家と屋敷の違い
黒塗りの車の後部座席に、タマは斎木白夜と並んで座っている。運転席には小林、助手席には二人の子どもがいて、膝立ちし、後ろを向いてニヤニヤしていた。三隅家の車にお嬢様のお供をしたとき乗ったことがあるが、それよりも座り心地がいい。高そうだ。
乗るとすぐに車は動き出したが、誰も話さない。沈黙が重い。
(でも、礼ぐらいは言っとくか)
と、タマは口を開いた。
「あの……冤罪を晴らしていただいて、ありがとうございました。それに……銀座で気分が悪くなったとき、助けていただいて……」
「どうして僕があのときの男だと分かったんだい?」
斎木がタマの言葉を遮った。
「え? だって」
やばっ。
タマは自分が失言したことを覚った。
(こいつら、普通の人には見えてないんだ。妙な薄物を着ていると思ったら、不動明王が従えている童子の着物そっくりじゃないか)
「……あんた、何者?」
声が尖った。茅野の関係者だったら、逃げなきゃと思い、被っていた猫をかなぐり捨て、狭い車内だったが、極力離れた。
くすっ、と斎木が笑う。
「ひどいな。そんなに警戒しなくとも。僕は君にプロポーズしたんだよ? 悪いようにするわけないじゃないか」
と答えてから、小林に命じる。
「三隅邸に行く前に、うちに寄ってくれ」
「はい」と運転席から返事がし、助手席では二人の子どもが騒いでいる。
《白夜、がんばれー》
《この子を逃がしたら、次はないよー》
「イナサ、ヒカタ。静かに。ひと型から戻りなさい」
《はーい》と答えた子どもたちは、猫くらいの大きさの白虎になり、助手席から飛んできて、一匹は白夜の膝に、もう一匹はタマの膝の上に乗って丸まった。
「母が最初の子は男の子を望んで毘沙門天さまに祈って授かったので、僕は生まれたときから毘沙門天さまの加護がある。そのため、眷属のこの子たちがついているんだ。右側にいるのがイナサ、左側にいるのがヒカタ。どちらも南から吹く暴風雨の名前だ」
(荒っぽい名前のわりにかわいい)
タマは膝の上にいる虎の仔を撫でた。
「今もあのときも、この子たちが見えるということは、君は見鬼だね?」
「見鬼って?」
タマは呪禁のことしか知らない。見えないモノが見えているってばれてるなら、しょうがないや、と開き直って訊いてみた。
「普通の人には見えない霊とかが見える人のことだよ」
やっぱりそうか、と納得した。
「僕の妻になる人は、見鬼であることが希望なんだ。なにしろ僕がそうだから、結婚相手が見えない人だったら、話が通じないだろう? やはり家庭生活は円満が望ましいからね。だから、宿曜師の従兄弟に占ってもらい、未来の伴侶と出会えるという場所と時刻を教えてもらって、君を見つけた」
占いで相手を見つけようなんて、乙女かっ。
いろいろと物申したい。
「スクヨウシって?」
「宿曜とは、東洋占星術。西洋のものと同じで、ホロスコープなるものを描くそうだ。従兄弟の延寿は易学もやる。街で占い師をしているよ」
「それだけで、私にプロポーズしたの?」
馬鹿なの、とまでは言わなかった。
「君、すごいのを付けているね。僕なら祓えると思うよ。どうかな。それだけでもお得だよ」
アレが見えるのか。そして、祓える? 是枝家代々が作り出してきて巨大な悪霊となった、アレを。
タマは顔を引き締めた。
「できるさ。僕は陰陽師だから」
そう聞いたとたん、車から飛び出したくなった。
父親と、あいつと同じ陰陽師。茅野家とつながりがあるのか?
《そんなに毛を逆立てるなよ》
膝の上の虎の仔が言った。
《白夜は力が強い陰陽師だけど、それを悪いことには使わない。ぼくらが使わせない》
と、子どもの姿に戻った。
《君は、いろんなものを背負っているね》
「それって、どういう……」
何がどれだけばれてるの? とタマは疑心暗鬼に陥った。
「着きました」
小林が言うと、車が停まった。
するりと斎木が降りて車の後ろを回り、タマの横のドアを開けて、手を差し出した。
「つかまって」
「あ……ありがとうゴザイマス」
途中から、言葉がカクカクになってしまった。左手で前を掻き合わせ、右手を取られて車から身を乗り出したとき、目の前に大名屋敷みたいなでっかい建物を見てしまったから。
「これ……」
「僕の家」
家って規模じゃねえだろー、とタマは叫びたかった。三隅家も洋館でけっこうな規模の屋敷だが、ここの敷地はその五倍はありそうだ。