5.お兄ちゃんの分もお願い。
小学校では年度初めに、雑巾を2枚提出することになっていた。毎年、恵理子が縫ってくれていたのだが、4年生の春のこと。フルタイムで働いている恵理子に協力するために、自分の分くらいは自分で縫おうと決意した。当時、まだ学校では裁縫は習っていなかったが、すでにフエルトで簡単なマスコットを作ったりして遊んでいたので、雑巾なら何とか縫えそうだと思ったのだ。
「お母さん。学校に持って行く雑巾を縫うから、タオルを2枚ちょうだい。」
すると母は4枚のタオルを手渡してきた。
「2枚でいいんだけど…。」
言いながら、イヤな予感がしていたのだが、それは見事に的中した。
「お兄ちゃんの分も縫ってあげて。」
芝居がかっているかと思えるほどの、弱り切った表情をする恵理子に対して、恵茉は露骨にイヤな顔をせずにいられなかった。
「イヤ?」
「…いいけど…。」
弱り切った表情を見て断り切れず、引き受けたものの、本当はものすごくイヤだ。だって武はそこで寝っ転がってテレビを見て大笑いしているのだから。どうして日頃から人のおやつを取り上げたりする上に、自分だけゴロゴロしている武の分まで縫わなくてはいけないのか?自分の分だけはなんとかしようと、母に協力しようと思ったところへ、平然と便乗してこられるのか?
恵理子が忙しいのは、わかる。でも、武とのことを何も味方してくれないのに
恵茉は大人になってから、この件がとてもイヤだったと恵理子に話したが、しれっと一言。
「だって、忙しかったんだもん。」
一言でも謝罪寄りの言葉を期待した方が間違っていたと思い知らされた。そしてそこへ光一も口をはさんだ。
「自分がやってあげて、丸くおさまるならやってあげれば良いだろう。お母さんだって忙しかったんだから。」
理屈はわからなくもないが、なんであんな兄のために?と思うと、子供の頃からの不信感が再燃した。
光一は、恵理子やたま子よりは公平だが、やはりそれでも武の肩を持ちたがる。”長男バンザイ”が止まることのないこの家が、恵茉はずっと嫌いなままだ。




