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代替わりと婚約者の交代

 三隅伯爵は貴族院議員ということもあって、葬儀には大勢の人が弔問に訪れた。出棺のときは、一般の人たちも道端から見送ってくれた。土葬の地域も多かったが、この辺では火葬にされる。得意げな顔を隠しもしない憲武一家。青ざめて倒れそうなお嬢様には、ばあやのキヨが付き添っている。

(父親を亡くしたばっかりの娘に、ありゃあないよな)

 葬儀のあと、寺の控え室にやってきた元村伯爵とその次男で婿入り予定の彰浩に対して、憲武は言ったのだ。

『三隅の当主は、わしになりました。姪の美知子と婚約していたご令息はそのまま、わしの娘の佐和子の婚約者としましょう。家同士の約束です。相手が従姉妹に代わったくらいで、どうということはないでしょう』

 三隅家は大地主で、元村伯爵はその土地を借りて工場を建てていた。当主が変わったから、出て行けと言われても地代を値上げされても、どちらも経営に大きな影響が出る。

『息子たちはこの春に祝言を上げる予定で……今さら相手を代えると言われても』

 元村伯爵が息子のために抗弁したが、憲武は聞き入れない。機嫌を損ねるのを恐れ、伯爵はしぶしぶ婚約者の交代を認めた。

 隣に座る彰浩は唇を嚙んでいる。

『……僕も伯爵家の人間です。この結婚が家同士の政略ということは、よく分かっています。しかし今まで美知子さんを妻にすると思って付き合ってきました。いきなりのことで、心が追いつきません。今は喪中でもあり、結婚は来年ということにしていただけませんか』

 葛藤がありありと顔に出ていたが、その彰浩を憲武の娘の佐和子がうっとりと見つめている。彰浩は映画スタアにしてもいいほどの美男だったからだ。それでも浮名を流すこともせず、大学卒業後は銀行に勤め、婚約者の美知子を大切にしてきた。けれども、個人より家の事情が優先される世の中だ。親の言うことにも逆らえなかった。

(元村の坊ちゃんも大変だ)

 葬儀のときの使用人たちの噂話から、佐和子は派手好きで、男にすり寄るのが上手いとのことだ。

『元村の令息も、そのうちあのお嬢さんの手管で落とされるさ』

 と、お嬢様の気を慮ることもなく、言い放つ女中もいた。

(オカメが。従姉妹っていっても、美知子お嬢様より見目が劣るくせに)

 タマは心の中で毒づいた。

 葬儀が終わり、屋敷へ帰ってからもお嬢様は泣き続け、食欲もない。それでも何とか食事を摂らせ、タマとばあやはお嬢様を寝かしつけた。

(早く私を叱りつけるほど元気になって欲しいな)

 今のお嬢様をタマは見守ることしかできない。

 葬式のあとで屋敷中がバタバタしているところに、「裏口に警察の人が来ているよ。正吉について、あんたの話が聞きたいって」と年かさの女中が呼びに来た。

 裏口に行くと、小林がいる。

「少し出れますか」

 と訊かれたので、女中頭に言い置いて外に出た。

 道角を曲がったところに、斎木白夜が立っていた。

「うん、顔色は悪くないな」

 と、タマの顔を覗き込む。

「旦那様を殺した犯人、逮捕できますか」

「正吉が吐いたが、証拠がない。それにあの術使いとの関係も分からない。本当はこんなこと、一般人に話してはいけないんだけどね」

 斎木が悪戯っぽく片目をつぶった。

「これから三隅の家で騒動が起きるだろう。困ったことがあったら、これを空に投げなさい。すぐに来るから」

 と、斎木は黒い制服の上着のポケットから、白い折り鶴を取り出してタマの手を取り、握らせた。

「お嬢様が心配でも、君もちゃんと食事をするんだよ」

 言い置いて、斎木は部下の小林と共に去って行った。

(いい人だなあ)

 タマは絆されている自分に気づいた。タマを気にかけてくれる人なんて、旦那様とお嬢様の他、誰もいなかった。

 心の中があったかい。

(でも、身分も何もかも違いすぎる。お嫁さんになるなんて、無理だよ)

 思ってから、寂しくなった。

「さて」

 折り鶴を袂に入れ、タマは両手で自分の頬をパシンと叩いて、喝を入れた。

「お嬢様をお守りしなきゃ」

 タマは屋敷に戻って行った。



 翌日、朝も早々に、憲武一家が車で三隅邸へ乗りつけ、邸内に押し入って来た。

 玄関ホールにお嬢様と屋敷の使用人全員を集め、憲武は宣言する。

「今日から、わしがこの家の当主だ。言うことが聞けないやつは、兄の四十九日が終わる前に出て行け。残った者も、わしに逆らうようだったら、すぐにクビとする。ああ、それから美知子、婚約者から捨てられたおまえは、わしが良い嫁入り先を見つけてやる。富豪の年寄りの後妻か、妾でもいいな。高く売ってやろう」

 お嬢様が真っ青になってよろめき、キヨがそれを支えた。

 奥から声がする。

「まああ。素敵な着物。調度品も素晴らしいわ」

「これがみんな、私の物なのね」

 奥様の部屋とお嬢様の部屋からだった。

「お母さまの形見、わたくしの着物!」

 駆け出そうとしたお嬢様に、憲武が告げる。

「美知子、おまえは離れに行け」

 そこへ、どかどかとガラの悪そうな男たちが五人ほど入って来た。

「ダンナ、借金が払えるって言うんで来ました」

「ああ、金になりそうな物を持っていけ」

「お父様が亡くなったばかりだというのに、なんて仕打ちをなさるんです!」

「美知子、おまえに相続権なんて無いんだ。当主になった者がすべての財産を受け継ぐ」

「その代わり、係累を養う義務がある」

 こそっとタマが続けた。

「誰だ! 今つぶやいたのは」

 みなの目がタマに向いた。

「あ、あたし」

 怯えたように、タマは身を縮こまらせた。

「おまえ、あとで部屋へ来い」

 憲武がすごんだ。

 その場を解散させた憲武が客間へ行く。タマは、その後ろをついて行った。左右にヤクザ者がいて逃げないようにしている。

 客間に着いた憲武が、椅子にどかりと座り、足を組んだ。洋装で紺の三つ揃えを着ている。

 タマは両脇からヤクザ者たちに突き飛ばされ、頭を押さえつけられて土下座させられた。

「生意気言いやがったな。小娘が」

 ひい、とタマが悲鳴を上げた。右手をぐりぐりとヤクザ者の足で踏んづけられたからだ。

「も、申し訳ありません。旦那様」

「おまえ、今すぐクビだ。どこへでも行っちまいな」

「そ、そればかりはお許しください。お嬢様に拾われた身です。どこへも行くところがありません」

「貧相な小娘だ。でも売れば、小遣いくらいにはなるな」

 男たちがゲラゲラ笑っている。

「どうか、どうか、お許しください」

 タマは土下座した。

「では、わしの靴を舐めろ」

 タマが顔を上げた。下卑た顔で、憲武が笑っている。

 タマはにじり寄り、埃で汚れた憲武の革靴をちろりと舐めた。苦い。

「本当にやりやがったぜ、こいつ!」

 ぎゃははっ、と男たちが笑う。

 憲武がタマの顎を蹴ったので、タマは仰向けに倒れた。

「少しの間は置いてやる。それから出て行け」

 憲武に告げられたあと、タマは男たちに客間からひきずり出された。

 ドアが閉じ、客間の棚にあった舶来の葡萄酒を憲武と男たちが飲み始め、陽気な声がする。

 タマは、ぺっと唾を吐き、口元を右手の甲で拭った。

(よし、呪おう!)

 タマの両目が怪しく光った。







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