種まき
次の日。
朝食は干し肉と缶詰、それにパンである。
缶詰はポチの言うとおりに購入したソーセージ、それに焼き鳥である。
しばらく湯煎。
缶切りのいらないタイプなので手で開ける。
ぱかんといい音がして食材の香りが漂ってくる。
栄養的には野菜が足りない。
でもこの世界の人間はもともと栄養失調気味である。
食事は腹を満たすためのものでしかないのだ。
「やっべ、これうまッ!」
ソーセージを口に入れると深夜のコンビニ前にいそうなヤンキー、ゼットが叫んだ。
少々脂っこいが表面はつるっとして噛むとプツッと弾ける音がする。
肉はぐずっと崩れるほど柔らかい。
だが臭みが全くなく素晴らしい出来だ。
「美味しいですね……」
休日のOLと化したアリッサも焼き鳥缶を食べて同意する。
甘いタレで味付けされた鶏肉。
柔らかくなるまで煮込まれた肉は非常に柔らかい。
フォークで刺すと崩れてしまうほどだ。
トロトロとした食感は「焼いた鳥」ではないが、これはこれで美味である。
もしょもしょと焼きそばパンを味わうセイラもニコニコ顔である。
「とっても美味しいです♪」
するとポチが真剣な顔になる。
「栄養が偏っているな……セイラ、全知全農でサプリメントを買うのだ!」
ピコピコと羽としっぽがゆれる。
セイラはポチを抱っこして膝に乗せると全知全農を喚び出す。
「サプリメント、サプリメント……ありました! ……でも多い」
サプリメントコーナーには食品並に多くの品が並んでいる。
しかも食品よりも表示の意味がわからなかった。
「マルチビタミンを買うのだ」
「チュアブルと錠剤とカプセルがありますが……」
「チュアブルの一番上ので」
1000ポイント消費してマルチビタミンを購入。
スーパーやコンビニでも売っているアルミパックのものが出現する。
「食べておけ。壊血病の予防になる」
「ちょっと待ってください! 壊血病の予防ですって!」
アリッサが声を上げる。
文官の間でも壊血病はよく知られている病気だった。
国でも船乗りの異常なほどの損耗率の高さが問題になっていたほどだ。
「うん? ああ、そうか……外の世界ではまだ原因すらわかってないのか」
もちろんまだこの世界ではビタミンは発見されていない。
「これさえあれば多くの人が助かります! いますぐ島の外に……」
「まだお前らのレベルでは持ち出せぬ。島の外に出したら袋ごと消滅するぞ」
アリッサがふうっとため息をつく。
今は追放されたが一度は中央の文官に就いた身。
アリッサの根底には人々を幸せにしたいという気高い志があるのだ。
「……そうですか」
「まずは農にはげめ。さすればおのずと壊血病の解決策がわかるようになるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ、壊血病は食に関することだからな。それだけではない。いくつかの不治の病を解決する方法もある」
「わかりました! さあ、植えますよ!」
「まだだ」
「え?」
三人がポチを見る。
もう畑は耕したはずだ。
作物を植えてしまえばいいはずだ。
「肥料を撒いて仕上げする。まずは土壌改良材と肥料撒くぞ。堆肥を買うのだ」
「堆肥?」
「牛のう○ちを発酵させて固めたものだ」
「え、ええっと……う○ちですか? そんなの撒いて大丈夫なんですか? それに発酵って?」
「植物にとって微生物が分解した動物の糞は栄養だ」
「また……微生物。精霊みたいなものですか?」
「うむ。召喚魔法で呼び出せぬ精霊がおるだろ?」
セイラが難しい顔になったのでアリッサがフォローする。
「ええっと、腐の精霊や毒の精霊ですね。人間を憎んでいるので召喚魔法には応じないとされる……」
「それが微生物だ。それらは精霊ではなく、小さな生き物が起こす現象だ」
「……大発見じゃないですか! なぜ教えないんですか!」
「お前ら人間が言うな! 神がなに言ってもお前ら人間は聞かないだろが! 言うこと聞いた例がないのじゃ! 教会に神託を授けてもいつもいつも曲解して斜め上の対応しやがるのだ! 天罰落としても全然関係ない人のせいにするし! 神様、怒りを通り越して呆れてたぞ!」
きゃんきゃんとポチが吠える。
神様も苦労を重ねているらしい。
「あ、あー……教会はそこまで腐っていたのですね……」
「いいや、天界ではできた直後から人の話を聞かないので有名だぞ」
「あの……彼らは神の代弁者を名乗っているのですが……」
「詐欺だな」
ポチが言いきった。
腐ったのではなく最初から詐欺団体なのである。
ひどい話である。
さすがにセイラも引きつった笑顔になる。
「やつらは組合員であったことすらない!」
「お、お姉ちゃん。作業しましょう。えっと……」
ごまかした。
「牛糞を購入せよ」
「それで……どれを買えばいいのですか?」
こちらもたくさんある。
「堆肥入り肥料にしておけ。まだ初心者だからな。一応先に言っておくが……硝酸を取り出そうとするなよ」
硝酸と言われてもなにがなんだかわからない。
三人は知らなかったが硝酸アンモニウムや硝酸カリウムから爆発物を作れるのである。
肥料を買うとすぐに出現する。
教会ネタはスルーしていたゼットがナイフで袋を開ける。
ブロードキャスターつきのトラクターが出現するとサクサクと投入していく。
「においはないんですね」
予想に反して肥料は土のにおいしかしない。
「うむ、悪臭の元が土に還っているからな」
セイラはトラクターを操縦する。
あっと言う間に何袋もあった肥料が畑にまかれる。
「さーて、オプションをロータリハロにして耕耘の仕上げするぞ」
オプションを換えると後部ユニットが刃がたくさんついたものに変化した。
「さあ行くのだ!」
ロータリーハロが回転し土を細かく砕き混ぜていく。
耕された農地が広がっていく。
「なあアリッサ、これ普通にやったらどれくらいかかるかな?」
「さあ? でも放棄された村を再開拓するって考えると数年はかかるって資料で見ました」
「だよなあ。さすが神様はんぱねえ。んじゃ、行ってくるわ」
「どこに?」
「偵察。拠点確保したし水も食料もある。元気なうちに島のモンスターや動物の動向を探ってくるわ。こいつも作ったし」
そう言うとゼットは弓を持ち上げて見せる。
「弓まで作れるんですね。どこまで器用なんですか……」
「騎士団で習うんだわ。武器を失った状態で生き残る訓練。職人の作った弓にはかなわないけどね」
そう言って手を振るとゼットは行ってしまった。
ポチがつぶやいた。
「まあレベルも上がっただろうし大丈夫だな」
「レベルって……騎士や冒険者が戦うと上がるっていう……」
この世界ではレベルの概念が存在する。
冒険者や騎士はレベルに応じて職務や部署が決まる。
ただ戦闘職に関連するものなので文官のアリッサにはなじみが薄い。
日本でほとんどの人が武道の黒帯に関心がないのと同じである。
「あー……アリッサ。レベルと言ってみろ」
「あ、はい。レベル」
するとアリッサの目の前に自身のレベルが表示される。
レベルは115と表示されていた。
「はい?」
普通レベルは指揮官クラスでも50以下である。
100まで到達すれば歴史に名が残る英雄も難しくない。
「畑を焼き払っただろ?」
「そういえば雑草と虫を焼き払いましたね」
「あれモンスターなのだ」
「……はい?」
「昔、魔王軍が作物を根絶やしにするために放ったモンスターがいての。それが野生化したのだ。一匹の経験値は極小、だがこの畑だけで数百万匹はいただろうから経験値は数百万程度はあるだろ」
つまり葉っぱの後ろにびっしりついていたハダニまでもモンスターなのである。
アリッサは知らないうちに数百万のモンスターを葬っていたのだ。
「パーティーを組んでいたゼットとセイラもレベルアップしてるぞ。今ならドラゴンとも単騎で戦えるだろうな」
「はいぃッ!?」
「石を拾ってそこの木に投げてみろ」
ポチが指す方向には空き家を半壊させながら成長するクスノキがあった。
アリッサは疑いながら「えいっ!」と石を投げる。
球技などしたことのないヘロヘロフォーム……だが。
ギュンッ!!!
文官でお嬢さま。放たれた石が空気の壁を切り裂きながら突き進む。
ドカンどころかパンッと破裂する音がした。
石はクスノキどころか家ごと粉砕。
今にも崩れそうな空き家は更地になった。
「うそ……」
「石だけでもドラゴンを追い払えるぞ。今なら500年前の魔王軍相手でもいいところまで行くんじゃないか?」
昔話とか神話とか、伝説の世界の話である。
はっきり言ってそこまでの戦闘力は日常生活に必要ない。
島をこっそり抜け出せるようになったら冒険者としてお小遣い稼ぎができるという程度だろう。
「つまりゼットは安全ということですね」
アリッサは深く考えるのをやめた。
「うむ!」
ポチはニコニコしながらしっぽをふりふりしてる。
嘘をついている様子はない。
「ま、あのゴリラは殺しても死ななそうですしね……」
アリッサもたいがいひどいヤツである。
作業を終えたセイラが戻ってくる。
「終わりました!」
「次は小麦の種をまくぞ。まずは種を買うのだ」
セイラは言われたとおり小麦の種を買った。
なお品種の部分は文字化けして読めない。
だが「小麦だしどれも同じだろう」程度に考えていた。
……セイラもアリッサも、もちろんゼットも知らなかった。
その小麦の品種は日本の品種であることを。
王国で栽培される小麦の数倍という多収であることを。
地球で世界で最も人命を救ったと言われる麦の系譜であることを。
超絶チートな品種だったのだ。
当然セイラは知らないので特に驚きもない。
トラクターのオプションで播種機を選択。
サクッとトラクターでまいていく。
ガタガタと音を奏でながらトラクターが小麦の種をまく。
むしろトラクターに興味津々である。
本当の化け物は、今まいている種だというのに。
種まき終了とともにセイラの頭の中で女性の声がした。
『チュートリアル終了。ミッション報酬【水まき用ポンプとシャワー設置】』
「チュートリアル……?」
「聞こえたか。地母神御使い第一席ポチの名においてポンプとシャワーを設置する!」
「ぽちしゃん! ポンプ設置しまーす!」
またもやわんわん軍団が現れる。
天使であるわんこの集団が器用にポンプと散水ホースを設置する。
「川から水を引いた。そこの放水器で水やりできるぞ」
セイラは散水ホースの手元ボタンを押す。すると勢いよく水が出た。
先端はシャワーヘッドになっていて広範囲に水が拡散されていた。
セイラは「うん!」と小さく気合を入れ水をまく。
宙を飛ぶ水滴が太陽の光に照らされ虹ができる。
ポチはセイラの周りではしゃぎ回る。
水をまく少女とわんこの姿にアリッサは鼻血を流していた。