パイオニア
私は迷子になっていた。
静かな闇の中で。
「やらかしたな、完全に」
誰にも届かない独り事を呟く。
私が宇宙飛行士になり、八年が経った。
もう四十に手の届く私は、立派なおじさんだ。
そして、時代は大航海時代へと移り変わっていた。中世の探検家達の様に、宇宙という海の先の新天地を目指して、陣取り合戦が始まっていた。
新しい鉱石が次々と見つかり、住めそうな星が見つかり、更なる何かを求めて進んで行く。
私が所属している企業は、小型の宇宙船を大量に打ち上げ、その戦いに勝とうとしていた。
数打てば当たると思ったのだろうか?
その結果が、これだ。
本来、三人以上で運用されるはずの船に、私は一人で乗せられた。しかも、最も遠い宙域へ。
そして、迷子になった。
「このポンコツが!」
床を蹴りながら言う。
イライラしても仕方ない、一旦落ち着こう。
運良く地面に船の脚がついていて、漂流の危険性がない為、ゆっくり作業ができる。
モニター関連は、ほぼ全て暗くなっていて、照明はついてるが、薄暗い雰囲気があった。
沈黙している機械に静かに見つめられながら、作業をする。
生き残ったモニターを使って異常を探すが、しょうもないエンストの様だ。
救難信号はもう出した。しかし、救助が来るまでは時間がかかるだろう。
昔にもなった事はあるが、こんなに地球から遠い宙域でなるのは初めてだ。
だが、幸いにも、この機体には三人分の食料が入っていた。
まあ理由は、船の単独運用は法律上禁止されてるから、国にバレない様にやったことなのだが。
水や食料、酸素などの物は十分にあり、1カ月は持ちそうだ。
これからどうするか。
死ぬ事はないが、暇を持て余して死にそうだ。
椅子に座りながら窓の外を眺めると、綺麗な星空が広がっていた。
一つ一つが命を持っているかのように光輝いていた。
何かを語りかけてくるような力強さがあった。
だが、もう見慣れてしまった風景だった。
「おい。ニンゲン」
声? 誰だ?
この船に人は居ないはずだ。
後ろへ振り返る。
誰も居ない?
いや、視界の下側に白の塊が見えた。
そこにはウサギ? の様な生物が居た。
身長は三十センチくらいだろうか。
全身は白い毛に包まれている。
光を反射してるのか、少し毛が光って銀色にも見えた。
耳は短い。
真っ赤な目は、吊り目の様に見える。
口は横長だった。
爪は尖っていて鋭かった。
引っ掛かれたら危なそうだ。
後ろ足で立っていて、前足は短い。
ウサギよりもハムスターっぽかった。
「う、宇宙人か?」
存在しない物を信じるほど無知では無い。
だが、それを否定すると、こいつを説明できない。
「おマエもそうヨぶのか」
まあまあ高い声だった。
どこからその声出した? というイメージだった。
ただ、それを気に留めて置けるほど冷静では無かった。
言葉が、通じる?
宇宙人に?
頭の中が絶賛混乱中だ。
「コトバはアってるんだよな」
少しの沈黙を嫌ったのか、聞いてきた。
「あぁ、合ってる」
目線を合わせる事、十秒。
何を質問すべきなんだ?
異性との話し方は先輩に教わったが、異星人との話し方なんて聞いてない。
「チョコレートはアるか?」
この生命体はチョコレートがご所望の様だ。
「これでいいか?」
銀紙の袋で包まれた物体をそいつに差し出す。
「あぁ、ダイジョウブだ」
もう何も考えられない頭でぼーっと観察する。
短い手で、器用に銀紙を開けていた。
それを一口大に割り、口にチョコを運んでいた。
視線はチョコに向いていた。宇宙人はチョコに夢中の様だ。
そうだ、こいつは何処から入って来た?
今の内にモニタールームに確認に入る。
モニターを見たが、今現在酸素が抜けている様子は無い。
ドアの開閉履歴を見ると少し前に一回ずつあった。
少し感心してしまった。
船の構造を知っているのか。かなり人間慣れしてるな。
だが、こういう生物が人間慣れしてるのは何か訳があるはずだ。
背中側に大型のナイフを一本隠しておく。
宇宙人の居る部屋に戻るとまだ食べていた。
「お前、チョコが好きなのか?」
軽く冷静になった頭で質問を引き出した。
目の前に警戒している人間が居るのに呑気なもんだ。
だが、敵対しても意味が無い。フランクに話かける。
「スき……か」
少し考えてる様な間の後に答えてくれた。
「スきというより、ニンゲンはダイタイもってるからな。よくタべる」
答えをくれたその生物の手元では、少しずつチョコを割りつつ食べていた。
言ったことから、こいつと会ったことのある人間は複数人居るというのが分かる。
「おマエは、」
今度は向こうからの質問の番だ。
「ヒトりなのか?」
周りをキョロキョロと見つつ聞いて来た。
「一人だな」
この狭い空間の中に、私しか居ない事から察したのだろう。
その答えにその生物は驚いた様子も無く、小さく、
「そうか」
とだけ言っていた。
その生物は「もうマンゾクだ」と言い、チョコを手渡してきた。
チョコを棚に仕舞いつつ話をする。
「お前は何処から来たんだ?」
一番気になっていた事だ。
この宙域に、人間を知っている生物が居る事が不思議だった。
もっと地球に近い惑星から来ているのか?
でも、この生物は教科書でも見た事がない。
だから、今まで発見されていない生物なはずだ。
だからこそ、困っている。
何処から来たんだ?
「ドコから……か」
その生物の目の中を見て、返答を待つ。
だが、その生物はパッと目を逸らした。
「ニンゲンのコトバでのナマエを、ワタシはシらない。
そして、ワタシのコキョウはもうないから、これからナマエがツくこともない。
だから、そのトいにコタえるコトはできない」
淡々とした声だった。
故郷を失った悲しみも、辛さも乗せずに、答えてくれた。
「す、すまん」
反射的に謝った。
「アヤマるヒツヨウはない。
ワタシはニンゲンほど、コキョウをウシナったカナしみはない」
とても素っ気無い返しが来た。
この生物と私とでは、根本的に違うのだろう。
少しの沈黙が流れる。
「そういえば、まだ自己紹介をして無かったな。
私は保坂南。南と呼んで貰って大丈夫だ。
お前は?」
そもそも名前があるのか、無い可能性だってある。
やっぱやめた。と言う前に、その生物は答えてくれた。
「ワタシは”ツキウサギ”という。
ムカシにナズけてもらった」
月ウサギ、か。
月に生物が居ないと分かる前の時代。
月に居ると言われた白いウサギを模した名前か。
名付けた奴はセンスの塊か、古い物語に詳しいのか。
私には付けれない名前だ。
「”ツキ”というモノは、ここからトオいとキいた。
だが、とてもキレイだともキいている。
ゼヒ、ミてみたいモノだ」
月か。
「お前にそれらを教えた奴はどうなったんだ? 地球に帰れたのか?」
今更の様に思い出した。
こいつは人間に慣れすぎているし、言葉を覚えるのだって簡単じゃないだろう。
それに、そこまで長く関わっている人間が居るのに、情報が無い生物なんてあり得ない。
となってくると、結果は予想できる。
「おマエをフクめ四ニンにアったが、ミんなカエれなかった」
やはり、そうか。
分かっていた回答だ。
俺みたいに遭難した人間が沢山居た。
そして、こいつは運が無いのか、そういう奴にしか会えなかった。
彼らの最後の光景を見届けたか知らない。
だが、こいつはずっとヒトリだったのだろう。
「ツキウサギ、お前は何処かに仲間は居るのか?」
聞きたくなってしまった。
故郷の無いこの小さな生物に。
「ワからない」
聞こえた音は、呟く様な声量だった。
しかし、その声は重々しく、何かの感情を含んでいた。
仲間、家族、同族。
それらはこいつには無いのかもしれない。
もう、ナくなってしまったのかもしれない
「このウチュウセンはだいじょうぶなのか?」
こちらの手元を見ながら聞いて来た。
そこにはあったかいスープの入った鍋がある。
「ヒをツカってだいじょうぶなのか? とキきたかった」
火を使う?
「あぁ、これの事か? これは火じゃない、ただの電気だ。」
酸素は使わないから宇宙船でも使える」
流石に、昔の様な無重力で冷たい宇宙食を食べる時代が過ぎ。
今の宇宙船のキッチン周りは、地球にあるコンビニの様になっていた。
この技術のお陰で、三十年前には想像すらできないほどに快適になった。
「お前は酸素とか無くても大丈夫だろ、なんで気にしたんだ?」
この生物は地球の生物じゃ無い以上、宇宙から来た生物だ。
酸素を気にする必要があるか?
「いや、ただキになっただけだ」
何か引っ掛かる所があったのだろうか。
分からない。
「ショクリョウのリョウがオオくないか?」
積み上がってる箱を見ながら聞いてきた。
出来上がった料理を適当にプレートに載せながら返す。
「まあ、こっちの事情があるんだよ」
ツキウサギは少しの間の後、
「おマエがタクサンたべるのか?」
と聞いてきた。
少し笑ってしまった。
「いや、そんなんじゃ無い。俺より偉い奴の命令だ」
その回答にツキウサギは「そうか」とだけ返した。
二つ目のプレートに少量の料理を入れる。
ツキウサギに渡す用だ。
さっき聞いた所、この小さい体のイメージ通り、少量しか食べない様だ。
「ほら、お前の分だ」
プレートを手渡す。
「ありがとう」
ツキウサギは目を合わせながら、感謝の言葉を言う。
話していて思ったが、所々育ちの良さを感じた。
いや、育ちなのか?
まあいい。
こいつが物を食べてる様子を見てると、人に害がある様には見えなかった。
だが、そんな油断が人を何度も殺して来たのを私は知っている。
データを残すために、船内から追い出すつもりは無い。
だから、この生物への恐怖を忘れない事を肝に銘じておこう。
起きていた時間も十八時間近くになり、寝る事になった。
「悪いな、部屋から追い出してしまって」
流石にツキウサギと一緒に寝る覚悟は出来なかった。
だが、ツキウサギは気にした様子も無く。
「ワタシはチョウジカンのキュウソクをヒツヨウとしないからダイジョウブだ。
それに、アイテをまだシンライできないのは、おタガいサマだ」
と返してきた。
その言葉に「助かる」とだけ返して扉を閉じ、鍵を閉める。
念には念を、もしもこじ開けられた場合の準備で、鍵を開けられた際、アラームが鳴る様に設定しておく。
そして、記録用タブレットを取り出す。
ただのメモをする事しかできないこのタブレット。
基本自分のタブレットを使うため、昔から使い所は無いと思っていたが、ここで使うとは。
もし私が殺され、持ってきたタブレットが壊れても。
この見つけづらく、厳重な記録用タブレットを入れた金庫を壊すことはできないだろう。
もし死んだとしても、データは残るはずだ。
今、私の持っている全ての情報を書き記す。
長い長い時間を使って。
四日目
「なあ」
ある日の昼過ぎ。
ツキウサギにずっと避けていた質問をした。
「お前と今まで会ってきた人間達について、聞いてもいいか?」
と。
こいつの顔から感情が読み取れ無い。
そのせいで、この質問にどんな事を思ってるのか分からない。
ただ淡々と語ってくれた。
最初に人に会ったのは会話を覚える前の、更に前の時期らしい。
ツキウサギの故郷の仲間を一人殺されていたが、そいつらの周りに居たツキウサギの仲間達が、人間側を全滅させていたのをツキウサギ本人が遠くから見ていたらしい。
その時から人間に興味を持ったらしい。
自分に危害を与えられる生物に。
最初の一人目の人間は仲間といた。
五人居る様に見える。
私の様に船が壊れた様子だった。
だが、宇宙飛行士になって間もない彼らは、応急処置すらできず、死ぬまでの時間稼ぎをするしかない状況だった。
そして、その会話を遠くから一週間ほど聞いた。
記憶力、学習力の高い私は、意味の分からない単語を数千語暗記した。
長い長い時間をかけて。
人が、四人が死んでしまう時間をかけて。
一人になったタイミングで私は話しかけた
何を話したかは覚えて無い。
挨拶によく使われていた言葉を真似して話しかける。
よくわからない言葉に、よくわからない言葉を返す。
伝わってるのかわからない。
ただ、そんな長くない時間を会話して過ごした。
そして、言葉の意味が分からない事を理解してもらえた。
その後、そいつから色々な言葉を教わった。
もう死を悟った彼は、暇つぶしがてら色々と教えてくれた。
単語の意味を知る事で、たった数日で適当な意思疎通ができる様になれた。
名前を付けて貰ったり、地球について話したり。食事の時間を共に過ごしたり。
時間の許す限り、話していた。
そして、ある日。
ツキウサギはいつもの様に、そいつから離れて休憩していたらしい。
ただ、宇宙船から強い光が見えた所だけは、いつもと違かった。
気になり、中に入るとそこには火があった。
まるで小さな恒星の様な火があった。
何故、彼が燃えているのか分からない。
だが、確認せずとも分かる。
これを人間が耐えることはできない。
もう、彼は死んだ。
我が故郷の家族の様に、死んだモノは何も返してくれない。
もう、見捨てるしか無い。
二人目の人間は二人だった。
近づいて話を盗み聞きした。
片方は死にかけだった。
死にかけの方は一人目の人間に比べ体はがっしりしていたが、目に光が見えず、ぼーっとしている。
もう片方はその死にかけの人間の名前を呼んでいる様だった。
とても若く見えた。
ボサボサの茶色の髪に細い体。
とても弱そうだ。
死にかけの方が死ぬまで、近くで観察した。
ほんの少しの時間で死んでしまった。
生き残った方は、意気消沈した様子だった。
やはり、人間というのはヒトリだと弱くなるのだろう。
話しかけてみた。
殺されかけた。
最初は驚いた様子だった彼も、私の事を敵だと認識した様で。
攻撃してきた。
近くにあった鉄製の棒を持ち上げて。
よく分からない奇声を上げながら。
誰も理解できない痛みを撒きながら。
彼はもう助けられないのだろう。
いや、助ける方法はまだあった。
たった一つの方法。
人間は一定時間無防備になる。
そこを狙う。
「****、もう朝だ。起きろ、行くぞ」
死んだ人間の声を真似する。
「先輩? 朝早いですって」
獲物が反応した。
一つの扉の前で待ち構える。
寝ぼけている様子で、足取りがフラフラしている。
観察していて分かっていた。
この個体は他の人間よりも無防備な時間が長い。
そして、扉を開けて、中に入らせて、閉じ込める。
「先輩? 何してるんですか? 先輩!」
中からくぐもった声が聞こえる。
酸素を抜いて行く。
扉を叩く音が聞こえる。
何かを叫んでいる。
次第にどちらも小さくなって行く。
彼も死んだ。
いや、私が殺した。
やはり、人間はヒトリだと弱い。
私に危害を与えれない。
三人目の人間は最初から一人で、なんと向こうから話しかけてきた。
「やほー、元気?」
不思議な人だった。
チョコを右手に持って、距離を取りつつ渡そうとしてくる。
女性らしいが、今まで見てきた人間の中でも身長が高い。
髪は短いが、前髪が目にかかってるのを見ると、もう遭難してから時間が経っているのをだろう。
時間も経てば食料も減る。
もう彼女の食料は尽きているのだろう。
少し痩せていた。
「ショクリョウはもうナいのだろ、ナゼそれをワタそうとする」
私が意外に頭が回ることに驚いたのか、目を丸くしていた。
「いやねー、私チョコ昔から嫌いなんだ。このタイミングで消費しようと思って」
本当なのか知らないが、受け取っておく。
もう死ぬまでのカウントダウンは始まっているのに、彼女は前の人間達の様に恐怖を感じていなかった。
こいつはヒトリじゃないのか?
この三人目の人間は一人目の様に色々と教えてくれた。
話している間は何かを忘れる事ができるのか、暇な時はずっと話してくれた。
変化が起きたのは三日目からだ。
話してない時にもこちらを見てくる様になった。
その目は話してる時の目よりも冷たかった。
そして四日目。
殺しにかかってきた。
食べるためだろう。
私の事を人間は食べれるか分からないが、生き残る可能性があるからやったのだろう。
こいつも怖かったのだろう。
終わりが近づく事が。
それから目を背けていた。
だが、目前に迫れば、恐怖は抑えることはできない。
小さい可能性すら最適解に見えてしまう。
だが、私は今死ぬ訳にはいかない。
こいつのために無駄死にできない。
「待ってよウサギさん。
食べられるのを怖がらなくていいよ。
きっと、私の細胞として生きられるから」
大型のナイフを握りしめ、ゆっくりと歩いてくる。
こいつは不思議な人間だ。
そう思った。
私はこの人間を。
爪で、顔を切ったり、足を切ったり、目に刺したりして。
動けなくした。
「もうオわりだ」
彼女はもう死んだ。
これ以上する必要は無い。
彼女が口を開けた。
何かを伝えたいのだろう、だが、分からない。
血がコポコポと鳴る音を無視し移動する。
このまま次の人間を探すか?
いや、ふと気になった。
彼女がずっと隠していた部屋があったのだ。
その部屋の前に立つ。
扉は他の部屋に比べて重かった。
中にある物は汚かった。
死体だ。
所々骨が見える。
そして骨が見えない所も、殆どの肉が無くなっていた。
地面には髪の毛や、血が広がっていた。
その隙間に血が付いたナイフが三本程度見える。
私を襲う時に使ったナイフにそっくりだ。
その他にも道具があった。
血だらけのプレートに、白い部分がほぼ見えないタオル。
きっとこいつを食べたのだろう。
生きるために。
彼女から「共食い」という言葉を教わった。
きっとこれの事なのだろう。
学びになった。
「だから、ニンゲンはヒトリになるとヨワくなる、キョウフにマけるようになる。
なのに、おマエはナゼ、ダイジョウブなのだ?」
何故?
難しい問いだ。
ツキウサギの会った人達と私の違い。
恐怖に臆さない理由。
「まず、彼らには仲間が居た」
理由を探しながら言葉を作り上げる。
「そして私は最初から一人だったんだ」
そう、昔も同じだ。
ライバルだっていなかった。
何故なら、私の様な年齢で宇宙飛行士を目指す人はそうそう居ない。
居たとしても、会うことはないだろう。
一人でこの道を歩んだ。
結婚もしなかった私は、家族と呼べる物が父母だけ。
その父母も、私は夢のために会わなくなってしまった。
無意識に関係を切っていた。
ずっと一人だ。
「だから、覚悟があったんだ」
覚悟。
無駄にかっこいい言葉だ。
諦めただけだろうに。
ただ、受け入れただけのくせに。
どうせずっとヒトリなんだって。
「“独り”を認める覚悟を、持ってたんだ」
ツキウサギに会った人達はきっと認めたく無かったんだろう。
自分はみんなから外れた“独り”になったと。
だから希望や夢を現実と思ってしまう。
現実を受け止める強さが無かった。
だからヨワかった。
ツキウサギは少しの沈黙の後に。
「そうか、マナびになった」
とだけ言って外へと出ていった。
引き留めはしなかった。
たまにある散歩なのだろうと思ったが、そのままずっと、帰って来なかった。
別れの挨拶すらさせてもらえなかった。
まるで、また会えるさ、と言ってる様に。
また今日も助かるために信号を打つ。
この光はきっとツキウサギにも届いているのだろうか。
どうだろうか。
「ツキウサギ……か」
ツキウサギが去ってから、ちょっとしたら助けが来た。
私は助かったのだ。彼らと違い。
直属の上司に会った生物のデータを渡した。
彼は、最後まで私の出航の案を反対してくれた、唯一の上司だ。
「人語を理解して話す生物ね」
私だって分かっている、この文は現実味が薄すぎる。
他の人にも、レポートというより小説の様だと言われた。
「君が夢を見てたって方が現実味があるな、狸にでも化かされたんだろうさ」
「そうですね」
軽く笑いながら肯定する。
ウサギと狸か。
まるで、ツキウサギの境遇をかちかち山に喩えてるみたいだ。
「一応上には回しておく」
「了解しました」
軽く会釈し、部屋から退出した。
一ヶ月後にはまた、船に乗って旅を始める。
次もまたツキウサギに会えるのかは、分からない。
この世界には生存者バイアスという物が存在する。
それを実感したのは、私が二十八才の時に、部下を失った時に改めて考える事ができた。
新型宇宙船を飛ばす時に、私は安全装置に問題があると言った。
しかし、私の上司は誰一人として聞こうとしなかった。
問題が出てから考えれば良いと。
そして実際、安全装置に問題は起こらなかった。
文句を言う人も居なかった。
当たり前だ。
安全装置に問題があったら、その問題は死ぬ時に急に起こるのだ。
死人に口無しとも言う通り、死んだ物は文句を言う事ができない。
それで、部下を失った時に実感できた。
人間というのは、なんでこんなに共感して生きているのだ?
共感を得た人間は確かに強い。
多くの人間の共感を得るという事は、その言葉が力を持つ事と同義だ。
言葉だけじゃ無い。その人も力を持つ事もある。
ただ、全員の共感を得る事はできない。
その共感を得られない全員に、“死んだ人”も入るかもしれない。
人間の大多数が賛成すれば、それを進める事が多数決だ。
それが、人間の構造自体の問題だろう。
反対というのは、全滅を避けるための本能だ。
だが、声の大きさが人によって違う。
生まれ、環境の違いで、絶対違ってくる。
酷い話だ。
平等など存在しない。
そして、平等が存在しても、多数決で必ず正解が選べる訳じゃ無い。
もしも、そう、もしもだ。
死人に口さえあれば、この世の真理が解ける事が多かっただろう。
「ツキウサギ……か」
ベットの上で南の持って帰ってきたデータを何も考えず、ぼーっと見る。
私の寝る前の習慣だ。
私は寝る事が嫌いで、寝るくらいなら、寿命を縮めてでも夜を有効に使いたい。
そんな小さな自分の本能への抵抗で、こんな事をしている。
バカバカしい。
ゆっくりと深呼吸して、頭を回し始める。
こんな時に本当に死者の声を聞きたくなる。
お化けの声が聞こえる様に生まれたかった。
きっと、南は嘘をつかないだろう。
だが、人間は見た事の無い物を信じるのは苦手だ。
俺ですら、疑ってしまっている。
もう数人居たら、きっと話が変わったか?
いや、もし既定通り三人乗せても、集団幻覚などを疑うだろう。
南の話に出てきた死人達に話を聞きたい。
そんなバカみたいな妄想をしながら、今日も眠りに着く。
「お前の名前どうしようかな?」
黒い髪の男性が私の事を見ながら、頭を捻らしていた。
「稲葉の白うさぎとか? は、なんかイメージと違うな。
もっとウサギっぽければな」
大きな窓の前で、私とその宇宙飛行士とが並んで座っている。
いや、私はその時は休んでいた。
まるで寝てるかの様に、横になっていた。
「お前、寝てんのか?」
話を聞いとけと言うかの様に、釘を刺してくる。
「ネている」
正直名前などどうでも良い。
勝手に名前を付け始めておいて、聞いてなければこれだ。
めんどくさい。
「起きてるじゃん」
少し笑いながらそいつは言った。
その後、私の寝ている姿を見る。
その瞬間、あっ、と言っていた。
「月、ツキウサギとかどう?」
耳がピクっと動いてしまう。
「ツキ、とは、チキュウのチカくにあるとイう?」
ゆっくりと体を起こし、目線を合わせる。
「そうだよ」
「ナゼだ?」
どこに月の要素があった?
それに、月にウサギは居るのか?
ウサギという生き物は、地球以外にも住めるのか?
「いや、なんか模様みたいでね」
模様?
「ツキのか?」
「そう!」
タブレットから写真を見せてくれる。
何度か見せてくれた、月の写真だ。
「ほら、ここが耳で、ここが足、顔で、体。ウサギっぽいでしょ」
「ニてはいるが、これがツキのウサギなのか?」
「そう!」
こじつけが過ぎないか?
「で、ナゼ。ワタシのナマエをそれにキめたのだ?」
彼は私を見て、あっ、と言っていた。
何か理由があるのか?
「ほら、お前さ、前に月の話に興味を持ってたじゃん」
「それだけか?」
「そう!」
適当だった。
「まあ、これイジョウハナしてもムダだからな。それでイいだろう」
再び横になる。
それと同時に彼も隣の部屋へ移動する。
静かだ。
とても。
少しぼーっとしていると、彼が戻って来た。
「チョコ、食う?」
一切れのチョコを差し出してくる。
「ショクリョウは、もうそろそろやばいのでは?」
確か前に言っていたはずだ。
「今日は良いの」
「そうなのか」
また起き上がり、チョコを受け取る。
並んで食べ始める。
星々がこちらを見つめる中で、静かに、二人並んで食べていく。
「ツキウサギ。お前はこれからどうする?」
「どうするとは?」
彼は、いつもと違い、真面目な顔で外を見ている。
何か視線を感じて後ろを見る。
四人の人間がこちらを見ていた。
「もっとニンゲンとハナそうとオモう」
お前らとは話すつもりは無い。
もう、死んだ人とは関わらないという意思を伝える。
その言葉への返事は返ってこない。
いつもそうだ。
こいつらは無視を続ける。
「良い事だな」
彼はそんな者が見えないかの様に話をしていた。
彼の横顔は遠くをみていた。
彼から後ろへ視線を戻すと、その四人の人間は消えていた。
どうせまた邪魔するくせして、気まぐれに消える。
邪魔物だ。
二日後。
彼は燃えていた。
四人の人間に囲まれて。
彼も死んでしまったのだ。
もう、何も返してくれなくなったのだ。
「だから、覚悟があったんだ」
南が話してくれている。
「“独り”を認める覚悟を、持ってたんだ」
でも、なんでお前がこっちを見る。
彼が、燃えて死んだはずの彼が問いかけてくる。
ここは君が居るべき場所じゃ無い。
何故、この人を殺そうとするんだ?
当たり前だ。
彼には家族が周りに居るのだ。
合わせてあげるのが“助け”だろう。
彼は独りでも、構わないと言っている。
そうなのか?
そうなんだよ。
「そうか、マナびになった」
そんな人も居る様だ。
彼は静かに笑顔になっていた。
彼に背を向けて離れる。
また、彼に会えるかどうかは、分からない。
fin
ここまで読んでくれてありがとうございます。
短いのに時間がバカかかりました。
くそ!
AIを推敲に使いました。
便利ですね。チャッピーくん。
あと、ツキウサギの元ネタは、サムスの登場作品の「メトロイド」の「リトルバード」です。
可愛いですよね。
白髪赤眼が推しな私的には好きなキャラクターです。
次からはこんなに短くならないです。
ごめんなさい。




