焼きそばパンとショタと反乱と結婚と……やだ盛りだくさん
「さあ、今日もごはんを注文するぞ」
ポイントを確認するとセイラは10万ポイント、ゼットとアリッサには1万ポイントが振り込まれていた。
農業機械のレンタルで使った分を取り返せた形だ。
「さーて晩飯晩飯っと。ポチ、おすすめどれ?」
「そうだな。持ち込んだ食料があるからパンだけ用意するか。セイラ、パンを選ぶのだ」
全知全農からパンを選ぶと様々なパンが表示される。
王国で食べていた黒いパンはないようだ。
「その様子じゃ味がわからないだろう。とりあえず上から適当に注文するがいい」
セイラは人気順の上から適当に注文していく。
焼きそばパン、ミニクリームパン10個入り、カツサンドにサンドイッチ、普通の食パン。
「この冷凍ピザというのは?」
「それはまだ早い。レベルが上がってからにするのだ」
まだ冷凍物は買えないようだ。
とりあえずどれが美味しいのかわからない。
ナイフで切って少しずつ小分けにする。
「おかずは干し肉な。炙るぞ」
ゼットが干し肉を炙って持ってくる。
レッツ試食タイム。
「……うまッ! 焼きそばパンうま!」
三分の一サイズの焼きそばパンを一口で食べたゼットが目を輝かせた。
アリッサもカツサンドに舌鼓を打つ。
「カツサンドも素晴らしい味ですわ!」
セイラはもしょもしょとクリームパンを真剣に食べていた。
「屋敷のデザートよりも美味しいです」
「喜んで貰えてなによりだ。明日からは昼も食べるぞ」
「な、なんだってー! 昼に食べてもいいのかーッ! ……もしかして今、私たちは処刑される前の幻覚を見ているんじゃ……」
ゼットが不吉な事を口走る。
「断じて違う! 栄養不足で動けなくなるから食えって言っているのだ!」
「なんだってー!」
ゼットはすでに神の国の食料の前に陥落していた。くっころ女騎士だった。
「ほ、本当だな! もしかして……な、なにか罪になるのか……?」
「ならない!」
「ひゃっほーい!」
完全に目的が船の獲得から食料の入手に変わってしまった。
それでも農作業は進むのである。
◇
ひたすら「有能だけど雑でだらしないお姉さん」ムーブをしているゼット。
だがそれでも彼女は伯爵家のお嬢さまである。
伯爵家と言えば日本では大名家相当。
当然のように忠誠を誓う家来が多くいる。
もちろんメンツを潰された親も激おこである。
いや裁判すらなく勝手に処刑されたのも同じ。
暗殺ならまだしも勝手に処刑は横暴にもほどがある。
これで反乱の一つもせねば、周辺の諸侯になめられ家の存続すらあやしくなる。
当然のようにどこかの髪型が面白い蛮族集団と同じようにブチ切れていた。
「戦争じゃー! おのれえ、あのチンカス野郎!」
ここまでテンプレ。
槍を持ちブンブン振り回す。
なおチンカス野郎とはゼットにボコボコにされた近衛隊隊長の侯爵のことである。
「殿! 準備整いました」
「ぐははははははー! 待ってろよ侯爵ぅーッ!」
と、やはりどこかの蛮族と同じ展開になったのである。
もうサーロニア王国は完全に戦国時代に突入しようとしていた。
違うのは次からである。
「クライブ! 準備はできてるか!」
「はッ!」
整った顔の茶色い髪の少年が前に出る。
少年や少女という表現は範囲があまりにも広い。
あの怪獣ゼットですら残念なことに美女ではなく美少女である。
だからあえて正確に表現しよう。
クライブはショタだった。
ただし日本で言えば軽く犯罪の小学生ではなく、後期ショタとでも表現しても許されるであろう中学生くらいの少年だった。
アリッサに見つかったら「ゼット……ちょっと家の裏に来い。久々にキレちまったぜ」と言うであろう日焼け美ショタだった。
アリッサは別にショタを愛好しているわけではない。
だが「なんかむかつく」という本音だけは隠せない。
ここで貴族の結婚について触れよう。
セイラは生まれたときから第一王子の婚約者である。
これは政争の結果ではなく、単に上位貴族の持ち回りかつ年齢的に王子にちょうどいい相手だっただけである。
拒否権はない。
セイラだけではない。王子にも拒否権はないのだ。
それを無視したのだからセイラパパには反乱を起こす権利がある。
王子の首を要求するのは当たり前のことなのだ。
ゼットは騎士である。
ちょうどいい年齢になったら将軍相当の役職である近衛隊長から縁談を持ちかけられる。
アリッサは文官である。
やはりこちらもあと三ヶ月くらいで上司のさらに上司の紹介でお見合いが予定されていた。
二人とも拒否権はないが、相手の家柄人格財産すべてに上司が責任を取る。
テキトーに選んで離婚するとなると確実に死人が出る。
だから死人が出る前に上司が仲裁する。
その仲裁は上司の責任において行われるのだ。
ここで仲裁に失敗すると部下の管理能力なしの烙印を押される。役職持ちの腕の見せ所である。
ゼットに胸倉つかまれてボコボコにされた近衛隊長も仲裁に関しては弁護士も裸足で逃げ出すほどの豪腕だ。
誰も損をしない仲裁案を提示し、根気強く説得できる。
貴族として求められる能力はある、誰よりもできる男なのだ。セクハラ親父であるのが残念である。
話を戻そう。
クライブは前に出て大きな声で答えた。
「ゼットお嬢さま奪還部隊準備整いましてございます」
「そうかそうか! 聞くところによるとゼットはとある島に送られたらしい。貴様らには島に潜入してもらう!」
正確には島ではないがそれは重要な事ではなかった。
「は!」
「クライブ、お前がゼットを姉のように慕っているのは知っていた。いや……それ以上か」
クライブの顔が真っ赤に染まる。
クライブはゼットの二つ下。
時代劇的に言えば家老相当役職にある家の次男坊である。
小さいころからゼットとともに育った。
最初は忠誠心だった。
だがその思いは時とともに愛慕に変わっていった。
身も蓋もない言い方をすれば「近所のお姉ちゃんだいしゅき」だったのだ。
クライブ……そいつは見えてる地雷だ。
「……この作戦が成功したらゼットを貴様の嫁にする。頼んだぞ息子よ」
「はッ! 有り難き幸せ!」
クライブは心の中でガッツポーズ。
王国への反乱が起きなければゼットは近衛隊長の差配でてきとうな貴族と結婚しただろう。
それはなくなった。永遠に。
あきらめていた初恋が成就できるのだ。
自然と顔がにやけるクライブ。
それを知らずに伯爵ことゼットパパは腹から声を上げた。
「では我らは出撃するぞ!」
こうして王国は乱世を迎え、戦国時代に突入する……のだが、すべてはゼットの知らないところで進んでいたのである。
そう……焼きそばパンにうつつを抜かしている間に。