現場検証もしくは深夜のデエト
暗くなったので「夕飯を食べて行け。多少、遅くなってもかまわないだろう」という斎木の言葉を一度は断ったものの、強引に食堂に連れて行かれ、ご機嫌なおたあさまと一緒に洋食を食べた。おいしいはずなのに、緊張でこちらも味が分からなかった。
その間に、斎木家の使用人が、今まで着ていたのと同じ色合いの着物と帯を買ってきてくれた。質は、はるかに良いものだ。タマは受け取るのを渋ったが、結局、押し切られた。華やかな振袖も後日贈ると言われたが、それは丁重にお断りした。
(私がただの小間使いって分かってんのかね、この人)
多分、この坊ちゃんはお母様と同じで浮世離れしているんだろう。
タマは遠い目をした。
車庫は屋敷の横手にあったようで、そこから小林が車を出して来、白夜の手を借りて、タマは再び後部座席に乗った。
《白夜の母上、すごいだろう》
《あの〝気〟は、猫にまたたびだよね》
助手席では、再び現れた二人の子どもがくすくす笑っている。
「彼らは、母の〝気〟に当てられないため、屋敷内では姿を現さない」
斎木が言った。
《酔っぱらった姿を見られるのは、やだからねー》
《ねー》
そんなもんか、とタマは思った。もののけたちの事情はよく分からない。
「三隅伯爵のご遺体は検死が済んだので、今頃邸宅に戻されているだろう」
「そうですか……」
うつむいたタマは、顔を上げ、斎木の方を向いた。
「斎木さまは特高の警察官なんですよね。犯人の目星はついているんですか?」
「特殊技能を持つ我々が集められたのが、特務課だ。強盗殺人事件と思われるこの件に僕が呼ばれたのは、呪詛が関係しているからだ。伯爵が亡くなった部屋で、妙なお札が見つかった」
それ、私のやったことです。とは、この場では言えなかった。
「実は、和平派の議員が三人、富豪が一人これまで謎の死を遂げている。暗殺かもしれない。三隅伯爵もそれに関連したものと最初は思われていたのだが、呪詛の痕跡があるので、念のため見て欲しいという要請によって、出張ったのだ。そこで、君の冤罪による捕縛を知った」
「そうだったんですか。あのときは、本当にありがとうございました」
タマは頭を下げた。
(つまり、犯人の目星も手掛かりもなしってことか)
斎木とタマの会話を聞きながら、二人の子どもはニヤニヤしている。
《色気のないこと、しゃべってるんだなあ》
《ほら、趣味とか食べ物の好みなんかを聞きなよ》
「イナサ、ヒカタ。ちゃちゃを入れるんなら、祠に戻ってもらうぞ」
《いやでーす》
けらけら笑いながら、子どもたちが消える。
二人がいなくなると、急にしんとなった。最初のときみたいに沈黙が重い。
(若様と小間使い。こんなに共通点がないのに、よく結婚しようとしたな)
タマは呆れる。
(いや、あるか。呪い)
自分がそっちの世界の人間だとは、口が裂けても言うつもりはなかった。
やがて車は三隅邸の前に停まった。斎木が降り、門から出て来た使用人にタマが無実だったことを話していると、玄関からお嬢様が飛び出して来た。
「タマーっ」
門前で、がばりと抱き着いて泣き出した。
「良かったっ。信じていたのよう」
「ありがとうございます。斎木さまが助けてくださいました」
それを聞いて、美知子がタマから離れ、斎木にお礼を言った。横にいるキヨも頭を下げている。
「仕事ですから」
と、答えて斎木が去ってしまうと、タマたちは中へ入った。
「明日、菩提寺でお通夜です。お嬢様、少しでもお休みにならないと」
言い聞かされ、美知子は自室へ引き取った。タマも着替えのお手伝いをしようとついて行く。
全体の造りは洋館だが、寝室は畳がいいとのことで、庭に面した部屋は和室の作りになっている。お嬢様の部屋もそうだった。
お嬢様の寝支度を手伝い、去ろうとすると、お嬢様がタマを引き留めた。
「そばにいて。眠れないの」
キヨがうなずくので、タマは敷かれた布団の枕元に坐った。
「ずっとおります。ご安心ください」
そう答えると、お嬢様は目を閉じた。
「〝オンテニクルハムエイキリク、いとせめて恋しきときはぬば玉の夜の衣をかへしてぞぬる〟――お嬢様、良い夢を」
悪意ある生霊除けと夢見のまじないだ。
そのとき、すーっと廊下側の障子が開いた。
「今のは、どういう意味かな?」
斎木白夜だった。
「帰ったんじゃ――婦女子の部屋に、どうしているんですか」
「タマに用がおありだとかで、戻ってらしたんですよ」
斎木の後ろから、ばあやのキヨが姿を現した。
「ここはいいから、行ってらっしゃい」
と、タマを送り出す。
廊下でタマは斎木を見上げた。
「用とは?」
不機嫌丸出しの声で尋ねた。
「君と一緒に、現場をもう一度見てみようと思ってね」
本音を言わず、斎木が白々しく答える。
(ばれた?)
でもそんときはそんとき、とタマはすぐに開き直った。
斎木がタマを連れて行ったのは、三隅伯爵が斬殺された寝室だった。斎木がドアを開け、スイッチを押すと、天井の明かりが灯る。
室内は血しぶきが至る所にあり、鋭利な刃物で切った傷が壁や家具に無数についていた。
「視えるよね」
斎木がタマに同意を求める。
「はい」
嘘をつくこともできたが、見鬼と知れているので無駄だ。
「旦那様、さぞやご無念であられたことでしょう」
と、タマは合掌した。
二人の視線の先には、血まみれの三隅伯爵がたたずんでいたのだ。
そう、幽霊として。