全知全農
ジェイクと別れた一行は廃墟の港町に到着する。
道の途中には木が植林されていてまるで林のようになっていた。
「へー。ちゃんと防風林が作られているんだな。金かかってるぞこれ」
ゼットがそうつぶやく。
「ゼット詳しいですね」
「攻めるときに邪魔になるからね。にゃははは。騎士はなんでもできるのだ。細かいことはなんもできないけどな!」
「そっちは私でやります」
体育会系と事務系、いいコンビであるようだ。
しばらく歩くと煉瓦の家が見えてくる。
道は雑草で覆われ、戸は自然劣化で斜めになり、屋根には草が生えていた。
セイラとアリッサは呆然とした。
だがゼットは余裕だった。
「よし修理しよう。道具ないか探してくる」
「ゼット、あなた修理なんてできるの?」
「軍人はなんでもできるのだ」
近衛騎士も軍人である。
軍人は戦場に出る訓練をしている。
戦うだけが戦場ではない。
むしろ料理に洗濯に大工仕事など生活に関する仕事がほとんどだ。
テントの設営や柵の設置ができないようでは勤まらない。
ゼットが鼻歌を歌いながら他の建物を物色しに行った。
するとセイラはため息をつく。
「情けないですわ。わたくし何のお役にも立てません」
「いえ、ゼットがおかしいだけですから! セイラ様はでんと構えていらっしゃればいいのです!」
そう言われたがセイラは自分が役に立てぬ現状に焦りを感じていた。
セイラはせめてゴミを片付けようと家の前に立つ。
家の横に朽ちた柵が見える。
畑があった。かなり本格的なものだ。
だがそれも雑草だらけ。いやそれよりも酷い。
あまりに放置されていたため木まで生えていた。
王宮がいつまで物資を送ってくれるかわからない。いずれここも畑に戻さねば。
そう思った瞬間だった。
【畑を入手。現代●業バックナンバーを召喚できるようになりました。功績値を入手しました。功績値は全知全農ショッピングサイトで使用できます。「全知全農」とかけ声をかければ全知全農ショッピングサイトを呼び出すことができます】
「せ、セイラ様! い、今のは……なんですか?」
アリッサがびっくりした顔をしていた。
どうやら神の声が聞こえたらしい。
「わたくしにもわかりません。でも……【全知全農】!」
すると二人の目の前に半透明の薄い壁が現れる。
そこには【全知全農】と書かれている。
【ようこそ全知全農へ! 初回ボーナスとして季節野菜栽培セットを進呈します!】
次の瞬間、二人の足元に物資が出現した。
種、肥料、ジョウロやシャベル。
それは農業の道具だった。
【農業初回セット入手。N●K趣味の園芸バックナンバーを進呈します】
今度はまたもや書籍が出現。
こちらはセイラにしか読めない文字で書かれたものだった。
やたらツヤツヤした素材でまるで本物のような精巧な絵が描かれた書籍である。
「種から育てる野菜……アリッサ様……えっとアリッサお姉ちゃん!」
あまりのことに固まっていたアリッサだがお姉ちゃんと言われ正気に戻る。
「セイラ様、いえセイラちゃん! これは奇跡です! セイラちゃんマジ天使!」
まだ正気ではなかった。
「と、とにかく、食料はどうにかなりそうですね。さっそく植えてみましょう」
「待てーい!」
ヤケに高い声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは犬。
羽の生えた小さな豆柴がそこにいた。
「農業をなめるな人間どもよ!」
てしてしと前足で地団駄を踏む。
「ちゃんと神の書物に目を通すのだ!」
てしてし。
ドバッとアリッサが鼻血を出す。
「キャー♪ かわいいー!」
飛びかかりなで回す。
「おい待て! 首をなでるな! 尻を触るなー! 頬ずりするなー! 肉球のにおいを嗅ぐなああああああ! や、やめ! やめろおおおおおお!」
アリッサは正気に戻るまでもふを堪能したのである。
アリッサが正気に戻った後、豆柴が説明に戻る。
「ええい! わらわは農耕神様の御使いポチであるぞ!」
「お名前言えるの~すごーい!」
「ええーいッ! ひっくり返してお腹をなで回すなー! 聞け! わらわは祝福者を補助するために使わされたのだ。そこのぼーっとした聖女よ。わらわの助言に従い大地を耕すのだ!」
それを聞いてセイラは釈然としない表情になる。
「ええっと、大地って……ここ島ですよね?」
「いいや、ここは大陸だ。ここは神との約束の地。さあ聖女よ! 大地に農の爪痕を残すのだ! ちょ、やめて! お腹にちゅーしないで! やめろー! く、殺せ!」
アリッサになで回されて、ついにポチは尻尾を振った。
なぜかくっころしながら。
「ポチ、どうすればいいの?」
くっころはスルーしてセイラは質問をする。
「まずは魔道書『N●K趣味の園芸』を読むのだ。売るためでなければ充分な情報が載っているだろう! あとは試行錯誤しながら書を読み実践するのだ! 農作業をするごとに功績値が貯まる。功績値は全知全農で道具と交換できる。どうだすごいだろ!」
すでにポチはお股パカーンと押っ広げ尻尾ふりふりしていた。
アリッサは全知全農を指で操作する。
若さゆえかなんとなくであっと言う間に操作を取得した。
全知全農にはありとあらゆるものが並んでいた。
各種種苗、農業資材、大工道具、それに用途不明の奇妙なゴーレムまで。
「ヤ●マー、ヤ●ハ、ク●タ、コ●ツ……なんのゴーレムでしょうか?」
「それを使うのはまだはやい。……と言いたい所だが耕運せねばな。初回サービスということにしておこうかの。出でよバックホー!」
ブンッと光が瞬き大きな爪、グラップルをつけた油圧ショベルが何もない空間から現れる。
下部に無限軌道があり上部に運転席が見える。
「さあ、聖女よ。乗車するがよい。操作方法はわかるはずだ」
「ポチ。聖女って言うのはやめてください。私はセイラです」
「わかったセイラ。はやく乗るのだ!」
ポチは身をよじりアリッサの魔の手から抜け出すと羽でパタパタ飛ぶ。
そのままセイラの背中を押し重機に乗せる。
セイラは重機の操縦席に座る。
下のペダルに足が届かない。
「ポチ。足が届きません」
「大丈夫だ。すぐに最適化される」
本当にすぐに足が届くようになった。
するとセイラの頭の中に操作方法が浮かんでくる。
キーを回しエンジンをかけ操作する。
「す、すごい。あんなに大きなものが動くなんて……」
セイラは畑までバックホーを動かすと操作レバーを操る。
グラップルで木をつかみ引っこ抜く。
まだそれほど大きくなかった木は一発で引き抜かれる。
畑にある木、その全てを引っこ抜く。
作業が終わった頃、鼻歌を歌いながらゼットがやって来る。
「へいへーい屋根の修理終わったよーん。ってなにこれゴーレム!?」
クール系美少女の設定はどこへやら。もう猫を被る気はないようだ。
ヤンキーのまま素直に驚く。
「ぜ、ゼット。ど、どうやらセイラちゃんは本当に聖女のようです……」
「お、おおお、おう。よくわからんがわかった。で、そこのワンコは?」
「私の子です!」
「違う! わらわはポチ、大地を司る農耕神様の御使いである!」
ポチはぴるぴると尻尾を振る。
ゼットはポチを両手で持ち上げる。
「うん、メスか」
「なんなのお前! この無礼者! はなせ! はなせええええええええッ!」
ポチはぐいんぐいんと身をよじるがそのままゼットに抱っこされる。
「おまえ元気いいなあ! あはははは! よし、お姉ちゃんがお芋さんをあげよう」
腰の食料袋から甘藷の干し芋を出すとポチに差し出す。
「神の御使いにこんなものを差し出すとは……くっ殺せ!」
といいながら目をキラキラさせてポチは干し芋をバクバク食べる。
「わらわは懐柔などされんぞ! 心まで思い通りになると思うなよ!」
「もう一本いる」
「うんっ!」
もう懐柔された。
イージーな生き物のようである。
結局、3本貰って満足。
尻尾をふりふりご機嫌である。
「それで……なんだっけ?」
芋を食べ終わったポチをアレッサに渡したゼットが聞いた。
「セイラちゃんは豊穣神様から力をいただいたようです」
「あのゴーレムが!?」
「そうなのだ! 全知全農の力で召喚したのだ!」
ポチがえへんと得意げな顔になった。
「ふーん、じゃあさー、その全知全農ってやつを使えば船を手に入れることができるんじゃね?」
「まさかー、やめてくださいよ。ゼット」
「だよなー。あはははは!」
「あるぞ」
「え?」
「あるぞ。船」
「じゃあ出して」
「装備によって必要ポイント数が変わる。おおよその目安だが漁船で7千万ポイント必要だ」
ローンは存在しないようである。
「ポイントってどう稼ぐんだよ! 」
「農作業をするのだ!」
そのときセイラが降りてきた。セイラが降りると車両はすうっと消えた。
セイラは重機の操縦をしたことで目を輝かせていた。
「最高でした!」
そんなセイラをゼットが持ち上げてくるくる回る。
「あはははははははは! お嬢、船ゲットできるって! この島から脱出できるぞ! やるぞ農作業!」
「ゼット様がんばりましょう!」
「お姉ちゃんでいいぞ!」
「はい、ゼットお姉ちゃん!」
こうして農作業をすることが決まったわけである。
……最後に「そんなに上手くいくのかなあ」とアリッサがつぶやいたが、その声が二人に届くことはなかった。
全農言いたかっただけ