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『大変身プロジェクト』のあれこれ  作者: 眠理葉ねむり
1/3

1:側近のため息

 ああ、どうしてそうなった。


 立派な調度品が揃いながらも、決して豪奢ではない執務室。

 執務机に置いた卓上鏡を眺めていたニールは、文字どおり、頭を抱えていた。


 鏡に映るのはニールの姿ではなく、二十代後半と思しき人間の女性。

 アイシャドウケースと専用チップを握った彼女は、左右が反転した自分の顔をじっと見つめている。

 やがて、彼女は瞬きをして――首を傾げた。

 「何か違う」と、そう言いたげに。


(当たり前だ!)


 その様を見ていたニールがため息を吐く。


 彼女のアイホールにのっぺりと塗られているのは、濃いピンクのラメ入りアイシャドウ。

 こちらが手配したものだから物は悪くないはずだが、その色をアイホール全体に塗って美しく見えるのは「二重かつ余程の美人」か、「奇抜さを演出できる人物」だけだ。


 趣旨上、仕方のないこととはいえ、厄介な女を選んで(、、、)しまった。

 ニールは鏡の前で横線を引く仕草をし、背もたれに身体を預ける。


 さらりと流れる銀色の髪と、両のこめかみから生えた立派なツノ、文句なしに整った彫りの深い顔立ち、美しく着こなした軍服の背を飾る黒い翼。

 ニールは、魔王・ジェイクに仕える側近であり、懐刀でもある男だ。種族は悪魔で、外見は二十代半ばにしか見えないが、既に五百年ほど生きている。


 そんな彼は、今、酷く頭を悩ませていた。


 その原因は、『異世界出身の人間女性を大変身させよう! プロジェクト』。

 略して『大変身プロジェクト』である。


 ここ百年、数多ある異世界の支配者――人間形態生まれの者は王、それ以外は魔王と呼ばれることが多い――の間では、様々なゲーム(、、、)が流行っていた。

 そのうちの一つが「指定した人間を良い方向に変える」というもので、


・特定の条件下にある人間に自信や価値を与える

・ユニークスキルを習得させる


 などの条件を満たした場合、難易度に応じたポイントが得られる仕組みになっている。

 得たポイントは一定期間ごとに集計され、上位十名にランクインした者には「称号」が与えられる。

 たかが称号だが、この称号を得ることは大変な名誉とされ、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。無論、ジェイクにとっても同じである。


 しかし、この百年、ジェイクが称号を得たことは一度もなかった。


 今度こそ、敬愛する主君に称号を。

 そう考えたニールは称号獲得のため、今まで以上に奔走することになったのだが――。


「何故、ああなるのだ……」


 先程まで鏡に映っていた彼女――宮本(みやもと)冴子(さえこ)の化粧を思い出したニールは、再びため息を吐く。


 『大変身プロジェクト』の内容は、その名のとおり「異世界に住む、洗練されていない人間女性を元の世界基準で魅力的に見えるよう磨き上げる」というものである。

 判断基準は、髪や肌の状態、メイクテクニック、服装など、様々。

 開始時からの変貌ぶりが大きく期間が短いほど得られるポイントも多くなるが、「自発的な行動でなければポイントは得られない」という制約が設けられている。


 一見難易度が高そうに見える『大変身プロジェクト』。

 しかし、ニールには秘策があった。

 それは「召喚した人間女性を魔王の花嫁にする」というもの。

 それも、ただの花嫁ではない。

 「〝地味で冴えない人間女性が好み〟で、一般的な人間にとっては大変醜く映る人外魔王の花嫁」である。


 「君は魔王さまの花嫁になるのだ――」


 召喚直後にそう伝え、醜い魔王の姿を見せた上で望んだものすべてを支給しつつ、数か月ほど軟禁生活を送らせる――。

 そうすると、大抵の人間女性は凄まじいスピードで自身を変えようとする。

 「あんな魔王と結婚させられるくらいなら〝婚礼の儀〟が行われる数か月の間に努力して正反対の女になる」というわけである。


 実際、冴子を召喚するまでの三例は、皆、上手くいっていた。

 そして冴子自身も、これまでの三例と同じように、自分の外見を変えようと日々努力していた。

 ――していたのだが、見当違いの努力をしているのですべて徒労に終わっている。


 その原因は、恐らく――。

 いや、間違いなく「知識不足」である。


 これまでに召喚した三人の女性は全員薄化粧だったが、「どうすれば美しく見えるか」という基礎知識を持っていた。

 少しばかり足りない知識があったとしても、ニールが提供する「元の世界の物品取り寄せサービス」を利用し、雑誌などを参考に練習していたのだ。


 だが、冴子の場合、基礎知識が不足している上に、自身に必要な情報源を得ようともしていない。

 どうすればいいのか分からないまま、闇雲に練習をしているのだ。これでは上達するはずもない。


 はっきり言って、宮本冴子は人選ミスだった。

 「今まで上手くいっていたから」と欲を出して、殊更地味な女性を選んだのが間違いだったのだろう。

 それは認めるが――。

 異世界から人間を召喚するのに膨大なエネルギーを必要とする関係上、上手くいかなかったからといって「じゃあ他の人間にします」というわけにはいかない。


 ジェイクの側近として働くようになって早数百年。正直なところ、こんなにも頭が痛いのは初めてだ。

 自分の傲慢さと無能さを思い知ったのも、同じく。


 ああ、不甲斐ない。いっそ首でも刎ねてもらえないものか。

 ニールらしからぬ凹み方をしていると、ノックの音が聞こえた。

 いくら自分が無能でも、部下の前で情けない姿を見せるわけにはいかない。

 ニールは即座に姿勢を正し、懐刀として相応しい声で答える。


「入りたまえ」

「失礼します」


 礼儀正しく一礼して、ニールの部下・ケイが入室する。

 悪魔種でミミズク頭の彼は、先日、高等教育機関を卒業して配属されたばかり。所謂、新米である。

 そんな彼が一大プロジェクトのサポート役――「冴子を影からサポートする世話係」を務めるのだから、大抜擢と言っても差し支えないだろう。


「よく来てくれた」

「もったいないお言葉でございます」


 執務机の前に立ったケイは恐縮したように頭を下げた。

 ジェイクの懐刀であるニールは皆にとって憧れの存在だから、ある意味では当然の反応だろう。


「これから彼女のところに向かうのだったな?」

「はい」

「では、彼女にこれを渡してほしい」


 ニールは机の引き出しから箱を取り出し、ケイに渡す。

 手のひら大のそれは丁寧にラッピングされており、深いブルーのリボンが巻かれていた。


「ニールさま、これは?」

「皇太后さまが使用なさっていた、王室御用達のナイトクリームだ。肌ツヤを良くする効果がある」


 説明した途端、ケイのくちばしから感嘆の声が漏れた。

 黒とオレンジ色の目には「そのような素晴らしいものを人間に?」という感情が浮かんでいる。


(まったく……)


 ニールは内心ため息を吐いた。

 彼には「側仕え」という名目で冴子のサポートに回ってもらうのだ。まずは人間(冴子)に対する考えを改めてもらわなければならない。


「ケイ。彼女は我々の都合で召喚され、何も知らないまま自分磨きを強要されているのだ。敬う心を忘れてはいかんぞ」

「はっ! 申し訳ございません!」

「分かってくれればかまわない。――それと、これは私の判断ミスなのだが、彼女は相当手強そうでな。彼女も努力しているのだが、方向性が間違っているせいでほとんど成果が出ていないのだ」

「……そうなのですか」

「ああ。はっきり言って、出し惜しみをしている場合ではない」


 少なくとも、評判の良いナイトクリームに頼りたくなるくらいには切羽詰まっている。


「そういうわけだから、彼女と接する上で必要なものがあると感じたら遠慮なく申請してくれたまえ。すべて経費で落とす」

「承知しました」

「よろしい。では、早速彼女のもとへ――」


 そう言いかけたニールは、彼女の名前を伝えていないことに気付いた。


「――彼女は、ミヤモトサエコという。魔王さまの花嫁という設定だから『ミヤモトさま』と呼んでくれ」

「ミヤモトさまですね」

「ああ。年齢は二十八歳で、我々換算では寿命の三分の一に届かない程度と考えれば問題ない」

「はっ。……経験の浅い身でございますが、ニールさまのお役に立てるよう最大限努力いたします」

「うむ、頼んだぞ」


 鷹揚に言うニールにケイは頭を下げ、執務室をあとにする。

 重厚なドアが閉まったあと、ニールはぽつりと呟いた。


「頼んだぞ、本当に……」


 冴子に伝えた〝婚礼の儀〟の予定日は二か月後。

 だが、改善が見込めない場合は、何らかの理由をつけて延期せざるを得ないだろう。

 ――たとえそれまでにメイク技術が上がったとしても、肌や髪の状態が良くなければ充分なポイントは得られないのだから。


 広々とした執務室の中、ニールは三度目のため息を吐く。


 ニールは、魔王・ジェイクに仕える側近であり、懐刀でもある男だ。

 そして――上司(ジェイク)部下(ケイ)には決して見せないが、意外と苦労性なのである。





冴子以外「人間」ではありませんが、作中での数え方は「○人」で統一します。

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