俺とエルが初夜を終えるまで
迷宮前でパーティーメンバー二名の葬儀を済ませた俺とエルは、近くの冒険者ギルド出張所で『C級迷宮の攻略完了』と『死傷者リスト』の二つの報告を済ませ、報酬を受け取った。
冒険者活動は自己責任が原則だが、聖女と大賢者の死亡に関しては上に報告せざるを得ないらしく、正式な判断は後に任された。
「少しは延命できたか」
「安心しろケイン、私の家名付きの証言があるんだ。裁判程度どうとでもなる」
「……そうだな」
嫁にすると決めたとはいえ、信用ならないのは秘密だ。
そのあとは、新しい服に着替えたエルと共に、牛乳売りの女性に頼み込んで馬車に乗せてもらい、ガタゴトと揺られながら次の目的地を考えた。
「とりあえず、お前の家に帰るか?」
「いや、実家は私のことなど意に介さないだろう。手紙で十分だ」
「分かった、お前がそう言うなら」
「それよりも、私は『エル』だ。お・ま・え、ではなく。ちゃんと、エル、と呼べ」
「わ、分かった。エル、一緒に支え合おうな」
「あぅ……っ」
「えっ……あっ……」
俺は今言ったことを理解し、つい顔を赤くしてしまう。
相手も少しだけ気恥ずかしいようで、顔を膝に埋めて頬を赤く染めた。
その姿があまりにも可愛くて、健気で、気丈で。ただ『他と比べてまともだから』と勝手に好感度が上がっていただけなのに、何なんだろう、この胸の高鳴りは。
ダメだ、恥ずかしくて相手を見ていられない。
「……おい、どうした? もっと私のそばに寄っていいぞ?」
「お、おい、エル……」
癖で目を背けていると、ギュッと抱き寄せられた。
つい横を見る。上目遣いで見つめられていた。
「ほ、ほんとに、どうした」
「いや、実はな、ケイン。お前には、元々興味があった」
「どういう……!?」
「S級冒険者と特S級冒険者の違いだ。そのちょうど境目に居るお前を知れば、私もなれるんじゃないかという、な」
ほぅ、と熱が冷める。
なんだ、そっち方面か。
純粋に強くなりたい、成り上がりたいと思っているのだろう。
少しだけ余裕ぶった顔で、エルを見つめ返した。
「それを知って、強くなりたいってか?」
「違う。私はお前の嫁だぞ。比喩も知らないのか?」
「……えっ?」
エルは正座をすると、改まってこう言い放った。
「ケイン。私の全てをやるから。お前も、私に全てをくれ」
「は、ひゃい」
両手を前に差し出し、全てを受け入れる体勢だった。
女性慣れしていない俺は、赤面した顔でエルに身を寄せるしかなかった。
「愛してる」
「お、おお、おれも、です」
すると御者の女性、あまりのバカップルぶりに嫌気が差したのか、からかうようにこう漏らす。
「付き合いたての恋人さん。ここはしがない馬車の上ですよ? 結婚の申し入れは協会でやってくんな」
「「す、すみません」」
慌てて体を離し、今度は少しだけ距離を取って座り直した。
お互いに緊張しているが、図らずしもプロポーズが成功したので、安心もしていた。
そこでケインがこうのたまった。
「なぁ、エル」
「なんだ?」
「次の目的地、協会にしないか?」
「そ、そうするか」
二人は意思が揺らがない内に、協会で結婚することにした。
御者の女性はあまりの甘さにくぐもった笑いを漏らすと、真面目に手綱を握り直した。
「アッハハハ、コイツは一大事になっちまったねぇ! 新郎新婦を協会に届けなきゃならないってんだから! ふたりとも、名前は?」
「ケインです」
「え、エルだ」
エルが少し警戒するような素振りを見せる。
俺は慌ててエルを抱きしめた。
女性はこちらを向かずに、こう問いかけた。
「聞いてた感じ、元の家には帰れないんだろ?」
「え、ええ、まぁ。そんな感じです」
「だったら私の村に来な。訳ありでも歓迎するよ。それに協会もある」
顔を見合わせた俺とエルは、他に受け入れてくれる場所は無いと思い、その村で結婚して住むことにした。
◇
案内された村はレンロー村という名で、畜産で生計を立てているようだった。
始めは自分たちの住む土地の開拓から始まり、村人総出で手伝ってもらいながら、その代わりに家畜の世話・乳搾りの仕事を手伝うなど、色々と大変だったが、エルと共に楽しい日々を過ごした。
新居と農地は一ヶ月ほどで完成し、ケイジとエルは小さな協会でようやく式を上げ、正式に夫婦になった。
新しい夫婦が誕生したということで、レンロー村はお祝いムード一色に染まった。
新居前に小さな石碑も造られて、俺たちの名前が刻み込まれた。
恥ずかしいったらありゃしない。
「これが夫婦になった証か」
「ああ。家名はローディス家だ。良い名だろう?」
「うん。賢いなエルは」
「ケイン……」
エルを褒めるために頭を優しく撫でると、相手もこちらに身を寄せ、委ねてきて。
つい我慢できずに、石碑の前でキスをしてしまった。
感情の昂りは最高潮に達し、エルを抱き上げたまま新居に戻って、二人でベッドに突入する――
コンコンコン!
『冒険者ギルドの者です! どなたかいらっしゃいませんか!』
「「!?」」
――その直前に、なんの前触れもなくギルドからの使者が訪れた。
エルが実家の公爵家に出した直筆の手紙――『ケインと共に少し冒険者家業を離れ、レンロー村という地で身を落ち着けます。P.S.サキュバスの呪いで女性になりました』という文で居場所を知り、派遣されたのだろう。
ベッドにエルを残したまま、顔だけ出して対応する。
「呼んだか」
「……この家に住んでいるのが、ケイン様と、エル・カーディナル様で、間違いありませんね?」
「そうだが、何か?」
「まず、先月の迷宮攻略で出た、聖女と大賢者の死亡事件について。当ギルドはケイン様のこれまでの功績と、カーディナル公爵家の……ええと、次女となったエル様の証言と意思を尊重し、事件について『不問』とさせて頂きます。冒険者家業は『自己責任』が原則ですので」
「そりゃありがたい」
エルの家紋の力は思っていたよりも凄かったようだ。
実はずっと怯えていたので助かった。
僅かに安心したところで、中々戻ってこない俺を心配したエルがやってきた。
「ケイン、どうした?」
「いや、ギルドからの言伝だ。エルも聞くか?」
「ああ」
エルは俺の脇にすっぽりと収まり、妻としてその場に残った。
ギルドの職員はパクパクしながら絶句していたが、エルがぺちぺちと頬を叩いたことで正気に戻る。
「その方が、あの、エル様……!?」
「そうだ。……ああ、悪いがもう俺の嫁だぞ」
「えっ!?」
「ちょうど今日、正式にケインの妻になった。よろしくな」
「!?」
職員は再び絶句してしまった。
そりゃ、事情がぶっ飛びすぎて訳が分からないかもしれない。
だけどもこちらからすれば紛れもない事実だし、俺もこの一ヶ月で、エルを思うこの気持ちが本物だと気づけた。
なので『訳が分からないかもしれないが、俺たちは愛し合っている。理解してくれ』と言うしかなかった。
愛情とはそういう物だ。
その後、ようやく思考を整理し終えた職員は、俺に進退を決することを求めた。
契約を続けるか、止めるかの二択だ。
「どうなさいますか? 契約を続けられますか?」
「これからは仕事よりもエルを優先する」
「は、派遣魔道士を止める場合、登録が抹消されますが――」
「構わない」
そう宣言したことで、抹消される代わりに、今まで未払いだった給与が受け取れるようになった。
退職金としてはなかなかの金額だ。
隣のエルはこう言われていた。
「エル様、ギルドからのご連絡です」
「なんだ?」
「性別が変わられた、とのことで、新規登録が必要になりました。ですので冒険者ランクが初期化されます」
「分かった。好きにしろ」
「――わ、分かりました。給与の受け取り、新規登録はレンロー村の北東にある街、ガーランドの冒険者ギルドにてお願いします。では」
最後にそう言い残した職員は、玄関前の柵から縄を外して馬に乗ると、村を出て、街道を北に走っていった。
突然の訪問だったが、良い収穫はあった。
状況としては良くなったのかもしれない。
「エル、部屋に戻ろうか」
「……うん」
ゆっくりと玄関を閉じ、鍵を閉める。
しかしだ、大事な日の夜を、現実をぶつけられることで邪魔されてしまった。
感情の昂りも鳴りを潜めてしまって、少し落胆する。
ベッドに戻り、並んで座ったところで気付かれて、心配された。
「どうした? ケイン」
「いや、いい気分じゃ無くなってね」
「お前は心配性だな」
「エルが陽気屋さんなのさ」
「ならケインに売りつける」
エルは俺の顎を掴むと、クイッと寄せ、優しい口づけをしてくれた。
それだけでは終わらず強引に舌を入れてくる。
長く、短い時間が流れ、二人の舌は解けて、ゆっくりと離れた。
「エル……」
「ケイン、気に病むな。さっきの使者は大方、父上の策略だ。この日を邪魔するためのな」
「どうして分かるんだ?」
「私がこの日をずっと待っていたから。それじゃ、だめか……?」
彼女の言葉でハッと気付かされた。
その時にはもう身を寄せられていて、ついにベッドに押し倒され、また容赦なく唇を奪われる。
一度離れても、何度も何度も、求めるように。
「聞け、ケイン。私たちは、ずっと一緒だ」
「ああ」
「他のことなんて気にするな。ずっと、私だけを見ていろ。じゃないと、寂しい」
「すまない。もう一人にしないよ」
俺はエルを押し倒し返して、共に求め合う、激しい初夜を過ごした。