事は無いわね……」


 そう言うと、大きく開け放っていた窓の方から声が聞こえた。


「今のが、未来視さきみの……か?」


 ゆっくりと緋眼が振り返ると、窓の外には男が浮かんでいた。

 その男は、月明かりを背にしてふわりと窓辺に近付く。


 緋眼ひめは、男の言葉に一つ頷いた。

「あの子達には、辛く、悲しい思いをさせてしまうわね……」

 緋眼ひめの真紅の瞳が、悲しげに揺れる。

 男は、緋眼の頬に手を伸ばし親指で撫でながら、優しい瞳で言った。

「お前には、そんな顔は似合わねえよ。……いつものように、能天気に笑ってろ」

 そう言うと、男は少しからかうように笑う。


 優しく撫でる指に、そっと手を添えて、緋眼は微笑む。

「兄さま………」

 そう、彼を呼ぶ緋眼の言葉に、男は少しだけ照れたように笑う。

「まだ……『兄さま』と……呼んでくれるんだな」

 緋眼ひめは、くすりと笑い、言葉を紡いだ。

「兄さまは、いつまでも………例え、姿が変わってしまっても……私の大切な兄さまよ」


 ふわりと少女の様に微笑む緋眼ひめの艶やかな唇を、風が優しくかすめていく。

 触れていた温かな掌はいつの間にか離れ、男は再び月明かりを背にして緋眼を見つめた。


「約束は、必ず守る」


 そう言葉を残して、男は黒い霧へと姿を変え、やがて消えた。


 月を見つめる緋眼の瞳には、雫が現れ月明かりにきらりと美しく輝く。


「―――ごめんなさい……」


 受けとめる相手も居ないまま、緋眼は呟いた。

 溢れだした雫が頬を濡らすと、優しい風が雫を乾かすように頬を撫でてゆく。


 月を見上げ、彼女は祈る。


(この先、どれだけ辛く、悲しい未来が待っていようともー―ー)


 どうか、どうか。


 幸せと思える瞬間ときが、あなたに訪れますように―――。


 彼女はそう願い、赤い月に祈りを捧げたのだった。



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