3話「貴族令嬢は命を拾い、転生勇者は異世界に降り立つ」
◇フランシェスカ
眩い光に目を細めながら、フランシェスカの背筋は凍っていた。
__この攻撃、先ほどまでのものとは次元が違う!!!
R1-D1が起動させたプラズマキャノン。今にも自身に向けて射出されようとしている圧倒的な力をその肌と本能で感じ取ったフランシェスカは、回避のために動くことすらできずにただ歯を食いしばった。
__回避は、無駄ですわね…… おそらくこの一帯が丸ごと吹き飛ばされるでしょう
勝ち気かつ諦めが悪いことで王国内に名を馳せていたフランシェスカだったが、今はただ戦慄することしかできなかった。
__こんなところで死ぬなんて、無念ですわ……
握りしめていた拳が緩み、オリハルコン製のメリケンサックがフランシェスカの手からずり落ちそうになる。
R1-D1の腕から溢れ出す光が極大まで膨らみ、フランシェスカを照らした。
白く染まる視界の中で、フランシェスカの脳内を、これまで生きてきた十数年の人生の記憶が圧縮されて駆け巡る。
始めてオークとのステゴロの喧嘩に勝った五歳の春。王国軍の精鋭を相手に百人組手を行った十歳の夏。ランバルディア家の令嬢と三昼夜に及ぶ殴り合いを繰り広げた十四の秋。
様々な記憶が流れていく、そして、最後に思い出したのは……
__セバスチャン
幼くして両親を亡くし、ミスレンディア家の実質的な当主となったフランシェスカのことを時に厳しく、時に優しく見守りながら育て、彼女が成人するまで家名を守ってくれた執事のセバスチャン。
フランシェスカにとって数少ない身内と呼べる存在。そんな彼のことを彼女は思い出していた。
__結局、あなたには一度もタイマンでは勝てませんでしたわね
フランシェスカの口元が、ふっと緩む。
ミスレンディア家に代々伝わる格闘術、カラテ。それを彼女に教えた人物もまたセバスチャンだった。そして彼は、すでに齢七十を超える老齢でありながら、一度もフランシェスカとの組手で負けたことがなかった。
フランシェスカが成人し、正式に当主として様々な政り事を執り行うようになってからは、週に一度のセバスチャンとの組手の時間が彼女にとっては貴重な息抜きになっていた。
『はっはっは。どうやら、今回も私めの勝ちのようですな』
フランシェスカの記憶の中で、セバスチャンがからからと笑う。
組手で負けるたびに、何度も見てきた光景だ。
そして、その次に彼が言う台詞もいつも同じだった。
『さあ、かかってきなさい。貴女に一本取られるようになるまでは、この老骨まだまだ安心してくたばれませんからな』
皺だらけの顔をくしゃっと歪めて笑うセバスチャンの顔を思い出し、フランシェスカの胸がかっと熱くなる。
__いいえ、まだですわ! せめて、一撃だけでもその顔ぶん殴って差し上げます!
ずり落ちそうになっていたメリケンサックを固く握り直し、フランシェスカは再び闘志に火を灯した。
深く息を吸い、吐き出す。
恐怖で縮こまっていた全身の筋肉が柔らかくほぐれていくの、フランシェスカは感じた。
「最後にその顔、一発ぶん殴らせていただきますわ」
殺されるとしても、ただでは殺されない。そうでなければ、ここまで育ててくれたセバスチャンや、従者たちに申し訳が立たない。
フランシェスカは左足を半歩前に出して踏み込むと、大地を踏みしめる脚にぐっと力を込めた。
「消し飛びなさい」
R1-D1が冷たく言い放ち、その手から溢れ出した光の奔流がフランシェスカに向けて殺到__しなかった。
「「なっ!?」」
フランシェスカとR1-D1、二人の驚愕する声が重なった。
相対する二人の間、ちょうど真ん中にあたる空間に突如として亀裂が走ったのだ。
まるで空間が裂けたように口を開いた暗闇。それは、空間の亀裂としか言い表せないものだった。
「うおおおおおおおおおお!?」
その亀裂の中から、一人の男が飛び出してくるのをフランシェスカは見た。
それと同時に、R1-D1が放ったプラズマキャノンが亀裂に到達する。
「きゃああっ!」
大地が割れるような凄まじい轟音が鳴り響き、衝撃波がフランシェスカと亀裂から飛び出してきた男の身体を吹き飛ばした。
__一体、なにが起きたんですの!?
吹き飛ばされた衝撃で朦朧とする意識をなんとか保ちながら、それでも自分が生きていることにフランシェスカは驚いていた。
混乱する思考を落ち着けようとしながら、まだ戦いは終わっていないとフランシェスカは辺りを見回す。
「……あら?」
先ほどまで対峙していたR1-D1の姿を探すフランシェスカ。しかし、その姿は影も形も見当たらなくなっていた。
「ごほっ、ごほっ…… っぷはぁー! いってぇー! 一体なんだっていうんだよ!?」
その代わりに、フランシェスカの目の前の瓦礫から、先ほど亀裂の中から飛び出してきた男が這い出してきた。
「ぺっ、ぺっ…… あー、ばっちぃ」
瓦礫の山に埋もれていた際に口に入ったのであろう砂を吐き出しながら男は立ち上がると、警戒し、身構えるフランシェスカに気が付いた。
「あー、すまないお嬢さん。こう言って信じてもらえるか分からないが、俺は怪しいもんじゃない」
男は何も持っていないことを示すように両手を大きく上げながら困ったように笑うと、フランシェスカの方へ一歩近づいた。
「俺の名前はデイビッド。そんで一つ聞きたいんだが、ここは一体どこだ?」
フランシェスカはまず目の前の怪しさ満点の男を殴り倒すべきかどうかを考えてから、一先ずそれを保留し、男の疑問に答えることにした。
「わたくしの名はフランシェスカ。フランシェスカ・ミスレンディア。そしてここはドウェイン王国の都。王都ジョンソンですわ」
筆が乗ったので二日連続での更新になりました。
次回はいったん戦闘が終わって、ようやくお話が少し落ちついたものになります。
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