お散歩ラクエル
ラクエルが組合に加入した。
食べ物はなんでもいいらしい。
缶詰と肉を一緒に食べる。
食べ終わるとゼットは布巾でラクエルの口を拭く。
当然ながら一番面倒見がいいのは体育会系のゼットである。
一番反対していた人が一番かわいがる。
よくあることである。
夕食後、ゼットは自分は適当な毛布に寝っ転がっているのに、即座に小型犬サイズのアニマルクッションを購入。
さらに寄りそうための犬用ぬいぐるみも購入。
それらを床に置く。
すぐにラクエルは寝床の匂いを嗅ぐ。
ふんふんと確認するところんと丸まった。
「よし寝床も確保したな。寝るぞー」
そのまま就寝。
なるべく燃料は使わない。
せっかくの神の世界の農学書もすでに三日お預けである。
寝っ転がるとモゾモゾと音がする。
ラクエルである。
まずはセイラのところに来る。セイラとくっつく。体温が高くて暑い。
次にアリッサの腕を枕にするがなにか違う。冷え性のアリッサはちょっと寒い。
今度はアリッサが抱っこしてたポチにくっつく。
やはりなにか違う。
最後にゼットの太ももを枕にする。
ちょっと高すぎたらしい。
「んー……ラクエル……こっちおいで」
言われるまま近づき、そのまま脇にピタッとくっつく。
そのまますうすうと寝息を立てた。
そして日が昇る前にもう一度起きて今度はアリッサのもとへ。
体温が高いゼットから体温の低いアリッサへくっつく。
ひんやり。
ラクエルは満足である。
次の日。
ラクエルは起きるとゼットをぽんぽん叩く。
「朝ですよー!」
「んんんんーまだー」
次にアリッサ。
「朝ですよー!」
「……はい。寝ましょう」
抱っこされるが身をよじって脱出。
今度はセイラへ。
……と思ったらすでにセイラは起きて畑で作業していた。ポチも一緒だ。
育苗中の種にジョウロで水をまく。
終わると麦畑に行ってポンプで水をまく。
そんなセイラを見つけてラクエルはニコニコ顔で走っていく。
「セイラお姉ちゃーん!」
「あ、ラクエル。おはようございます」
ラクエルはセイラの足元をグルグル回る。
さらに足と足の間を通って八の字に回る。
最後にごろんと横になってお股パカー。
いわゆるへそ天状態である。
セイラはしゃがみ込んでお腹をなでる。
「ひゃああああああん♪」
ラクエルは身をよじって大喜び。
さらになでまくる。
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。
「はい終わり」
「はーい!」
しばらくなでなでを堪能して終了。
後片付けしてポチとラクエルとお散歩。
ゼットによると村の外は危ないらしい。
廃墟になった村の柵の内側を歩く。
しばらく歩くと広場があった。
石畳の隙間から雑草が生い茂りいまや見る影もない。
よく見ると木まで生えている。
「あ、そうだ!」
セイラは全知全農を開く。
なにか毬のようなものがあればと思ったのだ。
ボールを検索するとペット用品のゴムボールを見つけた。
即購入。
笛がついていてくわえると「ぷきゅー」と鳴る。
ボールが出現するとパッケージを破いてラクエルとポチに見せる。
ラクエルは素直に目を輝かせ、ポチは横目でボールを見る。
だけど「ぱふぉ!」と鳴らすとポチもボールに目を輝かせる。
ラクエルはお尻としっぽをふりふりする。
「取ってこい!」
ぶんっ!
へろへろフォームからボールが放たれる。
レベル100オーバー。貴族のお嬢さまとは思えない強肩から放たれた剛速球が飛んでいく。
遠くに遠くに。
それを追うラクエルとポチ。
「がうがうがうがうがうッ!」
「にゃあああああああんッ!」
ポチがうなりラクエルがネコっぽく鳴いた。
ラクエルがリードするがポチはボールを追い越すと空に飛んでキャッチした。
着地をするとそのままセイラの所に走る。
ラクエルも全速力でポチの後を追う。
そしてポチはセイラの所に戻ってくると……ぽろっとボールを落とした。
正気に戻ったのだ。
「つい……遊んでしまった……く、殺せ!」
そう言うとごろんと地べたに横になった。
しっぽは股間に挟まっていた。
完全にスねている。
騎士でもないのにくっころである。
くっころ大魔王である。
ポチがやる気をなくしたのとは反対にラクエルは「投げろ投げろ」と目を輝かす。
「はいッ!」
ぶんっ!
セイラの投球。
バキバキと木をなぎ倒しながらラクエルがボールを追う。
さすがはドラゴン。傷一つついてない。
「にゃーんッ!」
そのままボールをキャッチ!
途中、大きな蟻塚らしきものを跳ね飛ばし粉砕する。
レベルが上がったのはきっと気のせいだ。
ラクエルはぷきゅぷきゅ鳴らしながらドタドタとセイラの方へ走ってくる。
「おいで!」
ぷきゅー!
ラクエルはセイラの胸に飛び込む。
木をなぎ倒した勢いそのままで。
セイラはラクエルのダイビングヘッドバットを優しくキャッチ。
そのまま赤ちゃん抱っこ。
ぷきゅぷきゅぷきゅー!
一見すると平和そのもの。
だけど実際はレベル100オーバーの壮絶な遊びが終わる。
常人なら邪竜の突進を受け止められるはずがない。
だがセイラはふんわりと受け止めた。
「いい子いい子。取ってこいできたねー♪」
ぷきゅぷきゅぷきゅー!
しっぽを大きくふりながらラクエルはボールを鳴らす。
鼻から「ぶふー」という音が聞こえる。
表情も得意げだ。
「帰ろっか」
ぷきゅー!
大きくボールが鳴った。
◇
そんな三人を見つめるものがいた。
猪である。
ただし魔王軍作物絶滅遊撃部隊に所属する猪である。
類い希な体格、筋力と速力を持った最強の猪である。
貴族の令嬢如き、片足でひねることも容易いだろう。
だが……いまその猪は恐怖に震えていた。
足はガクガク。歯はガチガチ鳴る。気分は悪いを通り越して気持ち悪くなってくる。おえってする。
「(無理だわー。絶対無理だわー。なにあの強さ。俺強いからわかるもん。あれレベル100超えてるわー。どんだけ鍛えてんだよ。なにあいつ引くわー。つうか遊んでるの邪竜じゃね? あんな巻き込まれたらひき肉にされるわー。気づかれないうちに帰ろ! うん、帰ろ!)」
猪はそのまま逃げ出した。気づかれないように。
どうか二度と遭遇しませんように!
こうして猪は森の奥に消えていったのである。
ゼットという死亡フラグ満載の生き物による奥地探検が迫っていたことは猪には知りようもなかった。




