島流し
セイラは目隠しされ、陸路で数日輸送。
港に着くと船に乗せられる。
そのまま10日ほど経過、船を降ろされる。
目隠しを取られると眩しい光で目がくらむ。
長く目隠しをしたせいだろう。
そこは砂浜。砂浜の先には草原が広がっている。さらに先には森が見える。
大きな亀が草を食べ、木の上ではカラフルな小鳥がさえずっていた。
困り果てていると三角帽をつけた若い男が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、食料は数日に一度運んで来る。この道を進んだところにかつて港町だった廃墟がある。そこを寝床にしな。俺たちはもう浜から先に入ることを許されてねえ。荷物の受け渡しもこの浜だ。取りに来てくれ」
「もう? かつて住まわれていたのですか?」
「悪いな。それは言えない。……名乗っておかないと不便だな。俺はジェイク、商船の船長だ。荷物の受け渡しも他の船員には話しかけないで俺を通してくれ。船員はお前さんと言葉を交わすことを許されてない」
王子の仕打ちはやけに執拗だ。
でもそれなら地下牢や塔に閉じ込めておけばいい。
なにか意味があるのだろうか。
だとしたら、あのあまり頭のよろしくない王子の計画とは思えない。
なにか大きなことに巻き込まれている。
セイラは途方に暮れた。
だが現時点でなにもできることはない。受け入れるしかない。
「わかりました」
「なるほど……泣きもせず受け入れるか。根性があって頭もいい。お偉いさんがアンタを恐れるわけだ。なあに、人生にはいいときも悪いときもある。今は我慢のしどころだ」
ジェイクは「今は助けられない。我慢してくれ」と言っている。
どこまで信用できるかわからないが少なくとも敵ではなさそうだ。
とはいえどこに監視があるかわからない。
ジェイクにだって味方と思って余計な事を言ったら「反乱を企んだな! この毒婦!」とかと言いがかりをつけられてその場で斬られかねない。
だからセイラは感情を隠して最小限の言葉を放つ。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
商船という言葉をそのまま信じれば相手は平民。
もっと上からの物言いをしなければならない。
だがセイラはあえて丁寧に接した。
「平民にその口の利き方はよくねえ。もっと偉そうにしてくれ。公爵令嬢なんだろ?」
「もう違います」
すでにセイラは実家からは死んだものとして扱われているだろう。
セイラを切らねば実家の立場が危うい。
情の部分は定かではないが、少なくとも法的には切り捨てられたはず。
そうでなければ熟睡できない。
と、セイラは納得していた。
セイラは実家がすでに騎馬軍団を挙兵したことは知らなかった。
セイラパパも一般的な貴族とはひと味違っていたのだ。
「あー……知らんのか。あ、いや、すまない。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「承知しました」
「だから~敬語ぉ。まあいい。しばらく我慢してくれ。それと二人の侍女がつく。身の回りの世話は二人に頼んでくれ」
ぺこりとセイラは頭を下げる。
すると声が聞こえてくる。
「てんめえええええええッ! 出せ! 出しやがれ! ぶっ殺すぞてめええええええッ! ウキイイイイイイイイイイイイイィッ!」
猛獣を閉じ込めておく檻に入れられて侍女が運ばれて来る。なぜか近衛騎士の軍服姿だ。
だというのに奇声を上げながら檻を揺さぶるその姿はヤンキー。いや、むしろ猿型モンスターを連想させる。
何を隠そうこれが近衛騎士ゼットのなれの果てである。
猿とセイラの目が合った。
「あ、ああん? ……美ロリ。黒髪美ロリキタアアアアアアアアアアアアアァーッ!」
叫ぶなりドカンッと侍女、ゼットが檻を蹴り壊した。
そのまま意味もなくカッコイイスピンをキメて出てくると、王子様然とした表情になり流し目をする。
背景には薔薇の花びらが舞っていた。
その手にはその辺から引き抜いたハマダイコンの花を持っていた。
人類の範疇から逸脱した早業であった。
「お嬢さま。私は元近衛騎士団ゼット・スタローン。あなたを護るために参りました」
その笑みはクールな美女のもの。ハマダイコンの花のせいで台無しである。
役割を演じるのが楽だった学院や近衛騎士団なら道化にならなかっただろう。
それでも突き進むのだからゼットの本質は道化でヤンキーなのである。
ゼットはそのままクール美少女モードでセイラの手を取る。
なおゼットに百合の趣味はない。
単に可愛いものが大好きなだけである。
先ほどの猿状態を見てるせいか冷や汗を流すセイラ。
すると椰子の実が飛んできてゼットの背中に命中する。
「ぎゃんッ!」
「バルザック公爵令嬢セイラ様になにをする! 元近衛騎士ゼット・スタローン!」
仁王立ちするメイド姿の女性。
アリッサ・ヴァイパーである。
「財務省の眼鏡ちゃん? ……ええっとアリッサちゃん?」
また薔薇が。
「触るなゼット! お前はどこでもハーレムを築き腐りおってからに! セイラ様。私はアリッサ・ヴァイパー、セイラ様の身の回りのお世話をさせていただきます。どうか私のことは【お姉ちゃん】とお呼びください」
こっちも濃かった。
「見損なったぞアリッサ! このロリコンがあああああああッ!」
「お前には言われたくないわ! 私は決してロリコンではない! ただ可愛いものが可愛い仕草をしてくれたら、そっと投げ銭をしたい! できればお姉ちゃんって呼ばれたいだけだ!」
要約すると「カワイイ仕草してくれたらスパチャ投げちゃうぞ」である。
アリッサは可愛いものが大好きである。
可愛いものに好かれるかどうかは別として。
実家を超える濃い面々にセイラも口の端がヒクついた。
「え、えええっと。セイラ・バルザックです。公爵家の家人ですが死んだものとして扱われてると思います」
「たぶんそりゃ違うと思うよ」
ゼットは片足をプラプラさせる。
「だってセイラ、あのバイロン一族でしょ? 馬盗まれたって小領主が隣国と戦争して領地奪ってきた鬼のバイロン。あんまりにも暴れるから王が娘を嫁に出して無理矢理親戚にした。あの伝説の。貴族は面子が一番大事。娘をバカにされて大人しくしてるかな?」
すでにゼットは10年来の親友のようななれなれしい態度になっていた。
しかも自分も近衛騎士団の面子を丸ごと潰しておいてこの発言である。
「してないとは……言えないかも」
ジェイクもほのめかしていたのでセイラも少し自信がない。
「ま、島から出られない私たちにはどうにもできないけどねー。んじゃ、行きますかー」
そう言うとゼットは荷物を担ぐ。
アリッサはジェイクに会釈する。
こっちはまだ巨大なネコを背中に背負っているようだ。
「それではジェイク様、失礼いたします。ごきげんよう」
だが今さら繕っても遅い。
ジェイクは「ははっ了解」と笑うとボートに乗って船に戻った。
ハマダイコン
アブラナ科ダイコン属
海岸に自生する大根。
苦くて美味しくない。
花は小さくてかわいい。
花言葉「ずっと待っています」