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誤字報告、ブクマ、評価をありがとうございます!
残り二話は王太子視点になります。
子供が生まれたばかりなのだからと、部下に仕事を奪われて執務室を追い出された。
確かに最近は忙しくて、子供達の寝顔しか見ていない気がする。
そう思い出すと酷く恋しい気がして急ぎ足で王太子宮ヘ向かうと、庭の方からキャッキャと幼い声が聞こえてくる。
近くの扉から外に出れば、
「あらあなた、今日は早いのですね?」
「ああ、やっと一段落出来たところで、部下に追い出された」
「フフフ、慕われていますのね?」
「レイアも無理はしていないかい?」
「ええ。わたくしにも頼りになる部下がおりますから。こうして昼間から子供達と遊べる時間を作れますの」
「それなら良かった。僕もレイアも仕事に夢中になると色々忘れがちになってしまうからね」
「フフフ、それで何度もミミに叱られましたものね?」
「ああ、元々強いとは思っていたけれど、母になったらさらに強くなった」
「フフフフ、次期国王とも有ろうお方が、尻に敷かれてますわね?」
「それは君もだろう?次期王妃様?」
「ええその通り!でもとても幸せですわ!わたくし、自分がこんなにも子供好きとは知りませんでしたもの?」
「ああ、僕もだ。弟妹達とは歳が離れすぎていて側妃殿の目もあって、あまり交流もなかったもので、子供がこんなにも可愛いとは思ってもみなかった。君のお陰だね!ありがとう」
「フフフ、いいえ、受け入れてくれたミミのお陰ですわ!」
「ああ、2人のお陰様で、僕は今とても充実して幸せな日々を送れているよ!」
「ではもっと幸せにしませんとね!わたくし達を幸せにしてくれた家族の為にも!」
「ああ、精一杯努めるよ!」
「フフフ、ではまず手始めに、夜、夜泣きも忘れる程に子供達を疲れさせませんと!」
「よし、任せろ!」
レイアと共に子供達の輪の中に入っていくと、キャーキャーと叫びながら抱き付いてくる子供達を、1人1人抱き上げてキスをする。
もう何十年も前の事のように感じるが、弟の学園卒業パーティーから始まった騒動は、まだ十年も経っていない。
◇◇◇◇◇◇◇
私に最初の婚約者が出来たのは8歳の時。
隣国の姫で可愛らしいお姫様だと好感を持ったのを覚えている。
距離があるので手紙や絵姿、贈り物は頻繁に贈り合ってはいたが、会う機会はそう多くなかった。
私が先に学園に入学して、1つ年下の姫が、この国に慣れる為にも留学してくる約束だったのだが、留学すると言う直前になって、隣国の姫は自分の護衛騎士と駆け落ちをしたそうだ。
それを知らされた時は、ヘ~そんな歌劇みたいなことを本当に起こす人間が居るのか、と感心しただけでそれ程ショックは受けなかった。
婚約が駄目になったことで、早急に次の婚約者探しが始まった。
今度の婚約者は国内の、動向を見守れる相手が選ばれた。
何人もの候補の中から選ばれた伯爵家の令嬢は、控え目で学園での成績も良く、少々身分は下だが問題の無い令嬢と思われた。
一年経ち二年経ち、優秀だと言われていた伯爵令嬢は、周りの態度の急変に、どんどん己を見失って、我が儘に傲慢になっていった。
王太子妃教育もサボりがちになり、装いもドンドン派手になり、他人を見下す言動も多く、問題視されるようになってきた。
私の前でだけは以前と同じようにしおらしく振る舞っていたけれど、私に向けられる視線が、何ともイヤらしく感じるようになった。
態度の悪さと王太子妃教育の進展具合を見て、母上が直接注意をしたにも関わらず、態度の改善は見られず、婚約の見直しを検討され始めた頃。
弟のランディがやらかした。
何かを企んでいるのは随分前から報告が上がっていたので、様子を見るために最初から隠れて見ていた。
隠れた場所は偶々飲食物の置いてある近くで、彼女はパーティーが始まってから早々にこの飲食物が置かれた場所の隅に陣取り、目についた物を片っ端から食べていた。
小さく華奢な体のどこに入っていくのか不思議な程に大量に食べていて、弟を気にしながらもついつい目を向けてしまった。
その内騒ぎが起こり、弟がこちらに来たので、隠れていたのがバレたか?と思ったが、弟が無理矢理連れていったのは、先程までモリモリモリモリ食べていた彼女だった。
一見優雅にエスコートしているように見せて、かなり強引に連れていった弟。
弟によって無理矢理注目される場に出された彼女は、頑なに証言を拒否して首がもげそうな程横に振っている。
弟が声高に名前を呼んだことで、彼女が今年の王城官吏試験にトップ合格を果たしたミミリー・クレッシェル嬢だと知った。
王城官吏試験に合格するには、試験に合格することは勿論、学園での成績や素行が良好であること、3人以上の教師からの推薦状があること、さらに軽くではあるが暗部の者の身元調査も行われて、問題なしと結果が出た者だけが合格出来る。
その難しく面倒な試験にトップ合格を果たしたミミリー・クレッシェル嬢に、罠の仕掛人の筈の令嬢が、怪我を負わせる程の力で彼女の腕を掴み、証言の強要までして。
弟はこんなにも愚かだっただろうかと失望を禁じ得ない。
弟の側近候補として取立てられていた子息達も責めるように彼女に迫っているし。
ギュウギュウと再び腕を掴まれて、我慢の限界に達したのか彼女は罠の仕掛人の令嬢を振り払い、思いの丈を叫んだ!
「おめぇの言ってるこどは、嘘っぱちだべ!ゴーリンデ地方出身で訛りの無いもんなんか居ねーベ!おら、王都さ出てきで訛ってるこどを散々からかわれで、喋るのが怖ぐなったど!そんなペラペラ流暢に標準語喋ってるおめぇが、ゴーリンデ地方出身なわげねーべ!王都に居るゴーリンデ出身の人も何人か知り合ったども、皆訛りを隠すのに必死で無口になってだべ!訛りも無くペラペラ喋るおめぇはなんだべ?どごの男爵令嬢だべ?うぢの隣の男爵はマッサラックス男爵だべ!気の良いおっちゃんとのんびり屋の奥さんと可愛い赤ん坊の居る男爵家だべ!同年代の令嬢なんか居なかったベ!」
城勤めの者でもゴーリンデ地方出身の者や他の地域出身の者も多いが、訛りを隠す者ばかりなので、こんなにもハッキリと訛った言葉を聞くのは初めてで、思わずポカンと呆けてしまった。
だがハッキリキッパリと仕掛人の令嬢を否定しているのは明確で、仕掛人の令嬢は真っ青になって遠目でも汗をかいているのが分かる。
それでも後には引けなかったのか、弟は彼女に何とか証言をさせようとしていたが、それもバッサリと否定される。
収拾がつかなくなって来たのを見計らって、止まらない笑い声と共にど真ん中に出ていってやった。
弟の愚行は笑えないが、彼女の証言は愉快で堪らなかった。
その後の騎士団の調査では、弟に恋愛感情は無く、その無駄に強い正義感を利用された事が判明。
側近候補達の中には、仕掛人の令嬢と既に肉体関係を持った者まで居て、調査した者も報告を受けた者も唖然とさせられた。
側近候補達にも騙されていたことが判明して、弟はその資質を疑われ王族である資格を失った。
側妃殿が弟を王太子の座に就かせようと、以前から画策していたのは知っていたが、側妃殿自らが選んだ婚約者も罠の仕掛人も最悪だった。
結果、罠の事は公表できないので弟は密かに打診した女辺境伯家に婿入り。側妃殿は離婚され実家へ帰される事になった。
弟の婚約者も、調査の結果数々の悪行が露見して修道院へ。
見送った弟は、友人だと思っていた者に裏切られ、正義と信じていたものが崩れ去り、憔悴した様子で辺境の地に静かに旅立っていった。
弟の騒動のどさくさに紛れて、何となく採用してみたミミリー嬢は、有能で打たれ強く、あまり噂などを気にしない令嬢で、高位貴族の取り澄ました顔に慣れていた城の者達には、ミミリー嬢の隠しきれていない素直な表情の変化は、有る意味癒し効果を発揮して、密かな人気になっていた。
小動物の様に小柄でちょこまか動く素直で真面目なミミリー嬢は、気難しいと有名な各大臣にも気に入られ、書類を届けに行った帰りに大量の菓子を持って帰ってくる事もしばしば。あの気難しい大臣達が、孫を可愛がる爺の様にミミリー嬢が相手だと相好を崩すとの噂を聞いた時は、執務室に居た全員が衝撃を受けたものだ。
ミミリー嬢は馬に乗るのも得意で、カイエンでさえ敵わぬ程の乗馬技術を持っていて、視察にも同行出来る事が分かり、乗馬の苦手な侍従のダンテが跳ねる程喜んでいた。
ミミリー嬢の仕事は、会談したその場の雰囲気や相手の様子などの些細な変化を記録する事。
男では気付かぬほんの些細な変化で、女性と言うのは相手の思惑や機嫌を読み取ったりしてしまう。
ミミリー嬢の報告書は驚く程的確に相手の機嫌や思考を言い当てていて、会談中でさえ私に合図を送れる程色々な変化を良く見ている。ダンテには出来ない芸当で大変参考になった。秘書官達も参考にするほどなので、思いがけず得難い才能の持ち主を手に入れてしまって驚いた。
執務室を出て会談する時には必ずと言って良い程同行させていたので、噂にはなるだろうと思ってはいたが、仕事上以外の付き合いは一切無かったので、堂々と過ごしていた。
まさか婚約者が邪推して執務室に押し掛けてくるとは思ってもみなかったが。
たった2週間顔を見なかっただけで、言い掛かりを付けて来るとは。
噂の事をあれこれ言っているが、自分の態度に問題が有るとは考えもしない。その傲慢な様子に、以前のしおらしさや勤勉さは影も見えない。
見切りを付ける時期なのかも知れないと覚悟を決めた。
父上と母上に相談の上、婚約の白紙を願い出たところ、即了承されその日の内に、婚約者用に用意されていた部屋の片付けがされた。
のだが、メイドの報告では多数の領収書が見付かり、その宛先が王太子妃宛となっていて、しかもそれが財務部で精算されていた事実が発覚。
すぐさま財務部に調査が入り、王太子妃教育の終わっていない婚約者が使える筈の無い婚約者予算を使われていた事が判明した。
財務大臣を問い質したところ、副大臣の独断で認可が下り、支払いがなされていた。
副大臣は婚約者の叔父に当たり、二人は共謀して婚約者予算を使い込んでいた事が判明。
王家を騙して税金である予算を使い込んでいた罪は重く、副大臣は奴隷に落とされ他国に売り払われ財産は没収、家族は関与が認められなかったので妻の実家に帰された。
婚約者に裏切られた王太子、しかも二度目ともなると外聞が悪く、王太子としての資質も疑われかねないので、婚約者は素行不良の為婚約破棄とされ、筆頭伯爵家だった実家のほぼ全ての財産を慰謝料として支払わせた。
辛うじて爵位は残っているが、維持することは出来ないだろう見込み。
自ら爵位を手放したとなれば、王家には関係の無い話。
騒ぎにはなったが、最近の元婚約者の評判はすこぶる悪く、気分は良くないが笑い話として噂が広まったお陰で、王家の威信に一切傷は付かなかった。
2ヶ月後、父上に呼び出され面会に行くと、珍しく複雑な表情も露に母上と二人で出迎えられた。
無言のまま手渡された手紙を見れば、破格とも言える好条件で大国の姫を娶らないかとの打診。
理由も書いてあり納得はしたものの、父上と母上同様に複雑な顔になったのだろう。
「どうする?お前が決めて良いぞ?」
「………………無視出来ない程の好条件ではありますね」
「ああ、正直迎え入れる事で我が国が得る利は図り知れん。だが子供を生めない王妃と言うのもな」
複雑な顔でうつむく父上と、有らぬ方向を見てため息を吐く母上。
「幸い我が国には、まだ幼くはありますが王子が二人居ます。継承権は彼らに譲れば問題はないでしょう」
「良いのか?」
「本当に良いの?側妃を迎えることにも反対はしないと書いてあるのよ?」
「母上、王妃が望む側妃とはどんな人物ですか?後々の争いの元になる可能性は極力排除した方が賢明です」
父上は歴代の王とも遜色ない能力の持ち主だが、些か好色な気があり、側妃は3人居る。
ランディを生んだ側妃殿は母上とそう年齢は変わらないが、さらに下のまだ幼い弟王子を生んだのは、父上よりも私の方が年齢が近い若い側妃である。
私の言葉に目を逸らす父上に、扇子を握る手に力の入る母上。
「一度お会いして、致命的に相性が合わない場合を除いて、この婚約はお受けしようと思います。その代わり、弟達の教育の見直しをお願い致します。二度とランディのような騒動を起こさぬように、確りとした王太子教育を!」
「わかった」
「レンガストルム、ごめんなさいね、貴方を犠牲にするようで申し訳ないわ」
「いえ。意見を聞いて頂けただけで十分です。国王と王妃として決断するのなら、私の意見など聞かずに即了承の手紙を書いてもおかしくないほどの好条件なのですから。父上と母上として私の意見を聞いて下さったのでしょう?それにいざ会ってみれば、意気投合して仲睦まじい夫婦になれるかもしれないでしょう?」
「あ、ああ、そうだな」
「そう、あってくれたら良いわね」
まだ複雑そうな顔は消えないが、一応笑顔になったので良しとしよう。
半月後に初めて会った大国の姫は、見目麗しく気品に溢れ、聡明な方だった。生まれながらの王族であれば、教養も確かだろうし文句の付けようのない姫だった。
正式な婚約を済ませ、大々的に発表を行い、この国に合わせた王太子妃教育も行われた。
ぎこちなくはあるが度々交流を持ち、次第に自然な笑顔で他愛ない話も出来るようになった。
普段の仕事の話になり、何気なく執務室へ連れていって部下を紹介してみたら、ミミリー嬢がやらかした。
「殿下やべ~でねすか!あったら美人をお嫁さんに出ぎるなんて!殿下は三国一の果報者だべ~」
私達には何時もの態度と思えても、初対面のリューレイア姫には衝撃の出会いだったらしく、ポカンと一瞬呆けた顔をした後に、いきり立つメイド達を他所に、何とリューレイア姫は淑女としては有り得ない爆笑を披露して見せた!
「プフッ、ウ、フフフフフフフ!ウフフ、フフフフフフフ、ごめっ、ごめんなさい、ちょっと!フフフフフフフ」
これには自国から連れてきたメイド達も驚いて固まる程の爆笑をして見せたリューレイア姫。
笑わせた本人はのほほんと姫の綺麗さに見惚れてるし!
その一件が有ってからは、どこかぎこちなかった私とのやり取りも自然なものとなり、雰囲気も柔らかくなった事で、城内でも良い噂が流れ始めた。
父上と母上もとても安心されたようで、リューレイア姫との関係も目に見えて良くなった。