出荷
玉座の間にその知らせが入ったのは王子が飛び去った直後であった。
「な、なに……? もう一度頼む……」
王は困惑した。
近衛騎士がなにを言っているかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
「は、ラインハルト様が筋肉になって空に飛び去ったと……」
「はっはー! 余を驚かせようというサプライズだな! もー、このこのお茶目さん♪」
王はときおりサプライズがあるくらいには家臣に慕われている。
誕生日のサプライズは毎年恒例の行事である。
どうせ今回もサプライズだと思ったのだ。
だが近衛騎士は青い顔で答えた。
「いえ……それが……複数の目撃情報が」
「あ……あー……えっと大臣ちゃん。バカってこじらせると飛べるんだっけ?」
自分の息子なのに血も涙もない台詞である。
場は冗談交じりのバカ話という雰囲気だったが、大臣は深刻な顔だった。
「建国神話の聖剣の一説を思い出しますな」
「あーあれか。嘘つき聖剣」
「ええ。魔王を倒す力を与えると甘言で釣り、実際は初代国王に呪いをかけたという嘘と偽りの聖剣……初代国王によって何処かに封印されたと建国記にありますが……」
「あー……それな。本当はご先祖様、ムカついて衝動的に城の堀に投げ捨てたらしいぞ。誰も使えないから安心して重りつけてな……って、ガッデム!」
国王が頭を抱えた。
「なんてことだ……バカが嘘つき聖剣と組んでしまった! まだ朽ちてなかったのかあの聖剣……」
大臣が感情を抑えた声で聞く。
「なぜそのことをバカに教えなかったのですか?」
「だってあいつバカだもん! 知ったら力欲しさに堀の大捜索くらいはするぞ! だってバカだもの!」
「恐れながら……殿下は建国神話のことを……?」
「ああ……国産みの神話で挫折した。バカだからな」
国産みは最初の章である。
幼児でも理解できる部分なのである。
いや常識なのである。
貴族どころか平民でも普通に親や教会で習うレベルなのである。
「まさか……ですが、バカが勇者になったとは……?」
「HAHAHAHA! やめろよ大臣ちゃん! まさか……そんな……手を組む可能性はあっても……まさか……」
さすがの国王もだんだん怖くなってくる。
詳しいことはどこにも記されてないが、呪われた聖剣。
呪われてるのに聖剣と言い張ってるのがすでに意味がわからない。
本当に呪われてるなら城の地下で封印されているはずだ。
それをわざわざ堀に放り投げた。
なにか大きな意味があるはずだ……。
と、国王は考えていた。
「ムカついて酔った勢いで放り投げた」と正しい情報を与えられているにもかかわらず。
「呪いの正体を確かめねばなるまい」
呪いの正体は筋肉である。
すでにわかっている。
「御意。もしや……するとバイロン家との婚姻を妨害したのも……」
「聖剣かもしれぬ。あのバカ息子……洗脳されているかもしれぬ」
「な、なんという冷静で的確な判断力なんだ……恐ろしき聖剣の陰謀!」
と、陰謀論をめぐらせていたが、100%純粋にバカ王子の私利私欲による暴走の結果である。
だが国王も大臣も人の子。
王子は歴史上希に見るウルトラバカ。その事実をありのままに受け入れるのは難しかったのである。
そこに現れた聖剣陰謀説。
冷静に却下するには人間は強くなかった。
「聖剣の呪いを解かねば世界が危うい!」
王は拳を握りしめた。
「陛下……もしや伝説の魔王とは聖剣のことなのでは!?」
「な、なんだと!」
二人は勝手に盛り上がった。
話は飛躍し暴走する。
もはや都合の悪いことの責任を押しつけるフリー素材と化した聖剣。
「ラインハルト! 許してくれ! この父が悪かった! すべては魔王の陰謀だったのに! それを信じなかった私が愚かだった」
王は今まさに愚かな結論に飛びついている。
「陛下! 今すぐバイロンに使者を出し、和睦するのです! 今こそ団結すべき時です!」
「使者を出すのだ! 許さぬぞ魔王!」
こうしてなんだか二人で盛り上がってしまった。
ただこの二人は国の偉い人である。
そう偉い人が血迷っちゃったのである。
一方、島。
褐色ショタが荷物を運んでいた。
その側にはヤンキー柄ジャージのゼットが佇む。
「いいかゼット! ちゃんとご飯食べないとダメだぞ」
「大丈夫。大丈夫。軍人はなんでもできるのよって、お前も軍人だから知ってるわな」
「荷物運んだら、みんな連れてすぐ帰ってくるからな!」
「いいっていいって、どうがんばったって次は三ヶ月後だろ。農業やりながら待ってるよ」
「お、オレ、帰ってきたら、お前を嫁に……」
「ギャハハハハ! ナイスジョーク! クライブはこう……清楚系の嫁がいいんじゃね!」
ゼットはバンバンと背中を叩く。
その背中にアリッサが「ドゴンッ!」とドロップキックをお見舞いする。
「いっで! なにすんじゃい!」
「お前には人の心がないのかーッ! ショタが! ショタが泣いてるぞ!」
「え、なにキレてんの!? ちょ、意味わかんねえんですけど!」
「うがー! だーかーらー! なんもわかってないよこのゴリラ!」
「ご、ゴリラ! おま、軍人にゴリラはほめ言葉やろ!」
「そうじゃねえだろおおおおおおおおおッ!」
不毛な言い争いがこだまし、クライブは砂浜を棒で突いていた。
それを横目で見ながらセイラはジェイクと話す。
「お嬢、なるべくはやく帰ってくる。その間、二人を頼む」
「はい! ……あーでもクライブさんはここに置いて行った方が……」
「あー……俺もそう思うんだが、ゼットの実家と繋ぎをつけられるのはクライブだけなんだ。なんでも秘密の符丁があるとかなんとか……」
これでもクライブはゼットの婿候補。
斥候や隠密活動もこなす超有能ショタなのである。
そのままジェイクはいじけるクライブを担いでボートに乗せる。
ボートには荷物が載せられていた。
収穫しポチによる検疫を通った物品である。
「セイラお嬢ちゃん! 待っててくれ! 必ず助けに戻る!」
セイラたちは手を振って送り出す。
そのとき頭の中で声が響いた。
【出荷を確認。全知全農のアップグレードをします】
「なんだろう?」
と首をかしげるセイラにポチがほほ笑んだ。




