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特別編・最終話・「いってらっしゃい」・前

 汗水垂らして、父が一生懸命に磨いてくれた墓石。

 細部までこだわって、母がていねいに剪定してくれた献花。

 不器用なりに、ウメちゃんが真心をこめて調理してくれた供物。


 私はたくさんのものを受け取った。



 ――お母さん、お父さん……ありがとう。



 あのときウメちゃんが告げたその言葉に、父と母は憮然とした表情を見せた。

 ふざけているのではないかと思ったのだろう。

 最初こそ眉根を寄せる二人であったが、墓石を背にし、太陽の光を一身に浴びるウメちゃんのどこか浮世離れした姿に、二人は同じ言葉を返した。


 ――こちらこそ。


 父が母の肩を抱き、母は父の肩に頭を預ける。

 がっちりと握られた二人の手は、これからも強く生き続けていこうという証。たとえその手が離れようとも、絆が二人を、家族を結びつけてくれる。そう信じてやまない二人の深く強いまなざしは、ウメちゃんを通して、背後にいる私にまで注がれているような気がした。


 もしかしたら、私が見えているのではないか。


 そんな希望にすがりつきたくなるくらいに、しっかりと私をとらえ続ける四つの瞳。

 私はそれがはやり希望でしかないことにわずかに胸を痛めながらも、空気を吸うように簡単に現実を飲み込むことができていた。


 たとえ見えていなくとも、しっかりと二人は私を見てくれたこと。


 肉眼ではなく、心の目、記憶の目で。

 生きてきた年数と守り抜いていくことで得てきた心の強さ。

 二人が重ねてきた年輪。

 それらが強烈に伝わってくる。大黒柱である父の力強さと、内助の功で家庭を支える母の包容力。


 世界で一番偉大な二人。


 飛行機を飛ばしたライト兄弟よりも、光を灯したエジソンよりも、万有引力の法則を見つけたニュートンよりも、相対性理論を提唱したアインシュタインよりも、ずっとずっと身近で、温かくて、愛に溢れた偉大な両親。


 私、二人の子供で良かった。

 できるなら、もう一度抱きしめて欲しい。

 でも、それはできないから。私はもういないから。


 だから、今できる私の精一杯を二人に伝えようと思います。


 言葉一つにどれほどの感情を込められるのか分からない。


 もしも、世界中の感情を総括して、たった一つの言葉にできるとしたら。

 私は間違いなくこの言葉にしようと思います。

 人類が、宇宙に向かってたった一言だけ叫べるとしたら。

 この言葉であって欲しいと思います。



 ――ありがとう。



 去りゆく両親の背中を見送りながら、私は私の墓に背中を預けた。

 遠くで聞こえる小鳥のさえずりをバックグラウンドに、ウメちゃんの横顔を見る。

 きめ細やかな肌で、本当に綺麗な女の子。無表情なのがもったいない。


 そんな彼女を父と母は食事にでもと誘ったが、ウメちゃんはわずかな微笑みを残して首を横に振った。

 母はウメちゃんが少し困ったように微笑んだ理由を素早く理解し、父の腕を引く。


「もう少し佳乃と話してあげてね」


 ウメちゃんに向けたその母の笑顔が、粘ろうとする父をあきらめさせた。


 やっぱり、父は亭主関白のようで尻に敷かれている。

 私は背中を墓石に預けながら、何気なく考えてみた。亭主関白というのは、亭主はその家で最高の存在であることをたとえていう語だけれど、私は少し違うように思えるのだ。関白は天皇に次ぐ平安時代以降、天皇を補佐して政務を執り行なった重職のことを言う。


 だとしたら関白は一番ではなくて二番だ。

 一番は天皇なのだから。


 私の家族で言うなら、確かに父は関白。そして、母は天皇。

 家族の決定権は最後の最後でいつも母。あれやこれやと父が苦心して考えたことも、最終決定権のある母――家族の財布を握っているとも言う――が駄目だと言えば駄目なのだ。


 目をつぶり、思い出のパビリオンを歩き回る。

 記憶の中に燦然と輝く数々のエピソード。思い出すだけで笑ってしまう。



 ……だから気がつかなかった。



「……佳乃」



 私に向けられたその声に。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

長くなってしまったので二話に分けました。次話はすぐに投稿できると思います。感想をいただいて初めて気がついたのですが、連載を始めて一年なのですね。一年間お付き合いいただいた方がいるのかと思うと、本当に感激です。連載開始直後と比べてもあまり成長が見られない作者自身が気になりますが……。

評価、感想、栄養になります。

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