街
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「娘さんはどちらに?」
「先にラエナの街に続く街道まで行かせました」
聞いて少し不安そうな顔をした男に、母は無理矢理笑いかける。
「本当は、とても安全な場所なんです、ここら辺は。二つの街の警備団も良く巡回に来ますし、魔獣も出ませんし」
「……そうですか。なら聞こえないところにいる内に、済ませてしまいましょう」
言葉を飲み込み、アレナの母親が見つめる前で野盗の手の腱を断ち切った。絶叫が上がる前にナイフの柄で殴りつけて昏倒させる。気を失ったことを確認し、さらに両足の腱を分断する。激痛は時に意識を凌駕するのか、たった今歩くことのできなくなった身体が陸の上の魚のようにびくりと跳ねた。
「切った傷で死んでしまいませんか?」
「死なないように切ったので」
納得していない顔をしたが、転がった野盗をよく見ると、確かに大した血が出ていない。
「とはいえこのままだと餓死して死にそうなんで、素っ裸にして水際にでも放っときますよ。今日の事は口外できないようにしておきますけど、念のためあなたの街じゃない方に連れて行こうと思うのですが」
「あ、それならば―」
二つの街が近いこの地域には暗黙の了解があり、各々利用する川の場所が決まっている。それを聞いた男は、好都合とばかりに場所を教えてもらうと失神した野盗を担ぎあげた。
「ではこの辺で。安全と言っても心配ですし、早く娘さんのところ言ってあげてください。 ―ん?」
「あ、おそらく巡回ですね」
地球では聞く機会の少ない蹄の音が遠くから聞こえた。安心したような声を出す母親。しかしそれとは対照的に男は少しばかり挙動不審になった。
「どうしました?」
「うーん。ちょっと俺、身分を証明するものがなくて。……んー、ひとまず逃げときます。転がってる死体は見知らぬ男が倒したと言っておいてください」
「えっ」と呟いたのも束の間、男は既に野盗を背負い直して走りだそうとした。
慌てた母親は引き止めようとしたが、それより男の方が速かった。さっと身を翻して木々の中を踏み分けようとする背中に、寸前で声を掛けた。
「あの、お名前は!?」
その問いかけに足を止めた男は、一瞬悩んでこう言った。
「名乗るほどのモンじゃないです」
そう言った直後、男は重大な過失に気付いたような顔をしていたが、こちらを見て安堵した顔をすると、頭を下げて今度こそ藪の中へ突っ込んでいった。
「あ、……服」
蹄の音が止まる。もしかしたら娘を見つけてくれたのかもしれない。しばらくすると、こちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。
「これは……!」
「アナシアさん! よかった。昼餉の時間にも戻ってこないので、副隊長が心配していましたよ」
二人組の警邏が三つの死体に驚きつつ近づいてきた。アレナもついてきていたのでアナシアは安堵したが、当人は不思議そうに周囲を見回した後じっと母を見つめたので、そっと唇に人差し指を当てて見せた。
「まさか、野盗に襲われたのですか? ―お怪我は?」
母娘が野盗に襲われたとき、心配することは怪我や金銭だけではない。それでも彼らはそれを不用意に口にすることは無かった。
「私もアレナも無事です。襲われた直後に助けていただいたので」
無事を示すように両手を広げてみせると、二人は顔を見合わせてほっとした顔をした。気持ちが落ち着いたのか、死体を詳しく検分し始める。
「なんじゃこら」
思わずといったように、一人がつぶやく。隣で同じく観察していた警邏役もその声に頷いた。
「なにか、不審な点が?」
平静を装いながら背後から声を掛けたアナシアに、二人は振り向いた。
「もしやこいつら、仲間割れでもしましたか?」
「? いえ」
「じゃあ、助けた奴が忍び寄って?」
正直に彼女が頷くと、シンクロしたように二人が唸ったので、アレナがくすりと笑った。それを見て、眉間に皺を寄せていた年長の警邏役も困ったように笑って力を抜いた。
「いや。例えばこの死体ですがね」「はい」
「あまりにも切り口が鮮やかで。しかも急所を一突きですわ」
そして「アナシアさんは運が良かった」と続けた。
「おそらく短剣かナイフでしょうが、手練れじゃなきゃ野盗三人ここまで手際よく殺せませんわ。―なあ?」
最後は同意を得るように相棒に声を掛けると、年若い警邏役も頷く。
「まず間違いなく、手慣れた人間ですね」
青年の言葉には確信がこもっていた。
「殺すことに」