エピローグ
――いってらっしゃい。
ゆるやかな風が墓石の間を通り抜けた。
最奥の黒い墓碑をかすめて吹き込んできた風は、並び立つ墓石の間隙をゆるやかなスピードで縫っていく。
逃げるように、あるいは追いかけるように。
木々を揺らし、地面に落ちた葉を舞わせる。
献花の花びらを散らし、閉じられた蛇口から逃げ出そうとする雫の手助けをした。
傾きかけた太陽。
与えられた熱の残滓をともなって通路を通り抜けていく。
その温度は、人間の温もりに似ていた。
逃げるように、あるいは追いかけるように。
くるくると回る透明な息吹はやがて通路を駆け抜け、出口に向かって歩く仁の背中に吹き付けられた。
背中を押されたような感触に、仁は思わず振り返る。
「先輩先輩先輩? どうしたのですか?」
背後を振り向いたままの仁に、杏里が笑いかけた。
ぴょんと犬耳が飛び出しそうな勢いで、杏里は頭上に疑問符を踊らせる。
一方のウメは、何のリアクションもない。
無表情のまま仁の反応を待つだけだ。
仁は凪いでいく風の温もりを肌に感じながら、歩んできた道のりを視界に映していた。
目に映るのは夕日に変わろうとする碧空と、敷き詰められた砂利、そして名も知らぬ墓石の照光。
寂寞に染められた墓園。
季節外れの墓参り。
「…………気のせいか」
夕を凪ぐ風。
仁の浮かべた微笑みが、一瞬だけ寂しそうに見えた。
【END】
興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
書き終わって色々と思うことがあるのですが、それは読者の方にとっては些細なもので、書かなくてもいいかと思いますのでここでは書きません。数少ない評価をいただいたときのネタに取っておきたいと思います(笑)
――立つ鳥跡を濁さず。
評価、感想、次回作の栄養になります。