第7話 天然天使の感謝
いつもの放課後がやってきた。
今日は恵先輩とのどか先輩は、生徒会の会議に図書委員長とその付き添いで出かけている。
となると当然、静先輩と2人きりになる。
今日は図書の先生から、”生徒から本棚の上から埃が落ちて来るという苦情が寄せれてる”と言う事を聞いたので、臨時で本棚の上の掃除をしている所だ。
別に今日でなくて良かったけど、静先輩の"早めにやった方が良い"と言う意見で決定した。
それで脚立に乗って、本棚の上を化学モップで掃くのだけど。
問題は誰が乗るのかだ。
体重や力の関係で、華奢とは言っても、男の僕が下で支えるのは当然だけど。
けど、上に乗る、静先輩の格好が問題だ。
先輩の服装は、別に奇をてらったデザインでない、ごく普通のセーラー服だけど、問題はそのスカートの長さ。
別に、ミニスカートとか言う訳でもないが、結構短かったりする。
その長さで脚立の上に乗れば、位置によっては、間違いなく中が見える。
しかも、運が悪い事に、今日は体育の授業が無かった日で、当然、体操服を持って来ていないので、体操服と言う逃げ道が無くなった。
だから、別の日が良い様な気がするが、先輩の”上を見なければ良い”と言う意見で強行した。
そう言う訳で、「上を見ちゃダメ」と言う厳命の元に、作業を行う事になった。
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「・・・あっちゃん、上を見ちゃダメよ」
と何回、このセリフを聞いたのやら。
そう言う位なら、別の日にした方が良かったのに。
先輩って、意外に融通が聞かない所があるから、一度決めた事はナカナカ変えたがらないみたいだ。
ちなみに、僕の事を最近ようやく”あっちゃん”と呼ぶようになった。
最初は「秋人君」と言っていたが、他の2人に「あっちゃん」と呼ぶように矯正させられた結果だけども。
それでも、まだ完全には、打ち解け切れずにいた。
「あっちゃん、見ちゃダメ!」
僕が少しでも動くと、上から注意してくるから、脚立を支えている時は固まっていなければならない。
けれども、脚立の上がユラユラと揺れて危ない。
先輩は運動神経が無いらしく、当然、平衡感覚も無いようだ。
上がユラユラ揺れて、突然、ガタッと音がして上を見ようとするが、
その途端、「見ちゃダメ!」となるので我慢せざるを得ない。
そうやって、脚立の下で必死で動かない様に固まっていた。
・・・すると突然。
「きゃあーーーー!」
脚立が大きく傾き出した。
僕は、落下する先輩を受け止めようと踏み出した。
倒れていく脚立、その上で身を縮める先輩。
空中で先輩をキャッチした。
地面に激突する前に、先輩が上になるように回転した。
「ガッシャアーーーーーン」
けたたましい音を立てて、脚立が倒れた。
僕は地面に叩きつけられたが、先輩は?
「っっっ、先輩、大丈夫ですか?」
「んんん〜、大丈夫よ」
「ふう、良かった〜」
僕の上になったおかげで、怪我は無いようだ。
よかった、取りあえず先輩が無事で。
起き上がろうと手を床に着いた瞬間。
「イテテ」
「ちょっと、あーちゃん、どうしたの!」
どうやら、先輩を受け止めた時に右手首を捻ったようだ。
「いや、チョット、ぶつけただけですよ」
先輩を不安がらせないために、何でも無いように言ったけど。
先輩は何かを察した様で、僕の右手を取って、眼鏡が外れた顔に近づけた。
「チョットじゃないわ!こんなに腫れているじゃない」
と先輩は、強い口調で言った。
そして、僕の右手を両手で握ると。
「ごめんね、ごめんね、私の為にこんな事になるなんて・・・」
と言いながら、ぽろぽろ泣き出した。
「別に、先輩のせいじゃないですよ」
僕は言うけど。
「ううん、別に、今日無理にする必要も無いのに、私が無理を言うから・・・」
先輩は自分を責めた。
「でも、あーちゃんが助けてくれて、本当に嬉しかった・・・」
先輩は僕の右手を両手で持って、ひたすら僕の右手に頬ずりした。
「本当に、ありがとう・・・」
そして、先輩は泣きながら、僕に感謝の言葉を繰り返した。
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あれから、静先輩は変わった。
前の様な、余所余所しい部分が無くなり、女の子と同じように普通に会話したり、冗談も言う様になった。
けど、他の男子には近寄ろうとしない所を見ると、僕だけの様である。
しかし、事あるごとに僕の手を両手で握ったり、やたらに密着する様にもなった。
・・・でも、以前までの関係の事を考えると、これでも良いかなとも思う。