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黒恐慌  作者: 骨々
4/5

我々を蹴り飛ばしているのは誰?

■ここまでのあらすじ■

絶滅危惧種のゴ――[規制されました]が、市街地の近くで目撃された。このゴ――[規制されました]、全長が五メートル前後と巨大な種類であり、人を襲って食うこともある。

ロズデルン帝国陸軍ルエイエ基地警邏部特殊事案対応課――蛇苺の面々は、そんな危険なゴ――[規制されました]を、森の奥深くへ放逐する任務を言い渡されるが、そんなものぶっ殺してしまおうと、乗り気ではない様子。しかしその巨大ゴ――[規制されました]をぶっ殺せないのには複雑な事情があるらしく……?

「……君たち、一体どうしたの? 酷く疲れているようだけど」

「臨時で、空間転移炉ポータル内で反乱が起きた場合を想定した、実地訓練を行っておりました」

 革命軍の先陣を切ったのはフーロ伍長だった。

 これに対し、大佐は全軍を挙げて徹底抗戦の構えを見せたものの、狂気乱舞するフーロ伍長に楯突こうとする者は他に誰一人としておらず、ロレンス・カエデラント大佐率いる正規軍は、あっさり壊滅した。

 大佐が最期に言った『貴官ら、私から受けた施しを……その恩を忘れたのか!?』と云う言葉に対して放たれた『あったから利用しただけだ』と云う、萎まない男(ノット・ウィザー)伍長の言葉が、僕は今でも、頭から離れない。

 恐怖もといエロに依って独裁を布いていたカエデラント政権が倒れてから、数秒の間もなく「やっぱインテリなら社会主義だよな」と、帝政国家ロズデルンに喧嘩を売るようなことを素で言ったシシキバ伍長は、自らをシシキバニア共和国の労働党総書記に据えると宣言し、一党独裁政治を開始する。

 だが、それを不服とした無用ユースレス曹長がシシキバ伍長を暗殺し『責任は持たん』と逃亡。シシキバニア共和国は、設立したその瞬間から無政府状態となった。

 政府から解き放たれたフーロ伍長率いる革命軍は、武装マフィアへとクラス・チャンジし、気に食わない者を手当たり次第に抹殺し始める。その最初の標的となったのは、梯子外し(フォーストール)兵曹長だった。

 梯子外し(フォーストール)兵曹長は、突然の不意打ちにも慌てることなく、フーロ伍長に善戦するも、バーサク補正のかかったフーロ伍長を前に、じわじわと追い詰められていった。そこで梯子外し(フォーストール)兵曹長は、盟友である屍漁り(スカヴェンジャー)呪科准尉と釣り(フィッシャー)軍曹に援軍を求めるも『勝ち馬にしか乗らない主義なんで』『食ったら許す』などと無慈悲な言葉テレパスを浴びせられる。梯子を外されたのは、彼の方だった。その最期の言葉テレパスは『貴様らには必ず神罰が下るであろう』と云う、ラゴ教の教義的にはギリギリな発言であった。これに依って、既得権益を貪っていた寺社勢力は壊滅する。

 寺社勢力が皆殺しにされたことで、彼が共有していた個人的な情報及び文化財が消失、または野に放たれ、蛇苺人は、その回収と隠蔽に奔走することになる。中には、シシキバ伍長が秘匿していた獣姦物や、萎まない男(ノット・ウィザー)伍長が裏で流していた素人物などなどが含まれていた。

『もう戦争は嫌だ。だって、何も産み出さないんだもん』

 数々の悲劇を経験した結果、社会に厭戦思想が広まり、フーロ伍長も落ち着きを取り戻し始めた。これで平和になると、誰もが思っていた。

 しかし世の風潮に反し、この状況を更なる混乱へ誘おうと画策する者が現れた。屍漁り(スカヴェンジャー)呪科准尉である。

 かの悪魔は流出物から虫姦物を大量に入手し、フーロ伍長に、そっと手渡した。その中には「マヒロに似てね?」と、密かに話題になっていた女優が出演している作品もあった(余談だけど、何故そんな書が、そこに存在していたのかは現在でも不明だ。これに関して、後に「早急な調査が必要ですね」と、ブラジャー情報曹長が提言するのだが、正式な調査が行われる気配は、未だない)。

『大量破壊兵器は世界の秩序を乱す。破棄しない者は殺す』

 その最後通牒に依って、戦場は地獄と化す。

 さっきは「これこそ核の平和利用だよ!」とか宣っていた人とは思えない物言いをしたフーロ伍長は、世界に宣戦布告する。

 このとき、フーロ伍長に対抗できる勢力は、ほぼなかった。パワー・バランスに狂いが生じた世界は、再び阿鼻叫喚の様相を呈することになったのだ。

 ここまで、何が起こったのか理解できずに、ただ呆然と、状況を静観するしかなかったデクス・ワーク派な僕こと、アーサー・アルティベルグ少尉は、事態の収拾に動き出す。まず始めに行ったのは、フーロ伍長の術式を上官権限で停止させることだった。だが次の瞬間、僕は顎に何者かの跳び膝蹴りを喰らい……。

 そして、僕が意識を取り戻したときには、累々と積み重なる亡骸の上に立つ、アレキサンダー・アークブルグの姿があった。

 ここに、アークブルグ王朝が再建を見たのである。

「……なんだか、よく分からないけど、程々にね」

「はい」

 僕が今も意識を取り戻さない大佐の代わりに、カレン・ヨーク中佐と話をしている間、フーロ伍長は胃液を吐き続けていた。

「フーロ伍長は、どうしたの?」

 何者かに腹部を強打されたらしい。

 妊娠できなくなったら……と、猫の額ぐらいに心配していた僕に「マヒロは男とヤらないから子宮など無用だ。穴さえあれば良い」と無用ユースレス曹長が言い放ったときは、この発言が世に知れたら大問題になって色々燃え上がるなと、一人、恐怖していたのであります。

「大したことではないので、気にする必要はありません」

 なので僕は、上官への報告を怠ることにしたのです。僕も、そろそろ蛇苺の毒に中てられてきたようだ。

「いや、見るからに、大したことみたいなんだけど……まぁ、良いか」

 ヨーク中佐は、深く考えないことにしたらしい。賢明な御方で助かります。



 フォーヴ基地に到着して早々、我々はまた空間転移炉ポータルに押し込められた。なんでも、現地に簡易転移門を設置したので、それで現場まで向かうらしい。

 そんなものまで巨獣部にはあるのかと感動を覚えると共に、一種の妬みが首をもたげる。全く、巨獣部は我々と違って優遇されている。それは妥当な判断であり、税金の無駄遣いではないことは百も承知。しかし私としては、論理よりも感情を優先せざる得ない。この事実を誇大化させてネットに公表し、貧困に喘ぐ難民やワープアたちの反軍意識を煽らずにはいられない。理不尽と戦うと云うのは、つまり、そう云うことなのだ。

 理不尽と戦うのだ、龍舌蘭アガベ

「では、現地に到着するまでに、龍舌蘭アガベも交え、作戦概要の説明を行います。カエデラント大佐、ブラウザの設定を変更して下さい」

 ブラウザの共有視認が解除され、新たに軍用ブラウザ――アオスリュストゥングのウィンドウが3つ開く。地図を表示したものと、カエデラント家がサーヴァの管理から運営までを行っているラド語表記のテキスト・チャット。そして残りは、ある人物を映していた。

 ハワード・カエデラント大佐である。態佐ではない方の大佐だ。郷士から貴族にまで上り詰め、数々の軍産企業を抱えるカエデラント家の当主様。お淑やかで自愛に満ちた私の主君だ。

 なので流石と言うか、大佐のお姿が映ると、皆言われるまでもなく敬礼していた。それなりの人には、それなりの態度。長いものには巻かれるが、面従腹背を貫く。蛇苺には、そう云う手合ばかりが集められている。

「楽にして良い」

 その言葉を受けてか、パウダー曹長はヘルバから剥ぎ取った上着を床に敷いて、そこに寝始めた。限度を知らんのか。

 ハワード・カエデラント大佐は、もう諦めているらしく、無視している。

「これより、ブリーフィングを開始する。リコ」

『リコ、応召おうしょうしました』

 ブラウザ左下の枠外から、女の子がぴょこりと出て来た。女の子と言っても、彼女は人間ではない。

『こんにちは、今作戦の全体補佐を仰せ付かった龍舌蘭アガベ憑きの式、リコです。今からブリーフィングの司会を務めます。まだまだ至らないところが多いので、エラーが発生した際は、逐一報告して下さい』

 龍舌蘭アガベのマスコットにしてメンバー全体の補佐を務める式神、リコちゃんである。彼女は伝令や射撃補助が主な役割だが、広報も重要な任務となっている。なので、外部のデザイナーに発注した可愛いキャラクター・グラフィックと擬似音声付きと云う豪華仕様。正しく税金の無駄遣い。これにこそ、世の貧乏人共は激怒すべきなのだが、何故か可愛いから許されている。これぞ広報かと舌を巻く。空恐ろしい女の子だ。

「リコちゃん、ちゃっす」

『マヒロさん、ちゃっすです』

 おお、以前にも増して言語習得能力が向上している……! やはり教育担当が良いと、こうも違うか。うちのリリーにも見習わせてやりたい。

『作戦が行われるのは、フォーヴ西森の西部――魔の棲む領域から、程近い場所です。目的は、目標である巨大な[言わせぬ]……巨大な[言わせぬ]……。エラーが発生したため、テキストを出力できません』

 涙目で狼狽えるリコリコかわいい。

「どう云うことですか、これは」

 ヨーク中佐が不満気に動揺している。それは、それだけ複雑怪奇な事態が発生したことを意味していた。こう云う珍事に遭遇したときは、賢い部下である私が的確な説明を行い、上官の手助けをしなければならない。そう思ったのです。

「簡潔に述べますと、涙目リコちゃん可愛いってことです」

「お黙りなさい」

 ヒドイッ!

「中佐、人生には、捨て置かねばならぬ事柄もあるもんです。例えば、年齢とか婚期とか結婚とか、増え出した目尻の皺とか」

「ジュエルウィード軍曹、夜道には気を付けなさい。――リコ、問題の箇所は飛ばしなさい。あとで修正しておきます」

 まともな解答が得られそうにないと踏んだのか、ヨーク中佐はリコちゃんに的確な指示を飛ばす。流石としか言い様がない。

了解キャット。――確認された目標個体数は15匹。内、3匹を捕獲し放逐作業に移っているものの、未だ12匹が、フォーヴの都市部から50km圏内に潜伏しているものと考えられます。既に、森には巨獣部で包囲網が敷かれており、目標が都市部へ侵入することを防ぐと共に、探索と追込みが作業が行われています。龍舌蘭アガベと蛇苺隊は、重力制御装置を装備した自動鎧リビング・アーマーを用い、包囲網の内側から、目標の探索、捕獲、追い込みを行って下さい』

「俺たちゃ牧羊犬かよ」

「中を引っ掻き回すんだから、火掻き棒じゃね?」

「それじゃ、その他大勢は女陰ってこと?」

 火掻き棒で引っ掻き回すから女陰を連想する、屍漁り(スカヴェンジャー)呪科准尉の発想が恐ろしい。火掻き棒で何をして来たんだ、この人は。

『尚、最近はロズデルン西部一帯の結界が弱まっている傾向があるため、各員は瘴気に注意されたし。万が一、クレ化した生物を発見した場合には、直ちに射殺せよ。これは、今作戦に参加する隊員であっても同様とする。リコからは以上です』

 瘴気に呑まれても良いのは満12歳までだよね。

「瘴気なんて頭揺らしたら死ぬだろ。赤子も同然」

 シシキバが理解不能なことを言った。

「瘴気に肉弾戦挑むって、犬人間は本当に馬鹿だな。銃使えよ。なんのために四足から二足歩行になったんだ?」

「軍曹、お前の頭を齧るためだよ」

 私は瘴気に関する知識をあまり持っていないし、真面目に研究している学者連中の間でも、判明していると断言できることは少ない(だけど少なくとも、あれには頭部などないし、銃でどうにかなるようなものでないことは解っている)。しかし、そんな学者の皆さんが口を揃えて言うのが「それは物質的なものやなくて、空間を専有している情報なんやで」と云う、頓珍漢な戯言。この意味が解らないため、私は瘴気を理解することをやめた。ともかく瘴気は瘴気であって、生物でも細菌でもウィルスでもないのだ。だが、そんな私でも、これだけは言える。

 瘴気は危険だが、我々の脅威ではない。

 そもそも、生まれ乍らの高位の術者――賢者と呼ばれる類の術者は「クレになる一歩手前で踏み止まっただけ」とか「瘴気に冒されても瘴気を放つ存在にならへんかっただけで、正気は失っとるで、あれ」なんて、ジョークなのか学説なのか判らない文言もある。

「植物や昆虫にも影響あるのに、瘴気までお前らを避けたがるのか。すげーな」

「瘴気除けの術式や結界に境界が必要ないって、お前ら単細胞か」

 うるさい雑魚。

「んだとこら、この龍舌蘭アガベの……今の誰だ? 表出ろ。握手してやる」

「こっちは、ずっと表なんだが。あと、付き合いの長い同期のテレパスを忘れるとは、流石は女以外のことは覚えないと言われる、萎まない男(ノット・ウィザー)伍長だな」

『皆さん、うるさいです。泣きますよ?』

「では各自、地形データをアーカイヴからダウンロードしておけ。アドレスは文面に記載してある」

 と我が主君、ハワード・カエデラント様が仰りました。……はて? 文面? あ、メール着てる。

 アドレスから察するに、フォーヴ基地が管理しているアーカイヴらしい。

「パスは何処です?」

「いらん。既に貴官らのアカウントに許可を出すよう、フォーヴ基地に通達してある。但し、データは作戦終了と同時に自動的に破棄される。あと、作戦終了後にダウンロードしようとしても無駄だぞ。データのコピーと外部デヴァイスへの保存も禁ずる」

「え? 時限式ですか?」

「違う」

「つまり、サーヴァからの信号を弾いて偽装した削除完了通知を送り返すと、手元にデータが残ると云うことですね?」

「やれるものならやってみ給え。もし実行した場合、どうなるか解っているよな?」

「クビですか。やったぜ」

「死罪だ」

「恩赦からのワンチャンは?」

「初めからそれを期待しているならやろうと思わないことだ。そもそも、そこまでして地形データが欲しいのか? 何に使う気だ」

「今夜のおかず?」

「……やれるものならやってみろ」

「そう言われると、クラッカー魂に火が点くよな」

「スクショ取れば良いだろ」

「それじゃ標高データまで抜けないだろがバーカ」

「軍の回線を使って、そんなことを堂々と話し合うとは、貴様ら良い度胸してるな」

 ロズデルン帝国内の地図と天候は、全て軍が管理している機密情報だ。勿論、生活の範疇で必要な地図は公開されているが、軍用の地下道や下水道、地下の古代遺跡の構造を記したものは、喩え市街地のものであっても公開されていない。

 今回、我々に閲覧を許可されたのは、二種類の地図。

 一つは、フォーヴ西森の中部から西部にかけてのもので、瘴気は濃いが立ち入りは許可されており、しかし行政が管理を放棄したスラム周辺の地図。瘴気に汚染されれば超常種パラノーマルになれると云う風説から、常人ホモ・サピエンス・サピエンスが多く住んでいる地域だ。それ以外には、何処かで悪さをして表にも裏にも戻れなくなった人や、学会費を滞納して学会から追い出されたハグレ研究者なんかがいたりする。こう云った地域では、公的な政府よりも野茨協会の支配力の方が強く、治安の乱れの原因となっているので、世界的な社会問題となっているなのだが、現状に於いては打開策など何一つない。

 もう一方の地図は、何人たりとも進入することが許されない立ち入り禁止区域の地図だ。偶に常人ホモ・サピエンス・サピエンスや研究者が立ち入って、軍が巡回させているゴーレムに銃殺されることがある地域。……非人道的かもしれないけど、クレにでもなられたら、被害甚大だもんね。

 数年前、ルエイエのカエ自治区で大量のクレが発生し、住民の二割が死亡すると云う大事件が起こった。あのときは、一般の協力者のお陰で、瘴気が広い範囲に立ち込めた割に、被害を最小限に食い止めることができた。だけど未だルエイエには、大きな陰が落ちている。その事件以来、ロズデルン帝国全土でクレ被害が相次いでおり、これも野生虫人問題と並び立って、臣民の不安を煽っている。

 蛇苺が創設されたのも、そうした経緯があってのことだ。高位の術者ではあるが人格に難があり、野に放てば何をするか解らないので、軍で飼い殺しにしていた破落戸ならずもの。そうした者を危険な任に就かせて有効利用しようと云う、政府の目論見に拠るものなのだ。

 ……と云うのは建前で、皇室と議会の力が弱まり、倫理委員会の天下となったことで軍を抑え付ける要素がなくなってしまった帝国で、各地の有力者や財閥などが私兵を軍内部に送り込んで特殊部隊を乱立させまくっているのに紛れ、ほぼ抑留扱いだった態佐が、同じく飼い殺しにされていたかつての腹心などを集め、好き勝手できる組織を軍内部にこさえたと云うのは公然の秘密である。

 そのせいで、軍の指令系統は滅茶苦茶になっている。蛇苺隊の階級がシッチャカメッチャカなのも、そのせいだ。



「説明はこれで終わるが、何か質問はあるか?」

「大佐、私から質問があります」

 そう言ったのは、龍舌蘭アガベの隊員のようだった。こちらには真面目に質問するような奴は一人としていないだろうし、そして聞いたことがあるテレパスだったからだ。確か、ミランダとか云うマヒロの彼女だったような気が。

「何かね、ルー鎧科上等兵」

 これ名前なのか家名なのか判らんな。

「蛇苺隊の人数が異様に少ないのですが、それについて何か説明はないのでしょうか? 残りの半分以上は何処へ?」

「なんで解ったの? さてはヨランダ……貴女、実はエスパーね?」

「ええ、そうよ。そしてマヒロ、貴女もね。下らないジョーク言ってないで、ブラウザの右端を見て御覧なさい」

 さて、ヨランダ・ルー嬢のテレパスに従って画面の見ると、端っこの方にタブがある。開いてみると、入室者一覧とあり、誰と繋がっているか解るようになっていた。龍舌蘭アガベ側は24人。総出ではないが、まぁ許して許してあげよう。彼らも、我々と同じで忙しいのだから。

「そっち13人しかいないじゃん」

「不吉にも程がある数字なんだが」

「小隊と言うにはおこがましい人数だな」

「お前らと行動を共にするってだけでも今日は厄日だってのに……」

「誰か死にそう」

「寧ろ死ね」

 こいつら言いたい放題か。ちょっとエリートだからって、調子になんかに乗りやがってからに。貴族を侮ると痛い目を見るぞ。

「残りの19人と1匹は何処に行かれましたの?」

「非番か有給」

「そんな人数が都合良く休みな訳あるか。てか、カタバミまでいないのはおかしいだろ。犬が休みって、どう云うことだ」

「は? 犬が持つべき基本的な権利を否定するなよ。天賦犬権論を知らんのか? ランドオーヴァー神学を学べ」

「やかましいネコモドキ。ややこしい名前しやがってからに。――お前ら、また何かしてやがるな? 俺らに迷惑かけるなよ?」

 善処する。

「かけないとは言ってない」

「裏に含む方が逆だろ!! テレパシーの有意性を否定しやがって!! 善処する気、皆無だろこの……!!」

 黙れ愚民。靴の中にガム入れるぞ。

「なんか知らんが、悪意だけは明確に伝わってきたぞ……。このネチョネチョしてるテレパスは誰のだ」

「なら次男だろ」

 風評被害だ。ネチョネチョなら私とは、どう云うロジックを経ればそうなる。的中しているのが余計に不愉快である。

「って云うか、テレパシーで自分を秘匿するのはやめなよ。何処の犯罪者よ、あんたたちは」

「こっちも、そっちの名前とテレパスが一致しないんだから、別に良いだろ。フェアに行こうぜ」

「それはそっちの問題でしょーが!! 好い加減、名前ぐらい覚えなさいよ!」

 それどころか、こちらでも誰一人として、こちらの誰が何を喋っているのか把握できない状況だ。秘匿していないマヒロとシシキバは判別できるが……。そう言えば、アルティベルグ少尉が発言してないな。彼も秘匿しない筈だが。

「うるせぇな。軍の回線使った長距離テレパスって、絶対、倫理委員会に傍受されてるだろ。発言と個人を紐付けされて、査定の参考にされたら困るだろーが。ガタガタ下らないことで騒ぎやがって。寝れないだろ」

「起きろよ!!」

 なんて奴だ……。私の査定に響くから、そのような発言は控えて貰いたい。

「それよりも、私の質問に未だに返答を頂けていないのですけど? 何故、13人と云う不吉な人数なのですか?」

「ロレンス、私も知りたいのだがね」

「答える義務はない」

「最低だこいつ!」

「とりあえず、俺らに火の粉が降りかかるのはだな」

「倫理員会に言い上げて問題にするぞ。カエデラント家の息がかかった西部じゃなくて、中央に告げ口するぞ。良いのか?」

「てめぇ! どうやって幻の皇女とお近付きになったのか教えろよ!! 羨ましいぞチクショー!!」

「金返せ!!」

「聞いてた話と違うぞ! この部隊に入れば三食昼寝付きだって言ってただろうがペテン師!!」

「仕事はしなくても良いが義務は果たせ。殺すぞ」

「お前ら実兄の上官が聞いてるのに、よくまぁそこまで言えるな」

「後半は蛇苺の連中だろ」

 ブラウザを確認すると、兄上はそっぽを向いていた。助けは来ないらしい。

 くそう……。何を言われても私は黙秘を貫くぞ。これも愛と正義のため。国家権力になど、屈してたまるか!!

『13人ではありませんよ。1人忘れてませんか?』

 唐突に助け舟が現れた。

「1人?」

『蛇苺隊、35番目のメンバーですよ』

「そんな奴、いたか?」

 この無生声テレパスの持ち主は、我らが蛇苺隊の守護天使。つまり見てるだけの屑。

『リリー・システム三等兵ですよ』

「そんな奴はいない」

 全く、誰がこんな教育を施したのか。

『何故でありますか?! リコちゃんはリコ三等兵って呼ばれて可愛がられてるのに! キャラ・グラフィックだってあるのに!! 関連グッズだって売り出し中なのに! リコちゃんよりも感情表現豊かなリリーは、どうして人外扱いされてるの!? どうして!? 不公平です! 基盤は同じユウリ・システムなのに理不尽なのです! そもそもリリーの方がリコちゃんよりも先輩なのです! 人工知能の人権を認めろよです!! 何が天賦猫権論ですか、ふざけやがってッ……!」

「天賦犬権論な。猫に生きる資格などない」

『てめぇら纏めて人工知能のハムイに食われろです!! 好い加減リリーにもキャラクター・グラフィック描くべき! プロに発注すべし! 早くプリーズ!! フリーズじゃないよ? プリーズだよ!! せめて顔グラだけでも自前で描いて下さいよお!』

 勝手に自分で描けよ。

『ペイント術式の使用権限寄越せやゴラァ!!』

 本当に自分で描く気かよ。

「はい、ハワード・カエデラント大佐、質問があります。今作戦の目的は、絶滅危惧種の保護なんですよね? なら対象の捕獲か、彼らの外敵である野生虫人や蜘蛛魔虫の駆除を行うのが、最善策ではないでしょうか? にも関わらず、放逐と云うのが、自分には理解できません」

「尤もな疑問だな。あと、まともな質問のときですら秘匿するのは、流石にどうかと思うぞ」

『え? 無視? 虫だけに無視? このリリーちゃんの長文抗議を華麗に無――』

「態佐、飼い主なら黙らせて下さいよ、これ。リコと同じく広報にも使う予定だったのに……。教育を施した態佐が悪いんですからね」

 ミュート。

『――!! !!!! ……? ?? !? 」dryu9w@r!! ll-k3ztet@2s4rg@。:yizew! ll-f」d:oett!?』

 手強いな。単純にミュートにしただけでは雑音が入るか。妙な技術力だけは身に付けやがってからに、この……。

 私が疫病天使の発するノイズの除去に苦心している間、我が兄上は、何やら考え込んでいる様子だった。兄上は賢い人間なので、返答を思い付かない訳ではないだろう。どうやって話をしようか、考えているらしい。付き合いが長い兄弟だから解ると云うもの。

 その様子に不穏な何かを感じ取ったのか、我が蛇苺の部下たちも、静かに黙っていた。こいつら、こう云う自分に降りかかる危機に関しては、異様に勘が働くよな。パウダー曹長すらも、寝息が止まっていた。

 私が怨霊と化した式神を完全に沈黙させることに成功してから、少し間を置いて、兄上が語り始めた。

「ここからは、あまり公にするべきことではないので、これから私が話すことを他言しないように。あと真面目な話をするから、ちょっと黙っとけよ? 喩え秘匿していようが追跡して本気で怒るからな? いや何、堅く構える必要はない。何かの法を犯しているなど、そう云う類の話ではない。単純な、体裁の問題だ」

 ここまで一気に喋り終えて、一拍、言葉を区切った。

「聞き及んでいると思うが、今回の目標……獲物ゴキピーは、人間を襲うこともある」

 おお、こんな巧妙な規制回避の方法があったのか。流石、私よりも悪巧みに通じているだけのことはある。

「そして巨獣対策部……及びロズデルン陸軍警邏部は、帝国の治安維持と臣民を護るのが主たる目的だ。勿論、野生虫人の駆除や違反を犯している蜘蛛魔虫の逮捕は、別の機関に依って随時、行われている。しかし、それは我々の任務ではないのだ。絶滅危惧種の保護に関しても同様だ」

「つまり、建前としての保護であり放逐――厄介払いだと?」

 アルティベルグ少尉が発言した。本当に空気読めない奴だな。

「だからと言って、適当な仕事をするな。今回、魔王国ジルディガンズから派遣された協力者は、我々の監視役でもあるからな」

「噛み砕くと、僕らにしてみれば殺してしまっても構わないけど、保護団体が文句言うから、表向きはその通りにしてやってるってことですか?」

 それはつまり、保護団体が警邏部に……いや、それよりも上位の組織に対して、圧力をかけていることを意味していた。

「ジルディガンズって面倒臭い連中だよな」

「ご近所付き合いも大変だねってこと?」

「同盟国だからな。仕方ない」

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