トラクター登場
カップ麺でお腹いっぱいになったあと作業を開始する。
食後、なぜか器が消滅した。
ポチは「オーパーツは残せぬのだ」とわけのわからないことをつぶやく。
草を焼き払った三人は石を取り払う作業に入る。
石を拾っては井戸の横に作った石捨て場に捨て、大きなゴミも回収する。
木の根っこや雑草の根もある程度抜く。
それだけで半日が終わってしまう。
「次は土のpHを……ってこれは難しいから省略。とりあえず牡蠣殻を買うのだ」
酸性アルカリ性などの概念は科学の発達が遅れているこの世界の住民には難しい。
消石灰などを扱うにはまだ知識レベルが足りない。怪我をする可能性が高い。
ポチもおいおい教えていけばいいだろうと思った。
セイラは全知全農を喚び出し牡蠣殻を探す。
なぜか有機石灰というものが出てくる。
「有機石灰……? でいいのですか?」
「うむ、それは牡蠣殻を砕いたものだ。安心しろ。全知全農は扱いきれるものしか表示されない」
石灰の種類も難しい。
即効性の石灰は発熱したり目や鼻に接触したら火傷する危険性がある。
量の調整もできないだろう。
まだセイラには扱いが難しいのだ。
扱いきれるものしか置かないのは安全のためである。
石灰はかなり重い袋に入っていた。
ゼットは袋を持ち上げる。
「これを撒けばいいんだな」
「待て、ここは放置された畑だ。一緒に残った雑草の処理もしよう。セイラよ、組合員メニューからトラクターをレンタル……じゃなくて喚び出すのだ」
「組合員……?」
「げふんげふん。こちらの話だ。とにかくトラクターを開け」
なんだかあやしいやりとりの後、全知全農からトラクターを開く。
トラクターはとにかく種類が多い。
「いいから一番上のを使え」
言われるままに選ぶとトラクターが現れる。
かなりゴツイものだった。
5万ポイントが消費される。
「チョッパーを使う。トラクターのオプションからチョッパーを選択せよ」
さらに1万ポイントが消費され爪が刈り刃のついた裁断機に変化する。
回転する刃で根っこを切断するようだ。
セイラは言われるままにトラクターで畑に入りチョッパーを作動させる。
トラクターの動作音が心地いい。セイラは人知れずウキウキしていた。
チョッパーが根っこを切断していく。
やはり燃やしても根っこは残っていたようだ。
しばらくすると畑全体の処理が終わる。
「オプションからブロードキャスターを選択せよ」
ブロードキャスターを選択する。
後部の装備が大きな皿状のものに変化する。
「かわいいです」
セイラがつぶやくとなぜかポチが鼻息を荒くした。
「こんな見た目でも100馬力……馬100頭ほどの力があるぞ! 凄いんだぞ!」
正確には1馬力は馬1頭の力ではない。
馬と言っても種類によって体格も力も違う。
最大仕事率は3馬力にもなる。
あくまで馬力は継続して出せる力なのである。
なお日本が採用する仏馬力によると1馬力は735.5ワットである。
だがこの場合、馬にたとえる方がわかりやすい。
正確である必要もない。
セイラたちもなんとなく納得した。
なおセイラのカワイイはアテにならない。
セイラはパンチパーマのおっさんですらかわいいですませるのだ。
いかついトラクターもセイラには「かわいい」のである。
「さあ、二人は石灰を詰め込むのだ。今回は妾が設定しよう」
ガチャガチャとポチが設定をする。
「これでよし、エンジンをかけろ」
ゼットとアリッサでブロードキャスターの皿に石灰を詰め込みエンジンをかける。
ブロードキャスターのエンジンが唸りを上げる。
ブロードキャスターが移動するたびに石灰がまき散らされていく。
あっと言う間に作業が終わった。
「次はオプションからプラウを選択するのだ」
プラウを選択するとトラクターが変化する。
後部に爪のようなものがついていて強そうだ。
「セイラ、耕すのだ!」
「耕す……ですか?」
「うむ、草は根からも呼吸する。畑を耕し柔らかくすることで呼吸しやすくする。他にも養分を均一にしたり、微生物の繁殖を促進できるのだ! えっへん!」
得意げなポチのしっぽがピコピコ揺れる。
「く、草が呼吸!? それに微生物……とは?」
この世界ではまだ微生物の存在は知られていない。
さらには誰も自然科学の教育を受けていない。
知っているはずがない。
「あ……まだ難しかったか。おいおいわかるようになる! 今は言われたとおり作業するのだ!」
セイラはプラウに乗り込みエンジンをかける。
畑に入り土を耕す。
円盤が回転し土を混ぜていく。
「神の国のゴーレムはすっげーな!」
ゼットはひたすら感心していた。
「端まで来たらプラウを反転させよ!」
セイラが操作するとプラウが反転する。
そのままセイラはターンして畑を耕す。
「なるほど。反転させることでトラクターがターンしなくても後ろに走れば同じ方向に耕せるようになっているのですね」
「うむ」
「あれだけパワーがあるなら雑草焼き払わなくてもよかったんじゃね?」
ゼットが呟く。
「あ、それ私も思いました」
アリッサも同調する。
ポチは額にしわを寄せる。
「壊したらペナルティーがあるのだ……結構高いのだ……」
「あー……そういうこと……」
世知辛い。
すぐに作業は終わりを迎える。
「終わりました!」
「はい、ゴミの撤去」
「またぁ~!」
石や木の残骸や大きな根っこを取り除いていく。
気がついたら夕方になっていた。
結局二日目も作物を植えることはできなかった。
井戸で水浴びをしてると服がボロボロなのに気づいた。
みんな捕まったときから服をかえてなかった。
そろそろ服も限界のためアリッサはポチに相談する。
「ポっちゃん! 服って売ってますか?」
「売ってるぞ」
全知全農を呼びだして服を選択。
日本で言えば北関東のヤンキーが着るようなジャージとシャツが並んでいる。
だがそれすらもこの世界の技術レベルの遙か上を行くものばかりである。
「作業着と普段着を買うがよい。これは無料だ」
とりあえずデザインに差があまりない作業着を選択。
三人分の作業着が出現する。
「なにこれ! 戦闘服で十分通用するじゃん」
「着心地もよろしいですね」
「暖かいです」
もうこれでいいかなあと三人が思ってしまう品質である。
「次は普段着だ。とりあえず初回の支給品だ」
ゼットには綿のシャツと北関東のヤンキーが着てそうな龍の刺繍ワッペンがついたパーカーとジャージの上下セットを渡される。
なおこの世界基準だとダサくない。
むしろ「凄え刺繍が入ってんじゃん! これ高いんじゃね!?」という品である。
アリッサにはキラキラ光るウサギのワッペンジャージ。
セイラは柴犬のワッペンだった。
「もうこれでよくね?」
「いいですわね」
「とても着やすいです!」
満足である。
いやむしろ「こんなにいいものがこの値段!」という感覚である。
ついでに下着もまとめて購入する。
セイラは少女用のスポーツタイプ。
アリッサは普通のもの。
ゼットはサイズが難しく派手なものになってしまった。(一番高い)
なお、具体的なサイズについては言及しない。
これも品質に対して異常に安かった。
こうして着てきた服は化学繊維の前にいらない子になってしまったのである。