示威は不満から発生する
「なお、今作戦は、巨獣部の実働部隊――龍舌蘭との合同作戦になる」
「合同作戦じゃなくて、どうせ、にっちもさっちも行かなくなった龍舌蘭の方から、こっちに応援要請が来たんでしょ。聡明なマヒロちゃんには、そんなことはお見通しなんですよボォケ」
涙目のマヒロが、恨めし気に言った。
巨獣被害対策部。ロズデルン陸軍内に設置されている組織だ。その本部は首都デロアにあり、各地に支部が存在する。規模が最も大きいのは、フォーヴ基地の巨獣部で、数多くの獣人が所属している。フォーヴ巨獣部はルエイエ巨獣部の傘下にあり、ルエイエの巨獣部支部長は、ロレンス・カエデラントの実兄である、ハワード・カエデラント大佐だ。
龍舌蘭は、広域的な活動を行うために創設された、西部巨獣部のエリートに依って構成された組織だ。西部倫理委員会の主導で設立され、蛇苺とは姉妹組織に当たると、態佐は言い張っている。この俺、レオン・シシキバ伍長が、かつて所属していた部隊でもある。
要するに、色々と縁のある関係で、こちらがあちらに迷惑をかけたり、迷惑をかけたり、迷惑をかけたりしている。
「更に、我が蛇苺隊専用に造られた自動鎧――スネーク・キャンディーの使用許可が降りた」
スネーク・キャンディーは、蛇苺隊に配備されている自動鎧の愛称だ。正式名称は、Saf-4hと云う。ルエイエ陸軍警邏部に配備されている自動鎧、Saf-4r(愛称、シュッツァー)の蛇苺仕様で、主に災害やテロ、暴徒の鎮圧、凶悪犯罪への対応を想定して造られている……筈。
カラーリングは公共の平穏には似合わない、ドギツイ赤と吐き気がしそうな緑。シュッツァー同様、小柄であり、腕には油圧式のマニピュレータ。肘には、腕部の馬力を底上げするためのモーターが内蔵されている。
シュッツァーが対人を想定しているため、スネーク・キャンディー元来の最高速度は低いが、その代わりピーキーな仕様になっており、下手に動かすと鎧どころか生身の間接を傷めかねないと云う、その本末転倒ぶりが蛇苺らしいと、嘲笑の的になっている。
足裏にはボール式のタイヤが前後に二つあり、着衣者の任意で出入できるのはシュッツァーと同じだが、サスペンションは固め。他に、足に備えた機構で特徴的なのは、義爪と呼ばれるものだ。これは巨大な足の指のようなもので、これのみによる歩行が可能。この機構は、ロズデルン陸軍機甲部隊に配備されている大型の自動鎧、アルティシャル・シリーズと同様のもの。
バッテリーは肩甲骨の間と背中、尾骨部に三つあり、フル充電で最大二十時間の活動が可能。背中と尾骨のバッテリーは、軍の個人形態用のものと互換性がある。
基本装備は、腰の左右に内臓された中折れ式リボルバーと、両腿に二本づつ格納されている片刃のナイフ。
リボルバーは短身で、使用弾は12.43mm×34B。マガジンは計4つで、それぞれ6発装填できる。シュッツァーがセミオートで、7.62mm×33弾を用いることからも、スネーク・キャンディーの変態さが窺える。銃口はシュッツァーと同じく、やや内側を向いており、これは懐に飛び込んできた相手を迎撃するためだ。
ナイフは刃渡り17cmで、グリップが赤色。フルタングでヒルトはなく、掌とグリップ中央部の接続部で固定して、使用する。
この接続部は火器類等にも使用され、その規格は大陸中央条約機構に準拠している。だが、そのサイズはシュッツァーのものとは異なり、小銃火器ではなく大型火器の運用が可能なものになっており、もはやこれは、浪漫を求めた結果以外の何物でもない。
積まれている射撃統制及び戦闘支援システムは、リリー・システムと云う独自開発もの。これは物理シュミレートに優れ、遠方にいる多数の目標を同時に捕捉することと、それら運動計算に格段の能力を発揮する。しかしその反面、射撃支援機能は皆無で「目標は捉えたから、後は頑張ってねー」と云う勝手な奴で「撃ちっ放し機能ならぬ投げっ放しシステム」と呼ばれ、慕われつつも唾棄されている。その代わり……と言っては難だが、直接的には戦闘とは関係ない筈の機能は充実しており、その中でも周囲警戒システムと、それに関連した搭乗員保護プログラムは「他の追随を許さない出来」と、内外から賞賛され「逃げることには命賭けてる」と、笑われている。
「舗装した道路しか走れないのに長距離移動には向かず、多数の敵を捕捉することに長けているのに対人ミサイルは積んでないから、射撃システムは玄人スナイパーしか使えないのに、運動性高いから白兵戦向き云う糞仕様。マルチロールを間違って解釈した結果がこれだよ」
「笑えるよな、これが他人事なら。相手が自走機関砲なんて代物出して来たら、蜂の巣だぞ。勿論、俺らが」
「元は随伴歩兵のために開発され、更には対戦車兵器にまで発展した自動鎧が、自走砲に劣るってどうよ。それも火力や装甲でじゃないぞ。機動性でだぞ」
「樹海や湿地での活動には、とことん不向きだね。湿地用の義爪に換装したとしても、あれって、あくまで移動できるだけってものだし」
「現在、その樹海や湿地に向かっている訳だが」
「いいいいいいいやあああああああだあああああああああ」
「態佐、黒翅が高射機関砲で武装してたら、どうする気ですか」
「そんなもの、ゴ[規制したよぉ]に使える訳ないだろ馬鹿垂れ」
「そんなこと言って、この前の蚊はアサルト・ライフル振り回しまくってじゃないですか」
「あいつらは特殊だっただけだ」
「今回が特殊ではないと云う補償が何処に?」
「殉職したら二階級特進で、保険も降りるぞ。遺族の心配はしなくてもいい」
「誰もそんな心配してないです」
「遺族がいない人はどうすればいいです?」
「今回のゴ[規制したよ!]は、巨大とは云え、極めて原始的な種なんだぞ? この前の軍人崩れみたいな蚊や、蜂の機甲部隊とは違う」
「蜂の機甲部隊となんか、戦った経験ないんですけど。そうやってフラグ立てるの、やめてもらえます?」
皆、これから相対する敵に対して、並々ならぬ恐怖を抱いているらしい。
そもそも、今回の作戦に当たるメンバーにも、問題があるのだ。
いつもなら、クチーナ姐さんやフォルジュ呪科曹長、ウィズテリア上等兵、地獄渡り《ヘルズ・ホッパー》上等兵などの、古参かつ激戦を切り抜けて来た勇士が、蛇苺隊にもいる筈だが、この四名は態佐からの特命により、今はいない。いや、この四名だけではなく、他のメイン戦闘要員も、態佐の個人的な野望のために不在だ。
それらを除いて、この現状で高い戦闘技量を有するのは、梯子外し兵曹長、屍漁り呪科准尉、釣り軍曹、マヒロ・フーロ伍長の四名だ。
だが梯子外し兵曹長は、さっきからマヒロの襟口を抓んだり背中を指でなぞったり服の中に階級章入れたりと糞餓鬼みたいなことしてるし、釣り軍曹には人望がないから、皆を纏める能力などない……どころかマヒロの次くらいにパニクってるし、屍漁り呪科准尉は、元から軍属でもなんでもない浪人を態佐が拾って来ただけだと云うから、あまり期待もできない。
マヒロは言わずもがなである。
「そうよ……。絶滅と云う文字が辞書にない生物が喋れたら、きっと神様よりも慈悲深い筈だわ。きっと、そうよ。アハハ」
他の面子も頼りない。
ブラジャー情報曹長はブラジャーだし、粉曹長は爆睡してるし、無用曹長は暗殺ぐらいしか能がないし、賽之目伍長は自己破産だし、萎まない男伍長は元ヒモだ。
本来なら、これを纏める役を担うべきは変態なのだろうが、あれは元から役に立たない。アルティベルグ少尉も経験の浅い若造。グレイン少尉は雑誌を読み耽っている。アークブルグ少尉は……あれは寝てるのか?
こうなったら仕方ない。
ここは一つ、このメンバーでは数少ない戦争経験者であり、犬化型獣人持ち前の高い身体能力から、数々の功を収めたベテラン――レオン・シシキバが、隊の意気高揚のために、気の利いた一言で場を諫め、皆の指標となるべきではないだろうか。
「みんな、ここは戦おう。こんな無茶な命令を下す軍に反旗を翻し、革命の志士になるんだ。武装蜂起だ」
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「勝手にやってろよロリコン」
さっきから黙って聴いていたが、到頭、革命思想が沸き起こるにまで世間が混乱し始めたので、俺は仕方なく口を出すことにした。それは決して、少尉としての義務感からではない。寧ろ、俺はグレイン程ではないが、不真面目な方である。故に蛇苺に押し込められた訳だし、俺自身も、そのことを不服だとか、不適切な待遇だとか、革命でも起こしてやろうなどとは考えていない。
しかし、このような俺ですらも、この現状は目に余る。
「追い詰められたゴ[規制したから]難民が高射機関砲で武装し蜂の機甲部隊が援軍で蚊マフィアがケツ持ちなんて空想話は、どうでもいい」
「誰もそこまで言ってないです」
「態佐、疑問がある。さっきも少し、屍漁り呪科准尉が触れていたことだが、スネーク・キャンディーでは、森や湿地での活動は困難じゃないか? 目標を捉えることなど、できないと思うんだが」
「良い質問だ、アークブルグ少尉。そのために、重力制御装置の使用も許可されている」
超能力者が人類の過半数を占めた現在に至っても、未だ人類が御し切れていない物が、いくつか存在する。それは人の情念や欲であったり、悪意や熱意などの抽象的な事柄から、金銭や物流、それらに振り回される経済に政治、法など、人の活動そのものと密接に関わるものであることが多い。
だが、たった一つだけ、それらとは確実に異なる事象……確かに存在することは証明できているにも関わらず、操作し切れない力がある。
それが、引力だ。
だが完全に操作できない訳でもない。
極稀ではあるが、この力を生まれ付いたときから容易に操ることに長ける者が現れることがある。そして、その者から万能細胞を作り出し、それから更に造り出した、脳に近い構造を持つ有機デヴァイスを使用することに依って、その力を擬似的とは云え、再現することが可能なのだ。
厳密に云うと、それは必ずしも有機デヴァイスである必要はない。多くの力……例えば、研究が進んでいるテレパスに関しては、超能力者でなくとも、これが使用できるようになる無機デヴァイスは存在する。だが、人類が引力を司るには、有機デヴァイスでなければ不可能なのが、現在の技術力だ。
そして、それは必然的に、引力を操作できる有機デヴァイスが、国防にまで深く関わってくる戦略物資になると同時に、引力系の術者が各国のパワーバランスを決める一因になることを意味している。
「と云う訳で、貴様ら、このロレンス・カエデラントを崇めよ」
現在、何かしらの形で引力に干渉する能力を持つ帝国臣民は、42人。その中に、卓越した技量と天賦の才を持ち、更には貴族であるにも関わらず、政争に破れた挙句に、皇女を孕ませたのが直接的な原因となって、左遷された大佐がいる。
「誰のせいでお淑やかで自愛に満ちた私が一兵卒からやり直しの挙句にブラック・バグの放逐なんてしなくちゃならないような階級になったと思ってんだ!? そこに直れ! 主君の弟と云えど殺す!!」
修正:色々直した(明記するのが面倒