それいけ! ヒャッハー軍団!
次の日、支給品の中にあった芋、甘藷を焼いて食べる。
最近になって流通するようになったものだ。
甘くて保存がきくので人気がある。
ゼットが小さな声でつぶやく。
「肉食いたい……」
「そうですね。お魚も欲しいです」
セイラもため息をついた。
アリッサもため息をつく。
「はやく野菜を作らないとねえ」
視線がポチに集まる。
「今日は畑を火焔魔法で焼き払う」
「なんで?」
「害虫と雑草を焼き払う。灰は……土壌を中和し作物の栄養にもなるのだ。えっへん!」
「中和ですか……石灰を使うって書いてありましたけど」
セイラはあらかじめめN●K趣味の園芸を読んでいた。セイラは勉強家なのである。
どこから読めばいいかわからなかったが、とりあえず石灰と肥料を撒いて混ぜるというのは理解できた。
理解力が及ばないのは仕方がない。
趣味の園芸ムックですらこの世界の技術の遙か先を行く学術書なのだ。
この世界では詩と歌、それに楽器に宗教学(男子はこれらにプラスして武芸)こそが教養である。
中和の概念ですら最先端の技術なのである。
さらにお嬢さまたちは庶民が焼き畑を行っていることもよく知らないのである。
「危険だから石灰は禁止。チュートリアルでは危険な作業はなるべく避けるつもりだ」
石灰は多少危険なのである。
知識のない彼女たちにはまだ時期尚早なのだ。
「よくわかりませんが焼いてみましょう。火焔の精霊よ。その焔で燃え上がれ。ファイアボール!」
アリッサが手をかざし詠唱した。
火球が畑に着弾し火柱が上がった。
火は次々と燃え移り畑全体に燃え広がる。
すると三人の頭の中にピコンという音がした。
「ポイントと念じるのだ」
ふふんっとポチが胸を張った。
ポイントと念じるとポイントの残高が視界の隅に表示される。
三人とも20万ポイントであった。
「20万……多いのか少ないのかわかりませんね……」
「そうだな……セイラ、全知全農と唱えよ」
「全知全農」
ショッピングサイト全知全農が開く。
「トップページから『食品』を開くのだ」
セイラが食品と頭の中で唱えると食品カテゴリに切り替わる。
神の国の言葉が書かれた見たこともない調味料が並んでいた。
「カップ麺を開くのだ」
「カップ麺?」
「いいから!」
『カップ麺』のカテゴリを開くと神の国の言葉が書かれた様々な器が表示される。
「好きなものを選べ」
「そう言われてもカップ麺がどのようなものか存じません」
「それもそうだな。じゃあ、わらわが選ぶぞ」
そう言うとポチは尻尾をふりふり揺らしながら画面を操作する。
「今はこれがセール中のようだな。よし、これに決めた」
ポチは赤と黄色のパッケージに星のマークが入った器を選ぶ。
「1544ポイントだ」
ちゃりんと音がした。支払いが完了したようだ。
すると何もない空間からやたら丈夫な紙製の箱が現れた。
紙製の箱には「農協」と書かれて札が貼ってあって「¥1544」と謎の記号と数字が書かれていた。
中にはべっ甲のような素材で作られた器が12個入っていた。
「お湯があれば調理できる便利なものだ」
芋を少々食べただけだ。
まだお腹は減っている。
だが問題があった。
「お湯かー。先に井戸を掃除して鍋をどこかで調達しないとな」
ゼットが残念そうにつぶやく。
軍人は基本的になんでもできる。
ゼットはその中でも特別器用なようである。
「できるぞ」
「なにが」
「井戸の設置。ポイントで」
「いくら?」
「初回サービスで30万ポイント」
「買った! アリッサ、10万貸して!」
「飲み水の確保は重要ですからね」
「あのお姉ちゃん。私も払います」
「セイラちゃんはポイントを取って置いてください。農作業に必要になるかもしれませんから」
ちゃりんと音がし、宵越しの金は持たねえとばかりにゼットのポイントが消滅した。
すると何もない空間から羽の生えた犬の集団が現れる。
アリッサがドバッと鼻血を出した。
「ポチさん、狛犬隊参上しました!」
パグ犬がポチのところにやって来る。
「うむ、井戸の修理とポンプの設置を頼む」
「了解しました! わっせわっせわっせ!」
狛犬隊が飛んでいき井戸が光に包まれる。
するとそこにはピカピカになった井戸が出現した。
しかもポンプまで設置されている。
「工事完了しましたー!」
「うむ、ご苦労」
「じゃあねー!」
そう言って狛犬隊は去って行く。
「ポチ。アリッサが愛らしさににやられて倒れた」
「寝かせてやれ」
アリッサを毛布の上に寝かせる。
さらにサービスでついて来た新品のやかんでお湯を沸かす。
薪はゼットが拾ってきたものだ。
ピーッと笛が鳴る。
「へえ、お湯が沸くと笛が鳴るのか。神の国の道具は便利だね」
ポチの説明にしたがって透明の袋を破って中の丼を出す。
不思議な質感の紙製の蓋を開けると油で揚げた麺と乾燥した具が入っていた。
半分蓋を開けたカップ麺にお湯をそそぐ。
スープの食欲をそそるにおいが漂ってくる。
「三分待つのだ」
そう言ってポチはサービスでついて来たゼンマイ式のキッチンタイマーのダイヤルを回す。
三分後、けたたましくベルが鳴って完成を知らせる。
「食べるのだ」
三人(と一匹)はラーメンフォークでカップ麺を食べる。
ポチも器用にラーメンフォークを使っていた。
「なにこれウマッ!」
ゼットがびっくりする。
「たしかに美味しいですね」
アリッサもびっくりしていた。
「ポチ、美味しいです!」
セイラはニコニコする。
「うむ、神の国ではカップ麺とエナジードリンクで何日も徹夜仕事に励む剛の者が多くいるのだ!」
神の国はたいへんブラックな労働環境であるようだ。
しばし無言になって食べ続ける。
ここしばらくまともな食事をしてなかったのでセイラまでも勢いがあった。
食べ終わると三人はため息をついた。
「……農作業しましょう」
セイラの言葉に二人は無言でうなずいた。
ポチが最後にトドメを刺す。
「神の国のスイーツも取り寄せられるぞ」
「な、なんだってー!」
こうして農作業は船を手に入れるとかのふわふわした目標ではなく、美味しいものが食べたいという現実的な欲望に昇華したのである。
◇
「ちぇすとおおおおおおおおおおおぁッ!」
怪鳥の如き気合が響く。
大剣が都市の外壁を切り裂いた。
ズズズズズ……と唸りを上げながら壁が崩落していく。
崩落する壁を見てゴローはほくそ笑んでいた。
「うちの天使になめ腐ったことしやがった玉なし野郎のお友だちはどこかなあ?」
ゴローの後ろから騎馬軍団が怒声を上げる。
「ヒャッハー! お嬢を辱めたゴミどもに死の鉄槌を!」
「一人残さずぶっ殺してくれる!」
「てめえら覚悟しろよ!」
バルザック家の侵攻は速かった。
まずは隣の男爵家、ラインハルト派貴族の領地に攻め込んだ。
ついさっきまで仲間だったのに問答無用でだ。
普通は戦争状態になる前に抗議文のやりとりが始まるものだが、今回なし。
姫が公の場で名誉を貶められ、身柄を不当に捕らえられた。
それだけで大義名分は充分なのだ。
少なくともゴローちゃんと子分たちの間では。
崩落した壁の内側には驚愕の表情のまま固まる騎士がいた。
「だ・ん・しゃ・く・くーん。あ・そ・び・ま・しょ・う♪」
ゴローは片手で大剣をぶんぶん振り回す。
「ひいいいいいいいいッ! 鬼が来たああああああああああッ!!」
騎士や兵士はそれを見て我先にと逃げ出す。
「ぐははははは! 敵に背中を見せるとは騎士の風上にも置けぬわ! ものども突撃ぃッ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
騎馬軍団が崩落した壁からなだれ込む。
その手には布が巻かれた丸太が。
それを騎馬軍団はブンブン振り回す。
本人たちはふざけているつもりはない。
これはバルザック家名物「手加減棒」である。
城壁すら切り裂く刃物で人を斬ったら死んでしまう。
だから刃のついてない得物で手加減攻撃をするのだ。
そしてある程度の威力があり、入手が容易なのは無加工の丸太である。
本当にそれだけの理由である。
では丸太で攻撃されても人は死ぬのでは?
それの疑問に対するバルザック家の答えは一つ。
丸太で殴られた程度で死ぬ人間はいない。
バルザック領の常識である。
そしてバルザック領以外では通じない常識である。
「や、やめ! ぎゃあああああああああああああッ!」
かきーん!
手加減棒によるホームラン。
「ぎゃあああああああああああああッ!」
「らめえええええええええ!」
「おがあちゃーん!」
あちこちで悲鳴が上がる。
それは一方的な蹂躙だった。
モヒカン集団による都市への攻撃。
それはさぞ悲惨な略奪が始まるであろうと誰もが思っていた。
だがバルザック家一同は器用だった。
その気を読んでいるかの如きセンサー能力にて市民と兵士を選別し兵士だけ攻撃する。
市民に扮してゲリラ戦をしようと考えていた男爵側の企みは潰えたのである。
結局……たった数時間で領都は陥落した。
死者ゼロ。
市民の犠牲ゼロ。軽傷者すらいない。
ただし男爵側兵士の再起不能者多数。
男爵は問答無用で捕縛という戦果に終わる。
そして人質交渉である。
連行された男爵は交渉のテーブルに着く。
その目に下卑た思惑が見え隠れする。
旗下に入るふりをして身代金よりも多くの援助金を掠め取る。
適当なタイミングで裏切って後ろから刺せばいい。
戦争こそ完全敗北なれど交渉で取り返そうという腹づもりだ。
気力は充分。
あとは口八丁手八丁。
と思ったそのときだった。
バサッと羊皮紙の束が男爵の目の前に置かれる。
「これは?」
「男爵殿、お読みくださればお分かりになるかと」
ゴローが満面の笑顔になる。
男爵は恐る恐る書類に目を通す。
そこには男爵の秘密が書かれていた。
「な、ま、待てこれは……」
「それは貴公の財産目録、それに領地の経営状態の帳簿だ。貴公は20年にもわたり国に納める税をごまかしていたようですな」
「い、いや、これは違う! 待て違うんだ!」
男爵の額から冷たい汗がにじみ出る。
脱税は国家への反逆を疑われかねない重罪だ。
多少の漏れはあっても、故意の脱税は絶対に許されない。
今すぐゴローに斬り殺されてもおかしくはない。
それをゴローは事前に調べ上げ、さらなる脅迫の材料にしたのである。
ゴローは蛮族でも脳筋でもなかった。
恐るべき漢だったのだ。
なおこの場合の漢とはヤクザという意味である。
「なんでもいい。我らの旗下に入るか否か。それを聞かせてもらおうか」
もう先ほどとは違う。
旗下に入るふりをして援助させるどころか、もはやバルザックの奴隷になるしかない。
バルザックに貢ぎつくすしか生きる道はない。
男爵にも「お前もともと同じ派閥じゃねえか!」など言いたいことはいろいろあったが、もう主張する機会を失ったのだ。
「き、貴公の旗下に入る……」
男爵は負けを認めた。
ゴローは満面の笑みになった。
「これから我々は義兄弟。ともに悪を倒しましょうぞ」
こうして王国は滅びへと急速に向かっていくことになる。