令嬢。断罪される。
よくあるシチュエーション。
最低の台詞を金髪の少年は夜会の会場で堂々と言い放った。
少年はサーロニア王国第一王子ラインハルト・サーロニア。
こういう台詞はたとえ相手が悪くても公の場所で言うものではない。
たとえ15歳の若造であってもだ。
後々の遺恨とならぬように両家の話し合いとフォローをするべきである。
特に権力者階級では。
家を取り潰すとしても難しい。
婚約を取り消された女性、セイラ・バルザック(12歳)は公爵令嬢。
茶色い髪の多い王国では目立つ黒髪のエキゾチックな少女である。
公爵家ともなれば王位継承権も持つ名家。
取り潰すのは至難の技。
少しずつ派閥を切り崩していくしかない。
数十年がかりの大プロジェクトである。
そんな公爵令嬢を公の場で婚約破棄したとあれば、即日公爵派と内戦に突入してもおかしくない。
だから少し……いや、かなりラインハルトは頭が残念と言わざるを得ない。
侮辱の極みを受けても、なぜかセイラはニコニコとほほ笑んでいた。
「そうですか。わかりました♪」
ラインハルトはズルッとコケる。
「ええい! わかっておらぬな! 私にはソニアという運命の相手が……」
「あ、そういうのいいです! では私は父に報告しないとなりませんので。ではご機嫌よう」
セイラはサクッと断ると踵を返す。
心の底からどうでもよかったのである。
だって12歳だもの。
しかもセイラは王子にまったく興味がなかった。むしろ嫌いだった。
王子は頭があまりよろしくない。
それなのに体を鍛えようともせず、前髪ばかり気にしている。
結婚相手は腹筋が割れているのが理想だ。
できれば胸板は厚い方がいい。
セイラの理想の男性像は筋肉だった。
案外欲望に忠実である。
「ま、待て! お前の断罪が残っている!」
「断罪……? ですか?」
罪と言われてもセイラには身に覚えがない。
発覚してない悪事の覚えもない。
あえて悪事を挙げれば宮殿の図書室から借りた本の返却期限が過ぎているくらいだろう。
「貴様はソニアを虐め侮辱したのだ!」
「はい?」
誰だろうか?
セイラは一生懸命考えた。
ソニアソニアソニアソニアソニアソニア……。
顔が出てこないので知り合いではない。
「どこのご令嬢でしょうか?」
「ええい! しらばっくれるな! 平民だからと言って虐めていたことは明白! 王立アカデミーからも報告を受けている!」
はて?
セイラは意味がわからなかった。
確かにアカデミーには平民も通っている。
セキュリティのため平民と貴族は校舎が違う。
例外としてクラブ活動やボランティア活動などでは交流することもある。
だがセイラの所属する読書クラブのメンバーはセイラのみ。
ぼっちである。一人である。
だがセイラはエリートぼっち。鈍感力は異常に高い。
お茶会には誘われないし、パーティーにも出ない。
イケメン目当ての騎士団慰問もしない。というか誘われない。
周りに人がいなくても「静かでいいなー」で終わりである。
なのでセイラはソニアに遭遇したことがない。
だから冤罪をかけられている。
セイラは考えた。考えた。とても考えた。
まあ……いいっか!
虐めなんかしてない。
仮に事実だとしても何の罪になるのだろうか?
たとえ事実だとしても、せいぜいが罰金刑程度の罪だ。
相手にする必要はないと結論を出す。
セイラは自室に帰ろうとした。
さっさと帰って本の続きを読もうと思った。
そもそも夜会に出る気はない。
ラインハルトに出ろと言われたから嫌々出席しただけである。
それも婚約破棄で縁が切れた。
これからは指示を聞く必要はない。
ところが警備の騎士数人にいきなり拘束される。
「これはいったいどういう仕打ちでしょうか?」
「ええい聞け! 貴様をこの国から追放する!」
「いったいなんの罪でしょう? そもそも貴族院の裁判なしに追放するのは法に違反してます。これはバルザック家に対する宣戦布告となりますがそれでもよろしいのでしょうか?」
サーロニア王家は独裁者ではない。
諸侯をまとめている最有力貴族が王というのが実態である。
だから貴族による議会が存在し、議会の合議で政治は行われる。
王は王国憲法に拘束されるし、貴族も貴族法に縛られている。
王族が貴族を勝手に処分することはできない。
貴族もまた市民を勝手に処分することはできない。
裁判を受ける権利があるのだ。
だが王子はバカだった。
「ええい、うるさい! この毒婦を連れていけ!」
はて? なぜこんなに自分を断罪したいのだろう?
セイラは疑問に思った。
ただ婚約破棄したいだけならバルザック家に謝罪し賠償金を払えばいい。
なぜラインハルトは焦っているのだろうか?
「そうだな。最近見つかった島に追放しろ! 今すぐだ! 一刻も早く島に閉じ込めろ!」
そのままセイラは引き起される。
その瞬間だった。
ぱあっとセイラの体が輝く。
「く、遅かったか!」
ラインハルトが叫んだ。
それとは反対に徐々に光がおさまっていく。
光が止むとセイラの手に一冊の書物が出現していた。
それと同時にその場にいた貴族たちの心臓から声が響く。
【セイラ・バルザックに神の祝福を与えましょう!】
その場にいた貴族たちがざわついた。
「神! 神の祝福だと! 何年ぶりだ!」
どうやら声の主は神のようである。
少なくともその場にいた貴族たちは誰もがそう思った。
「前の祝福者は100年以上前だ!」
「なぜラインハルト様は婚約破棄など……やはり王には相応しくないのでは?」
貴族の姿を見てラインハルトは歯ぎしりをした。
セイラは騒ぎには目もくれず出現した書物を見る。
【現代●業 3月号】
見たこともない文字で書かれた書物。
どうやらセイラの知らない異国の言葉で書かれた書物のようだ。
それだというのにセイラには王国語で意味が理解できたのだ。
祝福というのはこの翻訳能力のことだろう。
一部の文字は翻訳の不具合か黒く塗りつぶされたように見える。
それを呑み込む暇もなくラインハルトが怒鳴る。
「やつは魔女だ! これは神の声ではない! 悪魔の声だ! 直ちに追放するのだ!」
セイラはズタ袋を被せられる。
「連れていけ! この魔女を魔の島へ送るのだ! ラインハルト・サーロニアの命令である!」
何度も練習したかのような素早さで袋の上から縄で縛られ運ばれる。
セイラにはもうなにがなにやらわからなかった。
ただなにか大きな力が働いていた。それだけは間違いなかった。
◇
バルザック公爵領。
なんというか木造の邸宅……いわゆる日本家屋が建ち並ぶ。
その領都の中央に頭の悪そうな本丸を有した城がそびえ立つ。
金色に輝くしゃちほこ。
空気を読まない和風城。
それだというのに城からは「ヒロシ・ホーエンハルトくん。全国武道大会準優勝おめでとう!」という垂れ幕が下がっている。
わざとらしい日本間の天守閣には「天下布武」の掛け軸が鎮座する。
だがその日本間はハリウッド映画の日本像の如くアジアごちゃ混ぜのいかがわしさ。
壁には美しい絨毯が貼り付けられ、女官はアオザイ。
男たちはチョンマゲの代わりにモヒカンやリーゼント、それにアイパー。
なぜか蛇皮の革靴を履いている。
そして城主はパンチの利いたパーマの男。パンチパーマのヤクザである。
少女漫画風のセイラと比べて劇画調の主線は太く、やたら書き込みが多い。
このヤクザこそセイラの父。
ゴロー・バルザックである。
ゴローは山手線の路線図の如き顔の傷を歪ませながら間者からの報告を聞いていた。
「つまり……あのインポ野郎はうちのスイートエンジェルちゃんを虚仮にしたってことだな?」
地から響くような声。
上下を着た侍たちが息を呑んだ。
その中の一人、中華風ドラゴン柄の上下着用のリーゼントが声を上げた。
「叔父貴ぃ! お嬢の仇を取らねえと今度はうちらがなめられますぜ!」
次は真っ赤なアイパー。アイロンパーマ。
「あの野郎。キャン玉もぎ取って口に入れてやらあ! 社長! 俺に一番槍を!」
「親分!」
公爵閣下の呼称揺れが激しくなる。
モヒカンがヒャッハーする。
「組長! 騎馬軍団はいつでも出撃できますぜえ! ヒャッハー!」
ゴロー公爵は「うむ」とうなずくとくわっと目を見開いた。
「戦争じゃあああああああああああああああッ!」
王国最強の騎馬軍団。
王国最凶の武闘派ヤクザ。
誰もが恐れる公爵家。
その名をバルザックと言う。
セイラの知らないところで王国の滅亡が今決定しようとしていた。