料理担当
セイラがお散歩から帰るとゼットとアリッサが朝食を作っていた。
二人は上下スウェット姿。
ヤンキー仕様キラキラ糸の昇り竜が背中に光るゼット。
アリッサはかわいいネコ柄。
セイラはアニメ柄のイヌのパーカーにシャツ。下はジャージに靴は散歩用のスニーカー。
コンビニに買いものに来た中学生スタイルである。
家に帰るとゼットがアリッサに料理を教えていた。
と言っても騎士団式の肉焼きである。
「アリッサお姉ちゃん……どうしたんですか?」
「いえ……セイラちゃんは農業。ゼットはなんでもできる……私の存在意義ってなにかなと思いまして……」
仄暗い目である。
官僚としてエリート街道を駆け抜けていたアリッサはゆっくりすることができないのだ。
哀れ社畜ならぬ公畜である。
「せ、せめて本……本があれば……」
本やマニュアルさえあればなんでもできる。
それがアリッサである。
するとポチが答える。
「あるぞ」
「え?」
「全知全農にあるぞ。本。包丁の使い方から解説するやつ」
「買ったーッ!!!」
「包丁も買うぞー」
本はまるでその場面を切り取ったかのように精密な絵で詳しく解説されていた。
包丁は傷一つなく。くっつき防止の穴が空いている物だった。
ゼットは包丁を見ると手に取る。
「なんだこれ! 騎士団支給品のナイフよりずっといいぞ!」
お値段1296ポイント。
材質はステンレス鋼。
圧倒的酸耐性。
現代工業の規格品。
この世界には存在しない刃物であった。
騎士団支給品のナイフだって悪いものではない。
むしろ上質な部類だ。
オリハルコンだのミスリルだの魔剣だの聖剣だのが存在する世界である。
この最高品質はこの世界の方がやや上位だろう。
だが製造される刃物の平均性能ではこの世界の刃物は神の国の足元にも及ばない。
むしろ単純な切れ味であれば神の国の方が上だろう。
包丁一つとってもあり得ないほどの高品質な品だった。
「鍋のときも思ったけど神の国すげえ……」
「わ、私のですからね!」
「ポチ! 私にもくれ! できれば剣!」
「ないぞ」
「なぜだー!」
「許可がないのだ! ナイフと斧と包丁くらいしかない! 農作業で農業レベルが上がれば散弾銃の販売許可が下りる!」
「じゃあ全部ちょうだい!」
全知全農から適当な物を選ぶ。
ナイフにナタに斧、それに包丁である。
ナイフはサバイバルナイフ。
斧はキャンプ用の手斧。
包丁はなるべく大きなものである。
「ねえねえ! ちょっとー、これすっげー! 何層あるんだよ!」
それでもゼットは大興奮。
刃物の良さがわかる騎士である。
「うわーお! このレベルの刃物じゃちゃんとした砥石買わないとー!」
ゼットがぴょんぴょん跳ねて砥石を頼む。
「ひゃっほーい! 砥石の方が刃物より高ーい!」
それでもゼットは満足げだ。
セイラはついでにペット用品を頼む。
「えーっと、あった!」
骨を注文。
一つ取りだしてポチに渡す。
「お疲れ様です。いつもありがとう」
「セイラああああああああああああああッ!」
ひしっとポチがセイラの胸に飛び込んでしがみつく。
なかなか美しい光景である。
すると下にいたラクエルが「お座り」をする。
そのまま目を輝かせてじっと見つめる。
もう笑うしかない。
「はいはい。ポチお姉ちゃんが一つくれるって」
そう言ってセイラはポチに骨をもう一本渡す。
ポチはするする下に降りてラクエルに骨を差し出す。
「ほら、あげる」
「お姉ちゃん大好き!」
ひしっとラクエルがポチに抱きついた。
調子にのったポチが吠える。
「わうわうわうー! ぐはははは! 妾を讃えるのだ! ラクエルは大事な妹だからな! 妹だからな!」
「そう言えばアリッサお姉ちゃんが静かだけど……」
そこには鼻血を出してダウンするアリッサの姿が。
「と、尊死してる!」
死んでない。
「アリッサが死んでしまったー!」
違う。
「アリッサお姉ちゃん。起きて起きて。鍋煮えてるよ」
「ふんが!」
アリッサが小芝居をやめて飛び起きる。
こうしてアリッサが料理担当になったのである。
◇
別の日の取ってこいの最中。
木の中に作った魔王軍前線基地。
数兆を軽く超えるハダニ、アブラムシなどの最強部隊が常駐する魔王軍屈指の基地である。
その中央に偉そうに草に座るコガネムシがいた。
100万の兵を束ねる将軍。ボジゼである。
名前は適当に自分でつけた。
ボジゼは草で作った煙草を吹かし下を睨み付けた。
「全滅……だと?」
ボジゼが睨み付けたその先にいるのはテントウムシ。
ただし星の数が多いテントウムシダマシ。
草食性の農業害虫である。
「は、人間が火を放ちました。火計と思われます」
人間と言っているが彼らは人間とあまりにもサイズが違う。
そのため人間と災害の区別はつかない。
ただ政治的に「人間による攻撃」とさえ言えば、どんな致命的な失態も許される文化だった。
「そうか。とうとう全面戦争が始まったか……」
ボジゼは目を細めた。
「ならばこの日のために地獄の訓練をくぐり抜けた貴様らの力を見せるのだ!」
「はっ!」
と、よくわからない方向に盛り上がった次の瞬間。
ドタドタドタドタと地鳴りがした。
「な、なんだ! 大地が揺れている!」
「に、人間の襲撃だーッ!」
すぐにテントウムシダマシが警報を鳴らす。
兵士たちは戦闘を開始せんと集結する。
「うおおおおおおおおおおお!」
その練度は魔王軍でも屈指のものだった。
だが……敵はあまりにも大きすぎた。
「な、名を名乗……ぐあああああああああッ!」
「部隊が全滅した!」
「メディーック! メディーッぐあああああああああッ!」
それは大きな大きな物体だった。
大きな手足で荒れ果てた畑を爆走する。
目を輝かせて上を向いていた。
ラクエルである。
ラクエルはよそ見したまま魔王軍を踏み潰し、基地に激突する。どっごーん!
蟻塚にぶち当たり粉々にした後、その足は基地に迫った。
ぷち。
「将軍閣下ああああああああああッ!」
基地はラクエルに踏み潰される。
将軍は基地の下敷きになった。
他の多くの兵たちも基地と命運をともにした。
「ぐ、人間どもめ! 必ず駆逐してやる!」
幸運にも命拾いしたテントウムシダマシは復讐を誓い撤退した。
彼ら害虫はドラゴンと人間の見分けはつかない。
人間など一度も見たことがないからだ。
都合が悪いことはすべて人間の仕業。
今までそれですべてよかったのだ。社会はまわっていたのだ!
だがそれもここまでだった。
魔王軍基地が一つ壊滅したのである。




