1 幸せな結婚式→Fランクダンジョンにハネムーン
それから数カ月後。
大聖堂の祭壇前で、ウェディングドレス姿の妻にふたたびキスをした。
その瞬間、参列者から盛大な拍手が起きる。
「ようやく正式に結婚出来たな、ケイン」
「ああ、エル」
俺の名はケイン。黒髪で二十歳半ば。
妻の名はエル・カーディナル。俺よりも頭一つ分だけ背が低い美人。
色々あって結婚できることになった、冒険者と公爵令嬢のカップルだ。
「エル。腕を」
「あ、ああ……」
俺はエルに腕を貸した。
二人は結婚の誓いを胸に秘めて、ゆっくりと、バラの花びらが散らされたバージンロードを進んでいく。
参列席からは鳴り止まない拍手と祝福の声が上がり、友人らしき女性二人からブーケを渡され、エルは顔を赤くしていた。
そして、聖堂の外に出る。
赤絨毯の最後には一台の馬車――純白のボディに純金の装飾がなされた、豪華なキャリッジが用意されていた。
「さ、トスの時間だ」
馬車前まで来ると、エルはそう言って、ブーケを大きく後ろに投げた。
ブーケは見知らぬ令嬢の腕の中に収まり、周囲に祝福されていた。
「ガータートスはしないのかい?」
「私も生き恥を知った。流石にそこまではしないよ、ケイン」
「そうなんだ。エルも変わったね」
「その言い方は酷いと思うぞ?」
先に馬車に入った俺は、エルがつまづかないよう、つまづいても大丈夫なよう支えながら、中に引き入れた。
内部は四人乗りで、赤い座席には緩衝材が詰め込まれているのかとても柔らかい。
なので、俺とエルはまず、向かい合って座ることにした。
「ケイン、随分と愚直だな?」
「もう待てないのさ」
「ふふ、そうか。私もそうだ」
エルが壁をノックをして御者に出発の合図を出す。
御者は手綱を振るって音を鳴らし、馬車を発進させた。
「さ、楽しもうか。私達の新婚旅行を」
「ああ、新居での生か――え、ハネムーン?」
二人を乗せた馬車は石畳の道を進み、街中を通って行く。
◇
それから一時間後、俺とエルは冒険者の格好に戻っていた。
俺は魔道士用の黒いコートで、エルは初級剣士向けの軽装備――鋼部分を最小限にとどめることで、女性らしいデザインに仕上げた冒険者用の防具服のことだ――を着て、背に儀礼用両手剣を装着していた。
二人の目の前には、もっとも攻略が容易とされるFランクダンジョン、『始まりの迷宮』の入り口が侵入者を待ち構えている。 アーチ型の石門だ。
その奥には晴れやかな草原が広がっていて、最弱モンスターのスライムが生息していた。
「ここ、は」
「どうだケイン。サプライズだ。気に入ったか?」
なお、その迷宮は、俺たちが新婚生活を送る新居――豪邸の敷地内にある。
足元には、かつてギルドや家が建っていただろう、レンガで出来た広場が広がっていた。
「ではお嬢様、後はごゆるりと」
「世話をかけたなセバス」
「恐縮でございます。何かあれば、呼び鈴を鳴らしてお知らせ下さい。では」
俺とエルを着替えさせた老執事とメイドは静かに礼をすると、数名の小間使いを残して去っていった。
エルは手を振って彼らを見送ったあと、再びダンジョンを見た。
「よし、準備万端だな!」
「迷宮が、新居に、どうして……?」
俺の素朴な疑問に、エルはドヤ顔で腕を組みながらこう答えた。
「周辺の土地ごと買って家を建てた!」
「買って建てた!? なんで!?」
「決まっている! 冒険者としてやり直すためだ!」
「……おい、待て! 女は結婚しておしとやかに暮らすんじゃなかったのか!?」
「私は聖騎士だ! 女である前に世界を救う使命がある!」
そんな話は聞いてない。
当然、エルもこちらの話を聞いていない。
腰を僅かにかがめ、体捌きを利用して大剣のロックを外し、抜剣すると、
「いくぞぉぉぉ――!」
「バカ! 剣もまともに振るえない癖にスライムに突っ込むなぁぁぁ――――!」
元気よく、大剣をゴリゴリと引きずりながら走り出した。
彼女がダンジョンに入った途端、敵意に気付いた一体のスライムが触手を生やし、透明な消化液を吐き出す。
それは宙を飛んでエルの胸部に当たると、ジュウゥ、と音を立てて服を溶かし、色白な肌と豊満な胸部を露わにした。
『くっ、服が溶け……!? くっ、殺せ!』
「うぉおおおおおおお――!」
彼女はあわてて胸を隠し、そう叫んだ。
俺は急いで救援に走る。
初投稿です。