第19話
「はぁ~~、やっぱりライブはいいねぇ」
公園の夜道をふたりで歩く、ここは星が見えないほど明るい都会ではあったが、広大な公園の中心近くまで来ると、まばらにだが星々が光を落としていた。
「楽しかった、ユメカが熱心に誘ってくれた理由が分かった気がする」
セイガも、この日が宝物になったような、きっと忘れない一日になったと感じていた。
ユメカは思い出したかのようにセイガの数歩前に先回りすると、くるりと振り返る、ライブの後に再び着替え終えてパーカーを羽織った姿、やや涼しくなったので前のファスナーは閉めている。
「セイガも楽しんでくれて良かった♪それで、初めての枝世界の感想はどうだった?全然違う世界って感じでしょ?」
ふたりして改めて見渡してみる、遠くに見える眠らない大都市はここからが本番とばかりに光の奔流を見せていた。
この視界のなかにどれだけの人がいて、どんな営みをしているのか、そう考えるだけでこれから帰る自分には寂しさを覚えた。
「凄かった、未来…とでもいうのか、俺の想像の外であるほど便利で不思議がいっぱいだった。ライブというのもあれだけの人が一堂に会して楽しむ催しなんて…とても素晴らしいと思った」
ひとつひとつ、思い出す…
「あ、ライブはワールドでもあるんだけどね☆ただレイミアさんのライブはここでしか楽しめないのです、だから大きなライブがあるたびに上野下野さんにチケットを頼んでいるのでした」
ユメカはこのチケットを頼んだ日のことを思い出していた。
(こんどセイガにもアレをやってみよう…驚くかな?それとも上野下野さんのように喜ぶかな?)
そう考えるとにんまりとしてくる。
「なるほど…ただ同時にここに来させてくれたワールドの凄さを改めて感じたのと、俺は思った以上にワールドが好きなんだと思った…かな」
まだひと月も経っていないが、あのワールドで過ごした日々はセイガにとって充実した時間だった。
その中でも一番の理由があるのだが…
「ほうほう、嬉しいコトをいうねぇ…でもセイガはまだまだもっとワールドのコトを知らないとだよ?」
「確かに、前に見た地図だけでもまだまだ行ってみたい場所が山ほどあった、またいづれ冒険もしてみたいと思う、あの地図の先も見てみたいし、本当にワールドは広いな」
そこまで言うとユメカは面白そうにほくそ笑んだ。
「ふっふっふっ、セイガはやっぱりまだ知らないようだね」
「?何をだ?」
セイガは首を傾げた。
「ワールドも一つじゃないんだよ」
「そうなのか?一つじゃないって…ええと」
考えてもどういう意味か分からなかった。
「ここじゃ説明しにくいから、ワールドに帰ったら教えてあげるね」
「ありがとう」
「それで、また冒険にいくときはちゃんと私も連れて行ってね♪」
「勿論だ」
「それじゃ、約束」
ユメカが小指を前にして差し出してきた。
セイガもその約束の方法は知っていた。
そっと小指を絡める……ユメカの細い指はあたたかくて、とても柔らかだった。
「それじゃ、帰ろっか…私達の『もうひとつの真なる世界』へ」
きらりと微笑み、ユメカが走っていく、そんな姿にセイガは胸を突くものを確かに感じていた。
今日一日、ユメカと過ごして分かったこと…そんな自分の想いを強く感じながらセイガは降世門へと向かったのだった。
白い花が夜空の下、揺れている。
『降世完了、おかえりなさいませ』
ワールドも、もう夜だった。
「うわ、山だからか大分寒いね…早く車に行かないと…ってその前に約束のあの話をしちゃわないとね……セイガ?」
ユメカの話をセイガは聞いていなかった。
セイガの視線の先には、2m近い大きさの剣が地面に刺さっていた。
その傍らには座り込む大男の姿が…
「アルザス…」
そう、剣聖アルザスがそこにはいた。
「聖河・ラムルか、まさかこのような場所で会うとはな」
静かに立ち上がる、途端に強烈な気迫がふたりを襲う。
「えっ?えっ!?」
事情を知らないユメカであったがアルザスと聞いて、目の前の強烈な存在を見て、大変なことが起きようとしているのは感じていた。
「次に会ったら、戦うと約束していたんだ」
セイガは今日…一度も見たことがない表情でアンファングを取り出す。
アルザスも地に立つ愛剣を引き抜き力を込める。
セイガとアルザス、ふたりの『剣』の字が夜空の下浮かぶ。
「そんな…戦うって…今?」
ふたりのただならぬ雰囲気にユメカは狼狽していた。
「常在戦場、お前も分かっているようだな」
「ユメカは離れていて、ここは…危険だ」
睨みあう、アルザスから目を離さぬまま、ユメカにそう告げた。
それはとても苦しそうな…
「でも…」
「早く!」
ユメカは放たれるようにその場から離れた。
「安心しろ、武器を持たない人間を傷つけるつもりはない」
「それでも、戦場では安全な場所なんてない、俺かお前か…誰が傷つけるか…出来ればこんな日にお前に会いたくは無かった」
しかし戦わないという選択は、無い
「自分もだ、運命というのはいつも血を好むのだな」
みると、アルザスの左脇腹には染み出すほどの血痕がついた包帯が巻いてあった。どうやら傷ついているらしい。
「長話をするつもりはない、そろそろいくぞ」
威嚇するように大きく剣を振り上げるアルザス。
「ああ…聖河・ラムル…参る」
息を整え、セイガは摺り足で間合いを測る、アルザスの体躯は2m以上…身長180cmのセイガからでも見上げるようだ。
アンファングとアルザスの剣では間合いが大きく違う。
それは詰めるか、躱すかしかない。
重い沈黙が地面をみしみし潰すようだ。
…
最初に仕掛けたのはアルザスだった。
セイガの歩みが微かに躊躇したその一瞬を見逃さず、豪快に大剣を振り下ろした。
そう、振り下ろすしかないと考えていたセイガはそれを半身で避け一気に間合いを詰めようとした。
しかしアルザスの剣は躱された勢いで地面を裂く…ことはなく瞬時に横へと払われたのだ。
「くぅっ!」
何とかアンファングで受け止めるが、とんでもない勢いでセイガの体は中空を舞った。
そしてその隙をアルザスが逃すはずもなく、強烈な突きを放ってきた。
(負けるかあっ!)
セイガが剣を振る、それに合わせて黄色い高熱の弾が発射され、ふたりの間の視界が途切れた。
そしてその勢いで大きく背後に飛んだセイガはアルザスとの距離を何とか離すことに成功したのだ。
(未完成の技だったが、どうにか成功してよかった)
セイガは考える、このまま遠くからファスネイトスラッシュなどの攻撃で凌ぐか…いや、それが通じる相手ではないだろう。
「どうした、来ないのか、それなら」
アルザスが大きく右手を上げ、大剣を振り下ろした。
大剣が輝くとともに剣の衝撃波が射線上に大地と空を切り裂き、セイガに向けられた。
セイガも動作を充分に見ることが出来たので流石にそれは大きく横に飛んで躱すが、恐ろしい威力だった。
セイガの今の技とは比べるべくもなく…
「噓でしょ…すごすぎるよ」
ユメカが語る通りだった。
「遠距離攻撃の手段が無いと思ったのか?」
アルザスが再び構える、この相手には悠長にしている暇などない。
長期戦は不可、全力で行くしかない…
セイガはそう決めてアルザスへ向けて走り出す。
その助走を活かしたまま、一気に
「ヴァニシング・ストライク!!」
紅い奔流がセイガを包み、さらに速度が増す。
前にエンデルクに使った時とは違う、ほぼ完成した姿
威力も当然あの時とは段違いだ。
「―っ」
アルザスは右薙ぎに剣を振るう、同時に竜巻の如く風が逆巻きヴァニシング・ストライクの威力を奪う、それは同時に攻撃をいなすものでもあり、セイガはアルザスを通り抜けて大地を削るのみだった。
追撃は無い、先程と違ってセイガの技が効いていて、躱したとはいえ隙が少ないからだ。
「技の名前をいちいち叫ぶくらいならその一瞬を大事にするべきだ」
アルザスは確かに技の名前を言わない。
しかし、セイガの方は「技名を言うこと」まで含めてその技なので、実は現状言わないと使えなかったりする。
セイガの『剣』の力はそうして発動しているのだ。
確かにそれではどうしても隙が出来るし、技を知っている相手にはその攻撃を読まれてしまう。
大きな弱点なのだが、それをわざわざ相手に言うわけはなく。
「これが俺の戦い方だ、…口を挟むな」
そう虚勢を張った。
「そうか」
アルザスはそうつまらなそうに言うと、重心を低くし、技を打ち込む準備をするような姿勢になった。
今の会話中も実は力を溜めていたのだろう。
攻撃しないでも…戦っているのか。
セイガの息が荒くなる、心が折れそうになる。
(まだだ…まだ戦える)
「セイガ…」
大分離れた位置にいるユメカは両手に力が入りすぎるのに気付かないままふたりの動向を見守っていた。
素人目にもセイガの方が不利なのは見て取れた。
けしてセイガが弱いわけじゃない、何度もセイガを見てきたが今が一番強くなっているようにユメカには思えた。
だけどそれ以上にアルザスが強かった、情け容赦がないというか、圧倒的に「強さ」を追求したような戦い方だったのだ。
左脇腹に大怪我をしているとは思えない。
(負けないでっ)
ユメカはそう願った、セイガの冒険についていくということは、こんな場面が充分起こりえるということだ。
無力な自分を思い知りながら、セイガを信じるしかない。
自分だってここで負けるつもりはない。
「セイガっ、勝ってぇーー!」
だから、寧ろ足を引っ張るかも知れないのにユメカは叫んでいた。
「ああ…俺は…勝つ」
セイガは再び力をふり絞った、冷静に考えれば到底勝てるとは思えない…しかし戦いはどちらかが死ぬまで、どうなるか分からない筈だ。
せめて心だけでも勝つ、それが今できる全てだから。
「うおおおおおおお!」
力を集中させる、精神を加速させる。
「はぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
珍しくアルザスの方も声を上げていた。
腰を落としたまま…ずっと力を練っていたのだ。
刹那、アルザスがセイガの目の前に現れる。
どんと空気が震える。
セイガもそれを迎え撃つべく技を発動していた。
ヴァニシング・ストライクだ、先程叫んでいた間に既に技名を織り込んでいたのだ。
前もって予想しておかないといけないがこれなら発動の隙を減らし、相手に悟られない。
アルザスの突進とセイガの紅い矢のような一撃がぶつかり合う。
それはほぼ互角で両方の力で空気が割れそうな音がした。
「おおおおおっ」
セイガがさらに叫ぶ。
ユメカにはアルザスが笑っているように見えた。
遠くにいるから表情は分からない筈なのに、そう思えたのだ。
先に威力が削がれたのはアルザスの方だった。
「ふんっ」
しかしセイガの技が届く前に腕を回し、強烈な打ち下ろしを放った。
ただの剣戟ではない、同時に地面が音を立て円状に潰れた。
それはセイガにも襲い掛かり、落下のような衝撃がセイガの技を止めたのだ。
セイガは大地に縛られそのままアルザスの大剣をうける…
かに見えたがセイガは諦めていなかった。
アルザスよりも速い見事な剣閃、ヴァニシング・ストライクを止められる前に既に準備していたファスネイトスラッシュだ。
アルザスはそれをまともに受け大きく後ろに流された。
セイガの方は、残念ながらそこで力を使い切ってしまったので止めは刺せない。
足元がぐらつき、膝立ちになってしまう。
息が続かない、あと少しだったのに…
「もう、終わりか?」
アルザスは…不敵に笑い立ち上がった。
その時、アルザスはふと昇世門の傍らに黒い何者かの気配を感じていたのだが、現時点では敵意を感じなかったため、配慮しないことにした。
「なかなか、悪くなかった…精進したようだな」
アルザスは、攻撃してこない。
逸る風に、黒い雲が流れる中、セイガの荒い呼吸音だけがした。
「はぁっ…はぁっ…手加減…か?」
時間を稼ぎたい…セイガは敢えて挑発した。
月光がうっすらと消え始め、アンファングの光明が際立つ。
「そうではない、力量を見極めているだけだ」
セイガの一撃は腹部を横一文字に断っていた、しかしアルザスは瞬間飛びのいたことによりダメージをギリギリ抑えていたのだ。
それもまた皮一枚の判断と結果だ。
「お前は、どこまで強くなるのだろうな」
アルザスは残念がっていた、彼の中では終わりが見えたのだろう。
セイガは考える、自分がこの剣聖に勝つために必要な技を…
「俺は…」
その時、この戦いに於いてはじめてセイガはユメカの方を見た。
とても心配そうで、泣きそうな様子でこちらをじっと見ていた。
(そんなユメカの姿も…可愛いな)
不謹慎だが、セイガはそう思った。
ふと、ユメカの後ろに見知った影が見えた…ように思えた。
(あれ…は?)
ユメカがぐっと両手を引き締める。
それを見て新たに闘志を高める。
(そうだ、ユメカと約束したんだ…こんなところで)
「俺は絶対に負けない!」
気合と共に立ち上がる、自分の中で不思議と力が湧くのを感じた。
「それは残念だな、もっと強くなるお前と戦ってみたかったよ」
アルザスは大上段、両手で大剣を構えた。
気付けば大剣は灼熱の如く、猛る光を放っていた。
この山全体が吹き飛びそうな闘気だった。
「これで…終わりだ!」
アルザス渾身の一撃、瞬時にセイガの前方全てが光に染まる、強烈な圧で逃げることもできない。
そして…
射線上にくり抜かれた山肌、濛々と土煙が夜の山に上がる。
絶望的なまでの破壊、そこには最早何もない。
「セイガっ!」
ユメカが叫ぶ、その声は届かない…
「なん…だと?」
その時、はじめてアルザスが驚いた。
土煙が晴れる、その先に…
剣を立て座り込むセイガの姿があったのだ。
顔から腕から体中数えきれないほどの傷が見え、血が絶えず流れている、だが
「あの攻撃を喰らってこの程度の傷で済むはずがない」
セイガはまだ生きていた。
「セイガ…よかった…生きてる」
ユメカは今すぐ駆け寄りたい気持ちをぐっと抑える。
そんな想いが届いたのか
(…遠くで、音がする…)
セイガは技を喰らって今まで意識を失っていたが…どうにか覚醒する。
「おおおおおおおおお」
最早自分でもなぜ生きているかなんて分からない、しかし今ならこの男に勝てるかもしれない。
セイガは立つ勢いのままアルザスに向かう。
それはまだセイガの間合いではなかった、しかし
「行くぞ…」
右手を前に突き出す、セイガは渾身の一撃を用意していた。
「高速剣!」
だが、その直後
「うがぁぁ!」
セイガの右腕が悲鳴を上げるように震え、方々の傷から血が高く噴き出した。
最早セイガの限界はとうに超えていた。
その隙もアルザスが見逃すはずはなく、アルザスは下から振り上げるような、吹き抜ける颶風を浴びせ、その剣撃でセイガは高く打ち上げられた。
ぐしゃりと嫌な音を立て、セイガは再び倒れる。
運がいいのか悪いのか、その場所はユメカのすぐ近くだった。
我慢できずユメカがセイガに駆け寄る。
「今っ!回復魔法をかけるねっ」
両手を横たわるセイガの胸元に当て、急いで回復魔法を使う。
だが、ユメカの回復魔法では完治は出来ない…
急いで処置をしなくては、命の危険があった。
ぽつり、その時セイガの頬に雨粒が当たった。
「…だめだ」
ユメカの手を押しのけるものがあった、それはセイガの手だった。
「何で!?このままじゃセイガ死んじゃうよ!」
セイガがユメカの回復魔法を拒んだのだ。
「それでも、これは1対1の勝負だから…ダメなんだ」
手をつきながらどうにか立ち上がる、絶望的な状況の中、全身に力を込めて戦う意志を見せる。
「イヤだよっセイガがいないと私…」
「そうか…なら今度こそこれで最後だ」
セイガの意志を汲んだのか、アルザスが瞬時にセイガに向かう。
ユメカに危害を与えぬようその刃にだけ全力を注ぐ。
セイガもユメカを庇うよう剣を構える。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その、ふたりの間に、両手を広げユメカが立ち塞がった。
アルザスは予期していたのかそれを半身で躱し、その体勢のまま袈裟懸けでセイガを狙った。
同時にセイガもアルザスの動きを察知し、ユメカを守るよう全力でアンファングを振り上げた。
大きな斬撃音
…
打ち砕かれ折れたアンファングの刃がアルザスの左肩に刺さっていた。
そして…
アルザスの剣はそれにより軌道が変わり、ユメカを背中から切断していた。
雨が…涙のように降りしきる。
「ゆめ…か?」
音もなく倒れるその肢体をセイガが受け止める。
「嘘…だ」
セイガの腕の中で、静かに水色に光るユメカの体…
立ち尽くすアルザスの剣も微かに同じように光っている…
大声を上げる、さらさらと手から温もりが消えていく…
狂気的な感情が溢れるだけで何も考えられない…
消えていく…
慟哭…もう掴むこともできない…
消えてしまう…
まるで最初からいなかったかのように
ユメカは…死んだのだった。
作劇上の都合で次回はすこし遅れます




