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白い蛾は子守唄を歌う  作者: 夢乃間
幼馴染
1/5

夢か現か

 蝶は蛾になるか。蛾は蝶になるか。それを叶えるは詐欺と無知、あるいはシルエットだろう。人は万物の物事を先人達から学ぶ。それを疑う者は愚か者と銘打たれるが、真実へ至る者かもしれない。現に、語り継がれてきた伝承や、つい最近の出来事が嘘だった事を証明する者が現れ、真実を塗り替えてみせた。




 現実は真実と嘘が入り乱れた不安定な世界。流れに従うだけでなく、時に流れに逆らう必要がある。




「痛みは真実の証明になるのだろうか?」




 自分で呟いた言葉にハッとした。僕が痛みを感じる時、それは現実にいる証明になるのだろうか。瞼を閉じて見える夢でも、痛みというものは感じる。




 ちょうど今朝、僕は赤子に目を抉られて殺された。痛みで叫び出す前に、僕の瞼は開き、潰れたはずの目で天井を見上げた。




 夢の中で殺されても、何事もなかったかのように目が覚める。そして時間が経てば瞼を閉じて夢へと戻る。ここに疑問が生まれる。




 瞼を閉じる前と後。それは同一の存在なのだろうか。




 人の生涯で最も難解で身近な生と死。僕らはこの世界で目覚め、やがて死ぬ。死後の世界は様々な解釈があるが、どれも真実味が無い。死の議論と並行して、何故僕らは生きているのかと思考を巡らせる者もいるという。




 机の上にあるカッターに視線が吸い込まれた。誰かに動かされているかのように、僕の手はカッターを手に取り、銀色の刃をギラリと光らせた。




「ここは現実か夢か。僕達は生きているのか死んでいるのか」




 僕は愚か者の一人。決められた真実を嘘だと決めつけては、証明したくてたまらない探求者なんだ。




 カッターの刃が僕の喉を貫いた。不思議と痛みは感じない。ただひたすらに苦しい。溺れているようだ。まばたきの回数が多くなってきた。足の存在が感じらない。僕が縮んでいく。視界が傾く。窓から差し込む光に眩しさがない。白い蛾が、僕の目の前に落ちた。フワフワで、大きくて、綺麗だ―――






 


 瞼が開いた。首に触れても、何処にも異常が無い。僕は夢を見ていたようだ。




「やっと起きたの?」




 僕の部屋に知らない女性がいる。肌の感じからして、十代の娘だ。まるで長年の付き合いがあるかのように、僕の部屋を勝手に掃除している。




「誰?」




「寝ぼけてんの? ずっと隣人で同じ学校に通う幼馴染を忘れるなんて、よっぽど見ていた夢が楽しかったようね」




「夢? いや、今が夢だろ」




「本当にどうしたの? どっか調子悪いの?」




 彼女は僕に近付くと、片手で自分のおでこに触れ、もう片方の手で僕のおでこに触れようとしてきた。その手を振り払うと、彼女は驚いた表情を浮かべると、名残惜しそうに身を引いた。どうやら純粋に僕を心配していたようだ。自分より年下で、しかもまだ子供の彼女の厚意を無下にした事に、罪悪感を感じてならない。




 一度冷静になろう。目の前にいる彼女は確かに見覚えがない。しかし彼女は僕の事をよく知ってるふうだ。嘘をついているようにも見えないし、そう思いたくもない。




 僕は枕元に置いてある煙草を手に取ろうとした。しかし、どれだけ手で探ろうとも、煙草の箱らしき物が無い。確かに昨日、僕は枕元に煙草を置いたはず。




 昨日? 本当に昨日だったのだろうか? 煙草の箱を枕元に置いた記憶はあれど、それが昨日の出来事だと証明出来るものがない。現に今、煙草が枕元に無いのだから。




「なぁ、聞きたいんだが。枕元に置いた煙草を見てないかい?」 


 


「はぁ!? 煙草!? アンタ、煙草なんて吸ってんの!?」




 目の前の少女は、僕に遠慮のない怒声を浴びせた。その反応が、どうしてか引っ掛かった。




「いくら年頃だからって、非行に走るのは間違いでしょ! どうやって手に入れたのさ!」




「落ち着いてくれ。怒らせる気はなかったんだ。ただ、少し確認したくて」




「……はぁ。これは私とアンタの秘密にしておきましょ。もしバレたら、アンタのお母さんは悲しむだろうし、お父さんは怒鳴るでしょうね」




 その言葉が、僕の中で妙な違和感を生んだ。その違和感の正体を突き止める為に、クローゼットの扉の内側についてある鏡を見た。




「……誰だ?」




 鏡に映る僕は、僕じゃなかった。

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