進撃の人類
釈然としないが夕飯になった。
ポチは「明日になればわかる」と繰り返した。
ゼットとアリッサは猪の解体をする。
セイラはポチに教わって全知全農からトラクターをレンタルしロープで猪を牽引する。
大きな木に吊るし、ゼットとアリッサで血抜きをする。
道具は全知全農で買った。
血抜きが終わると体毛を焼き払いゼットが解体。
「ちゃんと処理した肉は買い取るぞ」
とポチが言ったので三分の一を食用に。
他は二万ポイントで売却した。
買い取り価格は安いらしい。でも大きな個体だったのでそれなりになった。
「臓物は捨てるよ。臓物の処理ってのは狩人と肉屋の秘伝みたいなもんでさ、テキトーにさばいたやつ食って死ぬやつがたまにでるんだよねー」
軽く怖いことを口走るゼットに二人はうなずく。
ポチも「食中毒か寄生虫か……もったいないが処理をする方法がないのじゃ」と難しいことを言いながら同意した。
ショベルカーをレンタルして深い穴を掘る。
骨は加工可能だがゼットですら加工方法を知らなかった。
頭部や骨、皮や内臓、それに血などを掘った穴に入れる。
煙突と空気穴のある蓋をして魔法で焼き払う。
灰になるまで焼いたら土を被せて埋める。
そこで今日の仕事は終了。
夕飯は焼いた肉とパンを食べる。
肉は全知全農で手に入れた塩コショウで下味をつけて、その辺の木の枝を削って作った串に刺して焼く。
焦げ目がついた肉は油があふれ塩と少々の香辛料で充分食べられた。
全知全農のインスタント食品はたしかに美味しい。
むしろ猪の肉よりも完成された味だ。
だがそれでも肉を食べたいときがあるのだと三人は思った。
翌日、三人とポチは水やりをしてから放棄された畑に向かう。
セイラはネコのTシャツ。
アリッサはイヌの。
ゼットは大阪風虎であった。
下は作業着。足は靴下にゴム製の長靴である。
今日は軍手も装備。
頭も麦わら帽子で完璧である。
畑は前と同じく雑草が生い茂り、木まで生えていた。
ポチはしっぽをふりふりしながら言った。
「少し手順は前後するが最初にここを焼き払う」
「ポチ。なぜ焼き払う必要があるんですか?」
とセイラが聞くとポチは得意げな顔になる。
「意識を集中し耳を澄ませ。組合員のチュートリアルをくぐり抜けたおぬしらなら聞こえるはずだ」
三人は固唾を飲んで耳に集中する。
すると小さなささやきが聞こえてくる。
「……人間よ滅びるがよい」
「この島から魔王軍の進撃が始まるのだ……」
「ぜんたーい進め!」
セイラはキョトンとした。
雑草をかき分け声の主を探す。
そしてバッタを捕まえる。
「お、セイラ。虫大丈夫なんだ」
ゼットが声をかける。
「家の人は嫌がってましたけど、昔から蛇もトカゲも虫も平気なんです」
逆にアリッサは青い顔をしていた。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理いぃッ!」
「それでそのバッタがどうしたって?」
「最後の……この子の声です」
「はい? いや虫が魔王軍ってわけのわからない話は聞いたけど言葉を話すって……」
するとバッタがジタバタと暴れた。
「放せ! 我こそは魔王軍第八師団所属第2056独立小隊所属ガルダイン軍曹である! 薄汚い人間め! 正々堂々と勝負しろ!」
「うぎゃああああああああああああああああああッ!!!」
完全にキレたアリッサが奇声を上げる。
そのままセイラに捕まったバッタを引ったくり、畑に投げ込む。
「あはははは! すべて燃え尽くせ! フレイムランスッ!!!」
放たれた焔の槍が畑に着弾しすべてを焼き尽くす。
「ぎゃあああああああああああああッ! メディーック! メディーッぐあああああああああッ!」
「こちら第50498ハダニ大隊! 援軍を! 援軍をぐあああああああああッ!」
「はやく蟻の作った塹壕に逃げ込むんだ! なんだと! 塹壕まで火がぐあああああああああッ!!!」
声だけで地獄なのはよくわかった。
「ええっと、ポチ……あれはなんですか?」
「魔王軍の秘密兵器。レギオンだ」
「レギオン?」
「ああ、超小型魔族だ。旺盛な繁殖力とすべてを食べ尽くす食欲。人間の作物を全滅させる計画のために作られた連中だ」
ゼットは感心した。
「ふーん、伝説の魔王ってのは頭がよかったんだね。こいつが実戦投入されたら人間は集落を作ることだって難しかったかもね。んで、魔王軍を倒したアリッサのレベルは?」
「アリッサ、正気に戻るのだ! レベルと唱えよ! 二人も!」
「レベル!」
唱えるとゼットが198、セイラとアリッサが156になっていた。
これが魔王の戦略の穴である。
農作業をする人間が無限に強くなってしまうのだ。
アリッサは肩で息をする。
「はあ、はあ……魔王軍は全滅だ……虫だけは許さない……」
「田舎暮らしに絶望的に向いてないやつだな」
ポチが渋い顔をする。
「まあまあ、ポチ。アリッサお姉ちゃんの活躍で魔王軍は滅びましたから……」
「滅んでないぞ」
「はい?」
「繁殖力が高いと言っただろ。やつらはこの辺だけで数兆匹はいるのだ」
ぶちんと音がした。
アリッサがガクガクと痙攣する。
「こ、このへんを焼き払って……虫を絶滅……」
「落ち着け! 畑を拡張し管理すれば減っていく!」
壊れたアリッサは別として、二人はなんとなくこの島が放棄された理由がわかった気がした。
これでは暮らすどころではない。
「つまり……この島は魔王軍との戦いの最前線ということでしょうか?」
「うむ、だいたいその通りだ」
「魔王もこの島にいるんですか?」
「いるぞ。あの山に封印されて動けないがな」
そう言ってポチが指さした先には高い山が見えた。
「だからこの辺の農地はまず最初に焼き払わねばならんのだ」
「ポチ……会話できるようですし話し合うことは?」
セイラがおずおずと聞いた。
ポチはさらに渋い顔をする。
「できぬ。やつらにとって世界は敵……というか言葉は通じるが話が通じないのだ! もう我らも何回も! 何回も! 話したが通じないのだ!」
ポチはバンバンと地団駄を踏んだ。
教会に魔王軍に。周りは話の通じないものだらけらしい。
御使いも苦労していたようだ。
「ポチ……いい子いい子」
セラはなでなでした。
ポチのしっぽがぴるぴる揺れる。
「セイラ……木の処理して……」
「……うん」
鎮火を確認後、ポチを膝に乗せてセイラは油圧ショベルで木を抜いていく。
運転にも慣れた三人の作業は恐ろしい勢いで進む。
ゴミや石を片付け、石灰をまき、チョッパーで根を切る。
そしてプラウで深掘りする。
その間にも謎の声が聞こえてくる。
「こちら第114514蟻基地! 基地が攻撃を受けている! はやく救援をぐあああああああああッ」
「こちら第9035ネキリムシ中隊! 地上から攻撃を受けている! はやく! はやく救援をうわああああやめろぐあああああああッ!」
「こちら独立コガネムシ空挺部隊! 幼虫が襲撃を受けている! 繰り返す幼虫がこうげッ……(どささーッ!)」
聞こえるようになってしまった魔王軍の悲鳴がうるさい。
セイラは涙目になる。
「ポチ……かわいそうです。自分でやってますけど……」
お嬢さまには少し刺激が強かったようだ。
セイラはふるふると首を振った。
「うん悪かった。ミュートする」
虫の声が聞こえなくなった。
蹂躙している事実は変わらないが、相手は言葉は通じても話は通じない魔王軍の誇る害虫軍。
あまり深く考えても仕方ないのだ。
こうして数兆の害虫退治でまたもやレベルが上がったのである。
とはいえすでに高レベル。上がったレベルは微々たるものであった。




