2 月の姫君の人形<1>
今日もどうぞお楽しみください。
月の離宮に、雪と呼ばれる姫君がいた。
齢十二歳。絹糸のような艶やかな髪に、長い睫毛が影を落とす美しい紅色の目、そして、春の花のように可愛らしく頬を染め、退屈な日々を送っていた。
「そろそろお輿入れのために世の理を学ぶご決断を、と今日も六回も言われたのよ?」
気難しい侍女達に毎日のようにうるさく言われて、もう辟易していた。
世の理とは何?
月に住む民は皆、どこの民よりも賢くて、裕福だ。日々何不自由なく暮らし、他の世界の者など及びもつかない優れた文化や力を持っている。
それなのに今更、どこの何の理を学べと?
まして、ここよりもずっと遅れた、粗暴な民の蔓延る(はびこる)地の世界などで、いったい何の学びがあるというの?
しかし、月の主の許嫁である以上、その理とやらを知らねば、どうしても許されないらしい。どうやら主上は、このままでは月の民は堕落してしまうと杞憂しておられるとか。
「何と心配性な主上でしょう。私は承様と離れたくないというのに」
すると承と呼ばれた、美貌の青年がくすっと微笑む。
「では、私と逃げればよいのです。主上の実の弟である私なら、永遠に雪様を皆から隠し通すことくらい造作もない」
「でも」
承の胸に顔を埋めて、雪はため息を漏らした。
西の離宮に養女に来た十歳の時から、月の主の許嫁になる宿命を架せられた。が、雪が本当に惹かれるのは、一度も姿を見せない、無骨者で心配性と噂の主上ではなく、面白可笑しく遊ぶことが大好きな弟の承の方だ。だから今もこうして、侍女の目を盗んで離宮を訪れる承と、逢瀬を楽しんでいる。
ああ、承様が月の主だったら、どれほど幸せだったことか。まあ、主上の后になっても、こっそり承様と逢瀬を重ねればいいことだから、大した問題じゃないけれど。
でも、承様と離れて地の世界へ行くのだけはどうしても嫌だわ。
とその時、承にいい考えが閃いた。
「そうだ、雪様の人形を作ればよい。御魂を分けた人形なら、何の問題も無いはずだ!」
「人形?」
「そうです。私に全てお任を」
そう言うと、承は慣れた様子で雪と唇を重ねた。
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