8.「あー!それ私の自転車~!!!」
プロローグでも少し触れたが、武は自分の自転車が普通に乗れる状態であっても、恵茉の自転車を使いたがる。しかも無断で乗り回すので、「貸して」と頼まれても二つ返事で断りたくなる。無断使用する相手に気持ちよく貸したい人はいないだろう。
中学生の頃が特にひどかった。ある日、恵茉が徒歩で下校していると、前方から見覚えのあるシルエットが近づいてきた。
シルエットの正体は恵茉の自転車に乗った武だった。
恵茉は周りをはばからずにあえて大声で叫んだ。
「あー!それ私の自転車!!!」
その声に対して武は
「悪りぃ、悪りぃ!」
とだけ、適当に言ってそのまま自転車で走り去ってしまった。
どんなに怒っても、徒歩と自転車のスピードは格段に違うので、アスリートでもなければ、この状態の武を捕まえて自転車を奪い返すのは無理である。
ハッキリ言って、やられ損である。恵茉が何を言おうが走り去ってしまうのだから。
自宅に帰りついて怒り心頭の中へ武が平然と帰宅。
「どうして勝手に乗るわけ?自分の自転車あるでしょ?信じられない!」
武はムッとして黙り込むと、そこへ口をはさんだのは、たま子だった。
「恵茉ちゃんが使うかもしれないから乗っちゃダメって言ったでしょ?恵茉ちゃんも武君のすることなんだからそんなに怒らないの。きょうだいなんだから。」
「はぁぁ~?」
一見すると武を叱っているようで、結局は恵茉がたしなめられるという理不尽。
あまりに度重なるので、光一に訴えかけた。
「こんな思いばかりするならもう一緒に住みたくない!家を出たい!」
と。
その夜、光一が長い時間かけて説得した末にやっと一言だけ武は言った。
「恵茉、ごめんな。」
「あのさあ…!」
と文句を言いかけたところへ、光一が恵茉を制止しようとした。
「まあ。そう怒ってやるなよ。」
しかし恵茉はキレた。
「今まで、やめてって言っただけで殴られたりしてきたし、勝手に乗り回して壊されてきたんだよ?どうしてたった一言で許されるわけ?お兄ちゃんばっかりずるい!」
さすがにこのときは光一が恵茉の勢いに唖然としていたようだが、この件で、恵茉をやたらと殴ったりとジャイアン的な行動を取っていることを父親という威厳の下で明るみに出したので、自転車を持ち出されることは格段に減ったが、ゼロにはならなかった。
つまりはこうである。
「俺が乗りたいと思ったから乗った。持ち主のことはどうでも良い」
である。
そして周りの大人がかばうので、武は反省したり、常識を知るチャンスを得ないまま大人になっていくという未来がすでに見えていた。




