13.「お母さんは、おやつなんてないんだからね!」
嫌々ながら高校に通っているうちに3年生になった。恵茉はあまり気が進まないが、どうしても進学しろと両親に言われ、受験生になった。受験勉強の傍ら、フルタイムで働いている恵理子を助けようと、夕食の支度もしながらの受験生活。学校の自習室で勉強をしてから帰り、夕食の支度を手伝っていた。
そんなある日、自習室での時間を終えて、さあ、夕食の支度を、とキッチンに立とうとしたとき、ゴミ箱に菓子パンの空き袋がたくさん捨ててあるのが目についた。
「ラッキー♪お料理する前にパンを食べちゃおっと!」
今日はたくさん買ってあるのかと期待して、パンや焼き菓子の置いてある場所に行くと一つもない。恵茉はどす黒いイヤな予感で胸がいっぱいになった。
イヤな気分のまま、夕食の支度をしていると恵理子がキッチンに現れたので聞いてみることにした。
「パンないの?たくさんあったみたいだけど…。」
恵理子がオロオロと言い訳をする。
「あ、あのね、武がね…。全部食べるのだけは止めようと思ったんだけど、あんまりお腹がすいているみたいだったから…。恵茉も欲しかった?」
「当たり前でしょ!私だってパンが食べたかったよ!どうして私の分、ないの?お兄ちゃんが何個ももらえて、どうして私はゼロなわけ?」
うろたえる恵理子を恵茉は責め立てた。
「どうして一個ずつじゃなくって、お兄ちゃんだけたくさん食べて、私はゼロなの?」
何度も繰り返し、恵理子を責めるが、恵理子はうつむいて「ごめんね…」と言うだけなのが、余計に腹が立った。
全部、武に食べさせてしまったのであれば、せめて恵茉にわからないようにしてほしかったとも伝えたが、恵理子は意に介さない。
恵理子はこの時、お腹を空かせた武に食べさせたかったので、それを達成できれば他のことはどうでもよかった。それだけに恵茉が怒っていることが気に入らなかった。
恵茉にしてみれば、恵理子に何を言っても同じ対応なので、言うのをやめたが、不機嫌は止まらない。
パンをたくさん食べた武自身は、恵茉の分まで食べてしまったことは、恵茉が武に対しても文句を言ったことで、この時に初めて知った。武は「なんでいきなり怒られないといけないんだよ?恵茉の分だって言ってくれれば、食べなかったのに…。」と恵理子にブツブツ言っていた。
夕食も済み、自室で勉強をしていると恵理子がノックもなくドアを開けた。
「お母さんは、おやつなんてないんだからね!」
恵理子が捨て台詞とともにコンビニ袋を投げ込んで、乱暴にドアを閉めて去っていった。袋の中には違う種類の菓子パンが二つ。正直、嬉しくない。こうして後から仕方なく買ってきたパンを投げてよこす神経も理解できない。
そして恵理子の捨て台詞も理解できない。自分に決まったおやつがないからといって、恵茉の分を勝手に誰かにあげて良いということにはならない。そして、恵茉がおやつをもらえない大人の側にされて、武だけが、子供として、おやつを与えられることも気に入らなかった。
恵理子は勝手に人の物を他の誰かにあげて平然としていることが度々ある。今回はそれが菓子パンだっただけで、恵理子は自分のやりたいことのためなら、境界線を簡単に踏み越える。無意味なバリアフリーな感性を持っている。




