prologue
宜しくお願いします。
三年。
長いようで短い期間だが、それが僕の双子の妹の黒澤花憐が引きこもってから今に至るまでの時間だ。
「おい、花憐。ご飯だぞ、出て来い」
「……後で食べるから……部屋の外、置いといて……」
「そんな事言ってお前の部屋の外に置いといて食べた例が無いだろ。後で持って来るから、それまで待ってること。わかったな?」
「うん……待ってる……」
「よし! じゃまた後でな」
ドアの外から声をかけ、再び下の階にあるリビングへと戻る。本当のことを言えば、僕も母さんも花憐と一緒にご飯を食べたい。でも、それを許さず彼女が引きこもってしまう理由があった。
「じゃ、早めに頂きましょうか。冷めちゃうと不味くなっちゃうしね」
「そうだね。じゃ、いただきます」
『花憐は本当の妹ではない』。それを僕の両親から知らされたのが、三年前、彼女が引きこもる前日の事だった。余程ショックだったのだろう、話を聞いてる途中から震え出した彼女を支えてあげることしか出来なかった自分の姿を僕は今でも鮮明に覚えている。
だからと言うか、罪滅ぼしか自己満足かはわからないけど僕は花憐が部屋から出て来ないことについて何も言わない。いつか、彼女の心の中で全ての事柄に整理がついた時に出て来て欲しい。それが、例え何年先になるかわからないとしても。
「じゃ、母さん。花憐の部屋に行ってくる」「ついでに軽く掃除だけしといてくれない? 部屋がかなり散らかってると思うから」
「わかったよ、母さん」
トレイの上に花憐が食べれるだけの量の食事を置き、ついでに今日買ってきたが彼女の大好物のショートケーキを載せる。後はお茶をコップについで、それも置いたトレイを持って二階の僕の部屋の隣にある花憐の部屋の前に立ち、扉をリズム良く三回叩いた。
「お兄ちゃん……?」
「うん、僕だよ花憐。食事を持って来たから扉を開けてくれないかな?」
「うん、わかった……今、開ける……」
二回素早くノックし、最後時間を開けて叩く。これが、花憐と僕の間で決めた合図だ。他では絶対に開かない花憐の部屋の扉の鍵を唯一開けると言う点においては、アラビアの昔話に通じる物もあるかもしれない。
「ほら、持って来たからちゃんとに食べるんだ。僕はいつものように食べ終わるまでここにいるから、食べない、なんて選択肢は無しだぞ」
「……わかってる……でも、お兄ちゃんが食べさせてくれたら、もっと早く食べ終わるかも……」
「要するに、食べさせて欲しいってことだな?」
「……そうとも、言うね……」
「……全く、わがままな妹だな、お前は」
そう言いつつも箸で食事を掴み彼女の口に持っていく僕にも責任の一端はあるのだろう。でも、甘やかしてると思われても、僕は必ずこうするだろう。なんたって花憐は――
「ほら、口あけろ」
「……ん……」
――僕の一番大切な、妹だから。
例え血が繋がってなくとも関係無い。花憐は僕の妹で、僕は花憐の兄。それ以上に大切なことなんて無く、同時にそれだけが僕の真実だった。
「そう言えば、お兄ちゃん……」
「どうした、花憐?」
いつものように食事を食べさせ、部屋の掃除をしている時、いつもは口を開かない花憐が突如口を開いた。何だろうか?
しかし本当にこの部屋は汚いな。年頃の女の子の部屋とはとてもじゃないが思えない。ここまで汚いともう怒りを超えて呆れてしまう。せめて空のポテチの袋くらいゴミ箱に捨てろ。お願いだから。
「……お兄ちゃんの服から変な匂いがするけど……誰の……?」
「……? どんな匂いだ?」
「……柑橘系の……女の子のような匂い……」
「……そう言えば、確かに今日女の子を抱き止めたな」
「!!」
確か何もない廊下で滑って転びそうになってる女子を一人助けた筈だ。その時についた匂いかもしれない。
他に心あたりは――あ。
「他にも、男女合同体育で熱中症で倒れた女子を保健室に連れて行ったりもしたな」
「!!」
「後、おふざけでうちの友人と小突きあったりもしたな」
「!!!」
他に心あたりは無いから、多分このどれか……っておい花憐。どうしてそんなこの世の終わりみたいな顔してるんだ。
「……決めた……」
「ん?」
「私、お兄ちゃんのいる学校に転入する……!!」
思えば、これが全ての始まりだったのだろう。
妹は自ら殻を破り、僕のいる学校に転入して来てから始まった、滑稽極まりない日常の。




