新たな組合員
ポチが次の作業を説明する。
「先に耕してしまったが、次に種の育成をするぞ。全知全農で苗のセルトレイを買うのだ」
セイラは言われたとおりセルトレイを購入。
セルトレイは黒いべっ甲や琥珀のようなつるつるして軽い素材でできていた。
さぞや高価な物に違いないと三人は判断。壊さないように慎重に運ぶ。
まだこの世界には合成樹脂は存在しないのである。
素材がわからないのも無理はない。
ついでに種まき用土も購入する。
「次は種だな」
どうやらポチは初心者に種から育成させるつもりのようだ。
「ナスにトマトにキュウリにトウモロコシに……サービスなのだ!」
ポチはぽんぽん種を出していく。
それも三人には聞いたことのない作物だ。
そう言えば最初にもらった種もまいてない。
「サンドイッチに入ってた野菜だ。美味しかっただろ」
と押し切られ未知の植物を栽培することに。
種はやたらつるつるした紙の袋に入っていた。
神の言葉で製造元XXX種苗と書かれている。
どうやら製造元は検閲対象のようである。
紙を手で破いて中を見るとぎっしり種がつまっていた。
それを見て三人は真顔になる。
「もしかしてこれを……」
「このセルトレイに土を入れ水をまく。次に種をまく。種を三つ入れるのだ。そうすれば一つくらいは芽が出るからな」
三人で小さな種をセルトレイに入れた土にまく。
トマトやキュウリは三粒ずつ。
非常に細かい作業である。
ちまちまちまちまちま……。
「うがああああああああああッ! めんどくせええええええええええッ!」
ゼット脱落。
セイラも目がぐるぐるしてくる。
だがアリッサはこういう細かい作業に適性があった。
ちまちまちまちまちま作業を進める。
ポチは腕を組んでうんうんとうなずく。
「すまんの。全自動野菜播種機もあるのだが、まだ使用許可が下りぬ。早くて収穫後だな」
これにはゼットが意外な反応をした。
「わかってるよポチ。これすら私たちには早すぎる技術なんだろ? 島の外の農民はこれの何倍も苦労してる。これでも簡単すぎて笑えるってくらいなんだろうよ」
アリッサもセイラもうなずいた。
「ずいぶん物わかりがいいの……」
「全知全農で扱ってる食料を考えればわかるっての。あんなのが世に出たら戦争の概念が変わるわ!」
たしかに缶詰の知識だけでも食料の長期保存が可能になり死亡率は減少。
無尽蔵の補給が可能になり、小国が覇権国家になることすら可能だろう。
それがわかるゼットはなんだかんだで優秀である。
「伝説の魔王軍と戦うのは武門の誉れってやつよ。お仕事がんばっちゃうぞーい」
そう言うとゼットも作業に戻る。
無言のまま数時間。種まきが終わった。
ジョウロを全知全農で購入。
種に土を被せ水をまいて終了。
「最後に乾燥を防ぐためにこれを被せておくのだ」
ポチが文字が書かれた紙を渡す。
また神の国の文字だ。
「……農業新聞……食糧不足に。サバクトビバッタ……国連が……」
それは新聞だった。
羊皮紙とは異なる薄い紙に文字と驚くほど精密な絵がびっしり書込まれている。
神の国の文字を読むことのできるセイラの能力でも虫食い状になって完全にはわからない。
「読む必要ない。上に被せよ」
言われたとおり上に被せる。
作業が終わると夕陽が三人を照らしていた。
「ふう……汗でベタベタですね……」
セイラがTシャツをパタパタした。
「井戸で水浴びでもするか」
井戸で水浴びして着替える。
そのまま家に入ろうとしたときそれは起こった。
【じゃじゃじゃーん!】
突如として頭の中に壮大な音楽が鳴った。
「な、なんですか!」
セイラは目をぐるぐるさせポチを守るように抱え込んでその場にうずくまった。
アリッサはとりあえず結界を発動。
ゼットは手持ちのナイフを抜いた。
青い顔をしたゼットの額には汗が浮かんでいた。
「なにか来る!」
バッサバッサと音がした。
「空です!」
夕陽に照らされたそれは空から来襲した。
蝙蝠の如き羽根を持つ漆黒の竜。
謎の脳内BGMと威圧感は竜によるものだった。
そう伝説の邪竜が襲来したのだ!
「にんげんどもよ? われにひれふせ?」
甲高く幼い声。その声はまさに女児のものだった。
漆黒の邪竜の大きさはポチと同じくらい。
その姿を見た三人の脳内にクエスチョンマークが浮かんだ。
邪竜は井戸の近くにちょこんと着陸すると三人を見据えた。
その顔は「ほめてほめて!」と言っているようだった。
しかも、しっぽがピコピコ揺れている。
その姿はドラゴンと言うよりはコアラに近い。
アリッサは無言で邪竜の横に歩く。
そして胴に手を回し抱っこした。
「アリッサ! 元のところに放してあげなさい!」
「やだー! ゼットー! ドラゴンうちの子にするーッ!」
ゼットとアリッサが不毛な言い争いをした。
アリッサは完全に幼児退行している。
「うっわ壊れやがった! アリッサ! 言うこと聞かないとおやつ抜きよ!」
「やだー! ままー! お手伝いするからー! うちの子にするーッ!」
よくわからずに邪竜はピルピルとしっぽをふった。
「あなた誰? 私はセイラです」
セイラは邪竜に声をかける。
「あい! あの山に住んでいる偉大な邪竜なのー!」
「お父さんとお母さんは?」
「いないー!」
「そっかー」
話しながらセイラは全知全農からペットフードを開く。
「お肉好き?」
「たぶん大好きー!」
セイラはラブラドールレトリバー印のササミジャーキーを購入。
パッケージを開けてジャーキーを差し出す。
くんくんとにおいを嗅いでから邪竜はパクンとジャーキーを口に入れた。
バリバリバリごくん。
わずか三口で食べられてしまった。
邪竜はキラキラ目を輝かす。
前足をセイラの手に乗っけて「もう一つくだしゃい」と目で訴える。
「お名前は?」
「らくえる!」
ジャーキーをもう一つ差し出す。
もぐもぐ。目キラキラ。
「どうしてここに来たの?」
「あのね! 卵から出て目が開いたから食べ物探しに来たの! 美味しそうなにおいがしたの!」
どうやら卵から孵ったばかりの雛が食べ物に釣られてやって来たようだ。
「お芋好き?」
「食べたことないの♪」
全知全農で同じ会社の犬用さつまいもスライスを購入。
パッケージを開けて差し出す。
ぱくん!
「おいちー!」
むしゃむしゃ。
すると先ほどまでの壮大なBGMはどこへやら。
風の音とアリッサとゼットの不毛なやりとりだけが聞こえてくる。
「そっかー。おうちは?」
「おうち崩れてなくなっちゃったのー!」
「そっかー。うちに来る?」
セイラの中ではすでに決定事項である。
「うん!」
ポチが渋い顔をしてブツブツつぶやく。
「封印されし邪竜が出現するとは……計画に狂いが……こうなっては農協復活の大願が……」
卵から出たばかりなのに封印。
明らかに様子がおかしい。
ところがセイラはぼやきなど気にもとめない。
「ポチ。ラクエルちゃんお願いしますね」
「え? お願いって? え? 住むの!?」
「はいラクエルちゃん。この娘がポチお姉ちゃんですよ」
「あい! ポチお姉ちゃん!」
ラクエルは満面の笑みでニコニコ。しっぽもぶんぶん。
「あ、いや、その……よろしくなラクエル」
「あい!」
「ごあいさつできたね。いい子いい子。いま抱っこしてるのがアリッサお姉ちゃん。そちらはゼットお姉ちゃん」
「はーい!」
どうやら邪竜というわりに良い子のようである。
「アリッサお姉ちゃん。抱っこさせて」
「あ、うん。はい」
セイラはラクエルを受け取って抱っこする。
お腹を下に向けたお犬様抱っこではなく、お腹を上に向けた赤ちゃん抱っこである。
セイラはアリッサの代わりにラクエルを抱っこする。
ポチよりも少し軽い。
指を顔の近くに出すとペロペロと指をなめた。
かみ癖はないようだ。
ラクエルはしっぽをぴるぴる揺らす。
お腹をなでるとニコニコ顔で激しくしっぽを揺らした。
「ゼットお姉ちゃん! この子、ラクエルです!」
「ラクエルです! よろしくです!」
ゼットとラクエルの目が合った。
セットの額に汗がにじむ。
「やめろよー……目が合っちゃったじゃないか……そんなくりくりの目で見つめられたら……」
じぃー。
「や、やめろ! そんな目で……」
じぃー。
「あああああーッ! もーッ! わかったよ! 一緒に住むぞ!」
実はゼットの実家にはイヌが三匹、ネコも二匹いる。
どれもゼットが家の近くで拾ってきた子である。
つまりゼットは子ネコとか子イヌを拾ってくる系ヤンキーなのである。
雨の日に濡れたネコを保護しちゃう系ヤンキーなのだ!
結局連れ帰ることになり新たな組合員が加わったわけである。
少しだけポチは釈然としなかったという




