家督相続と犯人捜し
「部屋の四隅に、お札が貼られていたけれど、艮――東北の鬼門の場所だけ不自然な剝がされ方をしている」
と、言った斎木は、印を結んでから、何事か唱えた。そして幽霊に問う。
「三隅伯爵、僕は斎木と申します。誰があなたを殺したのですか?」
アッアッ、と呻いたのち、三隅伯爵の霊は恐ろしい形相で叫び出した。
「あいつだ! あいつ、私の異母弟の憲武だ。家を乗っ取ろうと、不可思議な術を使う奴と手を組み、そいつがカマイタチを起こして、私が怯んだすきに包丁で心臓を一突きした。下男の正吉が手引きした。ああ――美知子、美知子。かわいそうに、一人になってしまって……」
幽霊が泣き出す。
「憲武め、幾度殺しても飽き足らぬ!」
次に憤怒の様子となり、気の小さい者が見れば、気絶しそうほど、おどろおどろしい。
「旦那様、旦那様」
タマが呼びかけると、幽霊がこちらを見た。
「そんなことでは、悪霊になってしまいますよ。奥様のおられる清い場所に行くことができなくなります」
「……タマか。私が見えるのか。しかし、この無念を晴らさねば、私は行くべき所へ行けない。いっそ、あいつをとり殺してやろうか」
生前、温厚だった旦那様の言葉とも思えなかった。
「お気持ちは、よおく分かります。けれども旦那様はすでにこの世の理から離れておいでです。現世でのことは、私ら生きている者にお任せください」
「おお、タマよ。どんくさくて、いつも怯えたようにしているおまえがずいぶん頼もしいな。では、四十九日まで様子を見てみよう。美知子を、くれぐれも頼む」
幽霊は言いたいことを言って、すっきりしたのか、姿を消した。
「〝どんくさくて、怯えたよう〟?」
斎木が、うろんな目つきでタマを見ている。
くう。この人の前では猫を一、二匹被り忘れた!
取調室のドアをけ破って押し入った斎木白夜に驚き、次に連れて行かされた化け物屋敷の生家と、元皇族のお姫様の母君に、あっけにとられ、斎木の前では素が出てしまっていた。
「使用人には、いろいろあるのです」
タマは今さらと自分でも思いながら、すっとぼけた。
「うん、いいね。ますます君に興味が湧いた。見鬼といっても恨みを持って死んだ霊を見るのは恐ろしかろう。それを平然と諫めるとは、度胸も据わっている。すごく、いいね!」
と、斎木がにこにこしている。
「ついでといっては何だけど、これくらいの盥と、それに水を張りたいんだけど、できるかな」
「ええ、台所に行けばあるでしょう」
タマは斎木を台所へ連れて行った。
そこも真っ暗だった。タマは明かりをつけ、道具置き場から盥を持ってくると、それを流し台に置き、水道のじゃ口をひねって、水で満たした。
他の所ではまだ井戸が使われていたが、この三隅邸がある山の手の地域ではすでに上水道がひかれていた。使用人としては、楽ができていい。
流しに置かれたそれを前に、斎木が何かを唱え、九字を切る。
「君にも見えるかな」
と、斎木白夜はタマを傍に寄せ、並んで水面を覗き込んだ。
人影が映る。
暗い部屋の中に、こっそり入った正吉がタマの貼ったお札を破ろうとして、物音に驚き、一部を残して去った。
正吉が出て行ったあと、寝室に明かりがつき、旦那様が入って来て椅子に座る。そこへ、ドアが開いて二人の覆面をした男が入って来た。
旦那様が声を上げる前に、カマイタチで身体が、そして部屋の至る所が切り裂かれ、風が空を切る。それを先導に旦那様へ向かっていった男が匕首で心臓を貫いた。
旦那様が必死の形相をして、覆面をはぎ取ろうとし、顔が露わになった。
タマが見たことがない中年男だった。
二人は旦那様を殺したあと、部屋の明かりを消して出て行った。
「ことの次第は、こんなようなものだったのだろう。知っている顔があったかな?」
「下男の正吉以外、分かりません」
「そいつは君を犯人だと名指ししたあと、姿を消している。行方不明だ」
「そうですか……」
でも、術使いの方は、まさか十郎太?
いや、年上であのウロから出たやつもいた。そいつかもしれない。
ともかく、術使いとくれば、まず茅野家を疑うべきだったが、タマは白夜にそれを告げなかった。なぜ、と問われ、自分の素性を詮索されるのが怖かったからだ。
タマは台所を片付けてから、斎木を玄関まで見送った。その後、お嬢様の部屋へ行き、キヨと交代して寝ずの番をした。
翌朝、タマは正吉のものと思われる裏口の足跡に、もぐさを積んで灸をすえた。すると、昼には小林が三隅邸を訪れ、「正吉が捕まった」とお嬢様に報せた。足裏に大やけどを負って、道端で転げ回っていたそうだ。
(ひとに罪をなすりつけるからさ。あほう)
これも呪術の一つだ。
そして、通夜の手伝いのため三隅家の菩提寺へ行けば、斎木白夜の幻術で見た顔があった。
旦那様の異母弟の憲武だ。そいつが白い喪服を着て、喪主となっていた。親族間で、すったもんだがあったらしいが、母親が違うとはいえ、三隅の直系はこいつしかいなかったらしい。未成年で女子のお嬢様では、喪主になれない。つまり、三隅家の次の当主に憲武が決まったのだった。役所への届けはまだだろう、と思うが、乗っとる気で旦那様を殺したから、明日にでも書類を出すと思われる。
旦那様の棺桶の前に、得意げな顔をした憲武、その妻の邦子、一人娘の佐和子。彼らの後ろに、泣きはらした美知子お嬢様がいた。
(こいつ、どうしてやろう)
腹が立ったが、まずは官憲の手にゆだねるための証拠が欲しい。
旦那様の幽霊が、物凄い目つきで憲武を睨んでいた。しかし〝見えない〟人たちには、何のこともない。
(斎木さまに相談かな)
そう思ってしまったタマは、自分でも知らないうちに信頼していた自分に驚いた。これまでは何でも一人で解決してきたのに。